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2023/12/28 最終更新

『これからの教育学』(11章)WEB限定コラム

コラム⑫ 教員文化とは?

中村瑛仁:京都教育大学講師

 

教員文化とは、教職という職業に就いている人々に共有されている特有の意識(思考・信念・感情)や行動様式を指す言葉である。より具体的に言えば、教員たちに共有されている職業文化とも言える。教員は授業のほかに、生活・生徒指導や進路指導、学級経営、同僚との協働、学校運営、地域や関係機関との連携、など様々な仕事を担っている。これらの仕事に囲まれるなかで形成される独特の教員の意識や行動などの総体が教員文化だ。

 

教育学のなかでも様々な教職論があるが、教員文化論の特徴は「ありのままの等身大の教員を描く」という点にある。教員は「こうあるべき」「こう教えるべき」という規範に囲まれている。例えば、メディアの中でも教員は批判の対象となることが多い。これは「こうあるべき」という規範が強いことの裏返しでもある。教員文化論は、こうした規範的な考え方とは距離をとり、ひとまず「ありのまま」の教員の姿を描くこと、教員の仕事や日常を丁寧に見つめることを重視する。

 

教員文化は教育社会学を中心に研究されてきたが、その主な議論を紹介しよう。その一つが「献身的教師像」だ。献身的教師像とは、教員世界で共有されている教職に対するイメージと考えてもらいたい。例えば、「教職は気苦労や自己犠牲も多いが、子どもと接することにやりがいのある仕事だ」「教育には愛情や情熱が欠かせない」「子どもの成長につながることは教員の仕事の対象だ」、これらの意見や考えを多くの教員たちが支持している。献身性や教育への情熱や子どもへ愛情を持ち、自己犠牲も厭わない献身的な教員。これが「望ましい教員」である、というイメージの総体が献身的教師像と言える。

 

日本の教員たちは献身的教師像に自身を重ねることで、仕事へのやりがいを見出したり、仕事上の困難を乗り切ったりする。一方、子どもに関わることなら、なんでも教員の仕事とみなしやすいため、教員の多忙につながることもある。また子どもや保護者も「献身的教師」を理想としている場合、それは「良い先生」の評価軸としても作用する。そのため、良くも悪くも教員はこの教師像に縛られやすく、教員の教育実践や振る舞い方にも影響を及ぼす。

 

次に教員の同僚関係に関する「共同文化」についても紹介しよう。教員の同僚関係については様々な議論がある。例えば、欧米の教員は、同僚との関係よりも個人の裁量で動くことが多く、より個人主義的とされる。近年では、同僚同士が一緒に業務にあたったり、互いに助け合ったりするなど、協力や連携を重んじる「協働文化」が多くの国で推奨されている。

 

少し昔の議論になるが、欧米の教員と比べると、日本の教員は同僚同士の関わりが多く、協力的であると評価されてきた。多くの国で推奨されている上記の協働文化は、個人の一定の自律性の上に同僚間のコラボレーションが生まれるが、日本の同僚性はこの協働文化と同じかと言うと少し異なる集団主義的な特徴をもつ。

 

日本で見られる同僚性は「共同文化」と呼ばれる。同僚との関係が密なので、もちろん同僚関係のなかで支え合うこともある。しかし、集団の中で同僚との調和が優先されたり、互いに「気を遣い合う」関係でもあるので、互いに干渉し合ったり、強く指摘し合ったりすることは避けられやすい。「関わりあいはあるが束縛もある」というのが日本独特の共同文化とされている。

 

このように書くとかなりネガティブな印象を持つかもしれないが、同僚と一緒に仕事をすることで、先輩教師から授業や仕事の仕方を学ぶことができる、というメリットもある。しかし理想的な協働文化と同じかというと、日本社会独特の人間関係が教員世界にも反映されていることを共同文化の議論は教えてくれる。日本の学校の場合、学年や学校全体の学校行事があったり、学年ごとに授業のスケジューリングされるため、教員が同僚と一緒に仕事をしたり、指導を行う場面が少なくない。こうした学校文化だからこそ、調和的なものが優先され、共同的な同僚関係になっているのかもしれない。

 

教員文化の例として献身的教師像と共同文化の議論を紹介してきたが、どのように感じただろうか。これらへの評価は分かれるかもしれない。それは自身に「教員はこうあったほうが良い」という規範があるからに他ならない。繰り返しになるが、その規範から距離をおいて、教員たちが経験している現実や共有している文化を丁寧にみることが教員文化論の大事にしている視点だ。なぜなら教職という一見、多くの人が知っている職業だが、働いている当事者にしか見えにくいその職業文化をみつめる上で、こうした視点が欠かせないからだ。

 

ここでは「日本の教員」というように、大きく一般化して議論をしているが、日本の学校や教員文化のなかにもバリエーションはある。学校種や学校間の違いや、教員の年齢や性別によって意識や行動が異なる場合もあるし、他国との比較のなかで日本の教員文化の特徴を考える研究もある。これを機会に教員文化の視点から教員の仕事を考えてみてほしい。

 

(参考文献)
久冨善之・長谷川裕編 2008『教育社会学』学文社。
今津孝次郎 2012『教師が育つ条件』岩波新書。
中村瑛仁 2019『〈しんどい学校〉の教員文化――社会的マイノリティの子どもと向き合う教員の仕事・アイデンティティ・キャリア』大阪大学出版会。