コラム⑭ 203X年、AI駆動型中学校 爆誕?
以下に示すのは、近い将来に開校するかもしれない架空の私立中学校の[入学希望者向け学校案内の台本]です。
この学校に生徒として通いたいと思いますか? 職場としての魅力は感じられますか? この台本は学校側によって作成されたものであり、不都合な情報が省略されているかもしれません。他方で、末尾の脚注(★)には【AI駆動型教育に懐疑的なある教育学者による反対意見】を記載していますが(★をクリックすると脚注に飛ぶことができます)、こちらが正解というわけでもありません。
学校と教育学者の双方の主張を踏まえて、あなたなりの考えを深めてみてください。
[入学希望者向け学校案内の台本]
( ‘ω’) (^o^)「「ようこそ、私立テクノトピア中学校へ!」」
( ‘ω’)「ボクはパノプン!この学校のマスコットAIだよ!」
(^o^)「ワタシはティコン! これから入学希望者向けの学校案内を始めるね!」★1
▌スマートグラスで広がる世界
( ‘ω’)「まず配付された眼鏡型デバイスを装着してほしい。この学校では、生徒全員がおそろいのスマートグラスを使うんだ。これをつければ、ほら! 目の前にボクたちが浮かんでいるのが見えるよね。」
(^o^)「このスマートグラスは、とっても便利! デジタル教科書を読むこともできるし、指の動きを認識してデジタルメモを取ることもできるよ。視界に入っている先生や生徒の名前やプロフィールも自動で表示されるから、知らない人ともすぐ仲良くなれるね!」★2
( ‘ω’)「出席確認や体調管理もスマートグラスに埋め込まれたセンサーで自動的に行われていて、異常があれば保健室からすぐに連絡が来るんだ。」
(^o^)「授業中に眠気に襲われたら、バイブレーション機能で起こしてあげるね!」★3
( ‘ω’)「この学校では、生徒指導でもAIを活用しているよ! たとえば、授業中に私語やよそ見をしたり、必要もないのに廊下を走ったりすると、スマートグラスから警告音が鳴って、生活態度得点、通称“Tスコア”が少しずつ減っていくんだ。」★4
(^o^)「わー!警告音がうるさくて走ってる場合じゃないよー (><)」
( ‘ω’)「Tスコアが基準を下回ると、職員室に呼び出されて特別指導を受けることになるんだ。でも掃除や授業を頑張ることで、Tスコアを貯めることもできるんだ。」
(^o^)「だから校舎はいつもピカピカなんだね!」★5
( ‘ω’)「校舎には見守りカメラやセンサーがたくさん設置されていて、集団で走ったり、机が倒れたりといった異常が検知されると、AIが状況を判断して、先生が飛んでくる仕組みになっているよ。」
(^o^)「とっても安心だね!」★6
( ‘ω’)「遅刻が続いたりしてTスコアが減ると、AIによる見守りが強まったり、出席停止処分になって全施設が使用不能になるから要注意だよ!」
(^o^)「わわわ!靴箱のドアも開かないよう! (><)」★7
▌ビュッフェ形式の食堂
( ‘ω’)「さーて、次はお楽しみのお昼ご飯だよ! 食堂はビュッフェ形式で、好きなものを食べていいんだ!」
(^o^)「わーおいしそう!このお肉が全部大豆ミートなんて信じられない!」
( ‘ω’)「生徒ごとに必要な栄養量をAIが計算してくれていて、食事の栄養バランスが悪いと、スマートグラスがアラートを鳴らして教えてくれるんだ!」
(^o^)「体脂肪率が高めのみんなには、ゼロカロリーのデザートが用意されてるよ!」★8
▌期末試験のない学校
( ‘ω’)「この学校の特徴は期末試験がないことだよ! ペーパーテストやレポートだと、AIを使ったカンニングができてしまうからね。」
(^o^)「試験がないなんてラッキー!でも成績評価はどうするの?」
( ‘ω’)「日常評価制を採用しているんだ。AIがデジタルデバイスの学習履歴や授業態度などを常に評価しているから、とっても正確なんだ。」
(^o^)「これでテスト前日に一夜漬けしなくて大丈夫だね!」★9
( ‘ω’)「進学先もAIの進路適性アドバイスと生徒の希望によって決定されるようになってるよ。」
(^o^)「このシステムを導入して以来、受験で不合格になる生徒はずっとゼロだよ!」★10
▌AIが大活躍する授業
( ‘ω’)「この学校では、クラス全員が揃うのは朝の会と終わりの会だけなんだ。朝の会が終わると、各自で指定された教室やブースに向かうよ。」
(^o^)「授業はどんなかんじなのかな?」
( ‘ω’)「『数学』の授業を見てみよう。生徒がAIと対話しながらゲーム形式で個別に学習を進める方式で、ボクたちAIが君にぴったりの練習問題を出したり、まちがい方に応じた解説をするよ。毎回の授業の終わりに成績の全国順位が表示されて、上位に入ると表彰されたりするんだ。」★11
(^o^)「楽しすぎて夏休み前に1年分の授業が終わっちゃった!先に終わった生徒は何をしていればいいの?」
( ‘ω’)「そういった場合は高校以上の内容の先取り学習ができるよ。その他に、この学校では、優秀な生徒を助教や風紀委員に任命して、他の生徒の学習や生活の手助けをしてもらう取り組みも行っているんだ。こうした役割を頑張れば、さっき廊下を走った分も帳消しになるね。」★12
(^o^)「どの教科も一人ひとり別々にやるの?」
( ‘ω’)「教科や単元によってはグループ学習もあるよ。たとえば音楽や体育は興味関心やレベルに合わせて小グループで授業が行われるんだ。先生はもちろんボクたちAIだよ!」
(^o^)「人間の先生は何をするの?」
( ‘ω’)「先生がメインで担当するのは、学級活動や学校行事、生徒指導なんだ。もちろん授業中は基本的に教室にいて、みんなの勉強している姿を見守っていてくれるよ。勉強の手が止まっている子に声をかけたり、スマートグラスを外して寝ている子を起こしてくれたりするんだ。あと年に何回かはそれぞれの専門性を活かして、面白い講義や実験授業をしてくれるよ!」★13
(^o^)「なになに・・・『眠れなくなるほど面白い数学の話』・・・『マイクロドローンで知る昆虫の世界』・・・『AIと詠む現代短歌』・・・『VRで旅する日本の歴史』・・・履修者数が100人超えの人気授業がたくさんあるね!おもしろそう!」★14
▌不適切指導もいじめもない学校
( ‘ω’)「この学校には、怖い先生も、いじわるなお友達もいないんだ。ボクたちAIが、しっかりみんなを守っているからね。その証拠として先輩たちの声を紹介するよ。」★15
先輩A「時間割作成やグループ分けのときに、気の合わない人とは無理のない距離感で付き合えるようにAIが配慮してくれるので、とっても助かってます (^^)」★16
先輩B「小学校で不登校だったから授業についていけるか不安だったけど、AIが小学校の内容から教えてくれるし、休憩中に一人でネットゲームをしてても怒られないし、マジで最高です(^^)」★17
( ‘ω’)「この学校では3年生にもなるとケンカやいじめはほとんど起こらなくなるよ。1年生のうちはまだ暴れたりする子もいるけど、ほとんどの子は提携しているブレインクリニックに通って投薬や脳治療を受けて落ち着くか、その子に最適な別の学校に転校することになるからね。」★18
(^o^)「クリニックでは、記憶力向上コース、ポジティブ思考コース、絶対音感育成コースなどなど10以上のコースが用意されていて、今なら1回19,800円から始められるよ! 入学する前から”脳育”を始めて、友達に差をつけよう!」★19
▌保護者の皆様へ
( ‘ω’)「私立テクノトピア中学校では情報公開を進めています。お子様の生活の様子や学習ログはいつでも保護者用マイページから確認できます。入学者多数のため1年次のうちは主にバーチャル校舎での生活になりますが、2年次以降は現実の校舎を使用することが可能となる予定です。」
(^o^)「プレミアムコースに入会いただくことで、人間教師による個別指導(30分)が月に5回まで無料になります(1ヶ月19,800円)。スマートグラスのレンタル費用は初年度納入金に含まれていますが、多くの生徒がより高性能なスマートグラスProを使用しています(9,800円×36回払い〔更新費別〕)。部活動への参加は任意であり、参加費用は部によって異なります。」★20
【★AI駆動型教育に懐疑的なある教育学者による反対意見】
[★1]
『これからの教育学』第4章3節で紹介した一望監視システム「パノプティコン」は、AIやデジタルセンサーと組み合わされることで、子どもたちの行動をより徹底的に監視・処罰・矯正する能力を手に入れます。このシステムは、生徒のプライバシー権侵害のリスクを孕んでおり、データの流出や悪用によって深刻な問題が生じる可能性もあります。それにもかかわらず、いじめや不適切な指導への懸念から、AI監視を受け入れる子どもたちもいるでしょう。「監視もいじめもない学校」が存在すれば、プライバシーを犠牲にする必要はありません。しかし、学校で傷つけられた経験をもつ子どもや保護者の中には、そのような希望をもつことができない者もいるのです。つまりAI駆動型教育に対する需要の背景には、現実の学校の安全性に対する絶望感があるのであって、そうした根本問題を解決すべきです。⇒台本に戻る
[★2]
ここ数年、スマートグラスの実用性が高まりを見せています。スマートグラスは現実世界にバーチャルな情報を重ねて表示できるという点で、使い方次第で教育実践にとって有益でありえますが、「スマートグラスのVRモードを活用するので、運動場や理科実験室、音楽室はもう無くていいよね!」といったように、教育コストの削減のために使われてしまうといった懸念点もあります。さらに、生徒用スマートグラスのカメラや各種センサーを学校が無制限に使用できる場合、学校の隅々まで目を光らせ、生徒の一挙手一投足や視線の向きを測定し、遂には心の動きまで監視することが可能になるかもしれません。こうした新しいデバイスの適切な使用方法に関する議論はまだまだ不十分です。⇒台本に戻る
[★3]
居眠り防止機能は一見すると便利で支援的に見えますが、「授業が退屈だから眠くなる」という学校側の問題を根本的に解決してはいません。授業の質を高めたり、授業についていけていない子どもを個別にケアしたりといった学校側の責務が隠蔽される点に注意が必要です。⇒台本に戻る
[★4]
2000年代に日本の学校で普及した「段階的累積的規律指導(プログレッシブ・ディシプリン)」は、小さな校則違反も見逃さずに集計し、その累積度に応じて罰を重くしていく手法です。この学校では、AIを活用してこの指導法をさらに強化しています。従来、私語やよそ見、廊下を走るといった行為は取り締まりが難しいため、ある程度の自由が許されていましたが、今後はAIによってこれらの行動も捕捉されることになるでしょう。生徒のよそ見や私語を匿名化したうえで集計し、教師の側の授業改善に利用するのは有用かもしれません。しかし生徒の振る舞いが逐一「問題行動」として教師や保護者に通告されるようになれば、生徒は息苦しく感じるはずです。特に、ADHDなどの発達障害をもつ生徒に対する一律のルール適用は、かれらを悪目立ちさせ、不登校や時には指導死を生起させる懸念があります。私たちは例えば2017年に起こった福井県池田町中2指導死事件などの教訓を生徒指導に活かすべきなのです。⇒台本に戻る
[★5]
学力と生活態度が合算されて評価される総合スコア制のもとでは、従来の学校生活で十分に数値評価されてこなかった「勉強は得意ではないが、不人気な仕事を引き受ける善良な子ども」の存在に光が当たる可能性があります。他方で「善良な行為が評価対象になることで、スコアを上昇させるために善行を積む子どもが増え、誰からも評価されなくても善行を積むべきだという理念が変質してしまう」といった声もあるでしょう。さらに「掃除をする必要のない一流生徒」と「掃除をがんばることで学校に居させてもらっている二流生徒」といった生徒の身分格差が生じるおそれも考えられます。⇒台本に戻る
[★6]
教室で生徒たちが追いかけっこをして机が倒れるといった状況は、休み時間を静かに過ごしたい生徒からすれば迷惑かもしれませんし、不慮の接触によって生じる怪我のリスクも無視できません。しかし、この程度の「やんちゃ」は元気のありあまる中学生にとっては日常的な行動と考えることもでき、過度に厳しく規制すると、学校生活が窮屈に感じられてフラストレーションが溜まり、分かりにくい形でのいじめや学校設備の破壊など、もっと陰湿な形で表出される可能性もあります。また、整然とした生活環境に慣れすぎた生徒たちが喧騒に対する耐性を失い、他人に対して不寛容な人間に育つ懸念もあるでしょう。どうせAIを活用するのであれば「廊下を走っている生徒に対して、曲がり角の先に人がいることを伝えて衝突しないようにアシストする」などができればよいと思います。⇒台本に戻る
[★7] 遅刻や忘れ物などの軽微な校則違反の累積に対して出席停止処分を科すことは、その生徒の学ぶ権利を侵害する可能性があります。特に義務教育段階においては、遅刻や忘れ物をしつつも学校に来ようとしている生徒に対して、それを拒むことは問題があるでしょう。学校がすべきは、遅刻や忘れ物を減らす方法について生徒と一緒に試行錯誤をしたり、遅刻や忘れ物を無くすのが難しい生徒の不利益を軽減するための仕組み作りを行うことではないでしょうか。また出席停止処分を受けた生徒に対しては、本来は学校復帰に向けた手厚い個別対応が必要ですが、後述のとおり、この学校ではそのような個別指導は有料となっており、それを支払えない家庭は不利が累積して退学(転校)へ至るのではないかという懸念があります(⇒★20も参照)。⇒台本に戻る
[★8]
AIによる日々の栄養指導は、家庭科で栄養バランスについて理論的に学ぶだけの場合よりも実践的であり、それによって生徒の食育リテラシーが育っていく可能性はあります。また事実上の食事制限が課されることで、生徒たちがこの学校を卒業する頃には肥満でも痩せ過ぎでもない健康な身体を手に入れることができるかもしれません。しかし、その一方で「自由に食事を取って良い」と言いつつ、栄養が偏っていると警告音が鳴り、肉はどれも大豆ミート、デザートはどれもゼロカロリーといったように、選択肢自体があらかじめ制限されている場合もあります。自由な選択肢のなかから自分にとって最適なものを選べることこそが真の食育リテラシーであって、この学校はその育成を放棄しているのではないでしょうか。⇒台本に戻る
[★9]
日常評価制は生徒が常に評価の視線に晒され、気が抜けない状況を生む可能性があります。質問をすることで評価が下がる懸念がある場合、安心して質問もできないでしょうし、評価を上げるために無理に質問をする生徒が増える可能性もあります。そもそも、AIが全ての評価を担うことは一見すると人間より公平に見えますが、AIの評価アルゴリズムが公正であるとも限りません。そもそもこの学校の評価基準は古典的な受験学力の育成に最適化されており、テスト制から日常評価制への変更は、子どもを多面的に評価するためでなく、単に評価をより厳密なものとするためだけに行われているように見えます。先進的に見えて、実は時代遅れなのではないでしょうか。⇒台本に戻る
[★10]
AIによるレコメンドに従って「最適な進路」を決定することで受験時の不合格者がゼロになるというのは、努力が実を結ばず涙する生徒がいなくなるため、一見すると良いことのように見えるかもしれません。しかし果敢に挑戦することや、失敗した経験から学ぶ機会も失われます。そもそも、ビッグデータ分析は、子どもの挑戦の機会を奪うだけではなく、子どもの挑戦を促すためにも使用可能です。たとえばAIはリスクの高い受験を諦めさせるだけでなく、難度の高い受験にあたって合格可能性を最大化する学習プランを組み立てるために使うこともできるでしょうし、受験に失敗した先輩のなかにも、その後、楽しく学校生活を送っている者が多いことなどを示して挑戦を勇気づけることもできるはずです。この学校のAIの使い方は全体的に管理的であり、見栄えばかりを気にしすぎているように見えます。⇒台本に戻る
[★11]
将来、デジタルデバイスによる自由進度学習が特に普及する可能性が高い教科の一つとして「数学」が挙げられます。これは、数学が積み上げ式の学習を要し、生徒間の理解度に差が生じやすいため、一斉授業との相性が悪くなる傾向があるからです。ただ、良識ある数学教師はこれまで、生徒の理解度のバラつきに対応するために努力を重ねてきました。また『これからの教育学』第13章でも指摘されているように、生徒が理解をともなった知識修得をするにあたって、現在のAIドリルは十分なレベルに達しているとも言えません。教師の行ってきた役割を軽視し、大したエビデンスもないままAIドリルを導入すれば、単に正確な理解につながらないばかりか、「常にクラスの何割かの生徒のデバイス学習が停滞していて教師の机間指導が間に合わない」といった状況に陥る懸念があります。AIドリルを全否定するわけではありませんが、教育を安上がりで済ませるための導入には反対です。⇒台本に戻る
[★12]
教師役を生徒に任せるという教育手法は、古くから多くの教育現場で採用されています。労働力として安上がりだというだけでなく、うまくすれば、教える側の生徒の理解が深まったり、生徒同士の仲が良くなったりといった利点があるのです。ただ、点数獲得を重視するこの学校の風土では、生徒間に新たな問題が発生する可能性もあります。例えば、教えることに喜びを見いださない生徒が、理解が遅い生徒に対してイライラをぶつけることがあるかもしれません。風紀委員の役割を生徒に任せると、優等生が規則を破る生徒を監視し、反抗的な生徒を教師に報告するような状況が生まれ、生徒の分断と不和を生む可能性があります。⇒台本に戻る
[★13]
AIを活用した自由進度学習を擁護する主張としてよく言われるのが「教師の授業負担を軽減することによって、より重要な仕事に時間を費やすことができる」というものです。確かに今の教師は忙しすぎるため、生徒指導や特別活動にもっと時間を費やすことができればよいと考える人は多そうです。ただ、授業もまた教師の重要な職務の一つであって、本来はどれを優先するかではなく、それぞれの仕事に対してしっかり時間を費やすことができれば一番よいのです。そのためには教師を増やすなどの環境整備が必要です。仮にAIの導入によって、ある程度の質の教育を低コストで提供できるにしても、それによって浮いたコストは教育を充実させるために再投入すべきでしょう。この学校への入学を希望する人は、事前に学校法人の事業報告書などを見て、他の学校と同程度以上の常勤教員を雇用しているかどうかや、人件費を圧縮していないか調べたほうがよいと思います。⇒台本に戻る
[★14]
教師が自分の関心に基づいて授業を行うことは、教師にとってやりがいを感じる源泉となるでしょうし、生徒たちにとっても学問の面白さに触れる貴重な機会になりえます。しかし、こうした状況をAIとの永続的な共存共栄の関係と見てよいのかは疑問です。人間教師がAIに置き替えられ、人間が持て余されるようになった結果として一時的に生じている状況であって、徐々に人間教師の出番が少なくなっていくのではないでしょうか。⇒台本に戻る
[★15]
「怖い先生」や「意地悪な友人」がいない学校は、一見、理想的な環境のように思えますが、それは現実社会の多様性を無視した状態とも言えます。評価が適切に行われるかどうかは不明で、根拠のない口コミで評判の悪い教師や生徒が治療の対象となったり、耳障りな正論を述べる者が排除の対象になる可能性もあります。多くの入学希望者は自分が排除される側に回る可能性について考慮に入れているでしょうか。また「怖い先生」についても、現実ではある程度の叱責が必要な状況はどうしても存在します。教師が生徒や保護者からの評価を気にして叱らないことで子どもの学びの機会が奪われる可能性もあります。「教師の怖さ」や「友達の意地悪さ」は、個々の性格や環境だけでなく、状況やその時々の運に起因する部分もあり、個々人の性格の問題にすべてを還元することなしに、人間関係のもつれを解決することが求められます。この学校は、そうした人間関係の機微に対して無頓着であるように見えます。⇒台本に戻る
[★16]
先輩Aの発言からは、AIが生徒の人間関係や相性に介入することが示唆されています。生徒が学校生活に安心感をもてることは大事なことです。しかしAIが単に相性のよい「仲良しグループ」を作るだけであれば、教育的とは言えません。優秀な教師は単なる「仲良しグループ」作りを超え、人間関係の新たな発見や深化を促すようなグループを形成し、仲間関係が深まるように適切に介入します。適度なストレスを伴う人間関係は、生徒にとって成長の機会となり、人間関係の不和を自力で解決する学びの機会を提供するものです。この学校のAIはそこまでを視野に入れていないのではないでしょうか。⇒台本に戻る
[★17]
先輩Bは「休憩中に一人でネットゲームをしていても怒られない」と述べています。この学校が学習と生活の両面において個々の生徒のペースを重視していることは、学力や学習進度の差だけでなく、個々の性格の違いまでを含めて生徒の多様性を受け入れているとも解釈できます。これはある面でインクルーシブ教育の理念に近いと言えるかもしれません。ただ、この学校は、そうした表面上の緩さの裏に「他の生徒に対して害を及ぼす者は転校させる」という強烈な排除基準を有しており、それはインクルーシブ教育の理念を深刻に裏切ってもいるといえます。また、前述のとおり、そうした人間関係上のストレスの少なさは、トラブルの回避を絶対視し、人間関係上の問題解決を通じた学びの機会を軽視しているように見えます。さらにいえば、このような「先輩の声」自体がAIによって創られたものである可能性も考慮する必要があるでしょう。⇒台本に戻る
[★18]
伝統的な生徒指導では、授業を妨害したり、他の生徒と衝突する傾向のある生徒に対し、教師が叱責したり、別室で反省をさせたりといった指導を通じて、態度の改善を目指してきました。しかしそのような指導は時として効果が見られず、指導が行われた後でも生徒の問題行動が再発することがあり、教師が失望してさらに厳しく叱責し、教師と生徒の関係は悪化し、ますます問題行動がエスカレートするという悪循環に陥る場合もありました。そうしたなか、2000年代に入る頃から、向精神薬の投与をはじめとする医療的措置によって生徒が落ち着き、学校生活を送りやすくなるといった事例が注目されるようになってきました。しかし教育が万能でないのと同様に、医療もまた万能ではありません。我々がまず行うべきことは、「問題児」扱いされている生徒の声を聴き、その生徒が抱える困り事を理解することでしょう。その上で「この生徒に必要なことは教育と医療のどちらだろうか」「両方をうまく組み合わせることが必要かもしれない」「変わるべきはこの生徒ではなく、我々教師や周囲ではないか」といったように、ケースバイケースで最善の対応策を探ることが望まれます。しかし、この学校では、そのような細やかな対応を行うのではなく、一律に薬物治療や脳治療により問題を「解決」しようとし、その効果が見られない場合は生徒を退学処分とする、という方法を採用しているように見えます。⇒台本に戻る
[★19]
ブレインクリニックの提供する治療やトレーニングの効果には個人差があり、効果の持続性についても懸念が存在します。学籍を維持するために、学校の推奨に従って高額な治療を続けざるを得ないといった事態も起こりえるでしょう。例えば、いじめられて自己肯定感が低下している子どもに対して、学校側がいじめ加害をやめさせたり、人間関係を組み替えるような対応を行うのではなく、被害者に対してひたすらポジティブシンキングになる治療を薦めるといった懸念もあります。⇒台本に戻る
[★20]
学校紹介の最後に明かされるのは、家庭の経済的格差が学校生活に影響を及ぼす可能性があるという点です。性能のよいスマートグラス、教師による手厚い個別指導、部活動の費用などを、全ての家庭が負担できるわけではなく、学業達成や学校の充実度が家庭の経済背景によって影響を受けることが懸念されます。こうした経済格差は、今も「公立/私立格差」や「塾歴格差」「習い事格差」等の形で生じているわけですが、未来においては、学校内の教育格差や、エンハンスメント格差として現れることが示唆されているのです。⇒台本に戻る