書評 現代地方自治の法的基層 | 有斐閣
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斎藤 誠[著]『現代地方自治の法的基層』<2012年12月刊>(評者:一橋大学 薄井一成教授)=『書斎の窓』2013年5月号に掲載= 更新日:2013年5月10日

 本書は、 著者が地方自治・地方分権について主として法的観点から考察した30余りの論考を集成したものである。 本書の特徴を3点にまとめると次のようになる。 第1は、 ルーマンの社会システム論に着想を得て、 地方自治の法学的分析を介した社会批判における視座を転換していることである。 第2は、 地方自治の憲法的価値を 「住民自治」 の 「形式」 と結び付く諸機能に見出して、 特定の 「実体」 から出発する理論の弱点を克服していることである。 第3は、 この諸機能を機能的に等価なさまざまな機関構造により実現しうることを指摘して、 多くの法解釈・法政策を提示していることである。 本書は第1部ないし第4部の全部で4部の構成であり、 主題として取り扱われるのは第4部第3章を除いて日本法である。

 

第1部      歴史の基層 

第1部では、 自治体行政の 「総合性」 (第1章)、 都道府県制の改革と道州制論 (第2章) が取り扱われ、 現行諸規定をある社会の有意味な諸形式を保存するものとして理解する方法論が提示される。 このような、 地方自治の法的議論において登場する現行諸規定の意味・意義について、 その規定をもたらした外的環境等、 歴史と対話することにより深い理解がもたらされる (はしがきⅰ) という認識は、 第2部以降の方法上の前提をなす。

 

第2部      憲法の基層

 第2部では、 この現行諸規定をもたらした外的環境が変動してもなお維持されうる地方自治・地方分権のシステムに固有の機能が指し示される。 筆者によれば、 このシステムにおいて統治の根拠となるのは、 「地域における事務を住民自らが決定・実施するという住民自治」 (73頁) にあり、 この形式は、 日本国憲法の制定とともに国民の自由の保障、 責任の明確化、 国民統合、 有効性をも包摂する効率性に資することからその価値が高まり、 民主主義による正統化との順接的な関係の構築も容易となったことから、 憲法上の位置を与えられた (6768頁)。 このため、 地方自治の憲法の基層は住民自治にあり、 これと結び付くさまざまな働きにふさわしい機関構造を創出してゆくことが、 現行諸規定を解釈し又はこれを再設計する者には憲法上求められる。 またこの意味において、 地方自治原理は 「立法による形成をア・プリオリに必要とする国家組織法原理であることを特徴と (し)」 (130頁)、 これを国レベルの水平的な権力分立と対比される 「機能適正な」 「垂直的権力分立」 原理であるということもできる (6768頁)。 そしてこのように掘り下げられた地方自治の憲法の基層は、 いくつかの法的課題に関する各論的帰結と結び付く (第3章~第5章)。 すなわち、 住民の自己決定の見地から出発すると、 総合性を選ぶかどうかの選択権を与えてしかるべしともいえなくはなく、 基礎的自治体たる市町村の 「総合行政主体」 性は地方自治の保障に内包される普遍的な原則ではない (120121頁)。 また、 地方公共団体には国と同型でない住民自治という統治の根拠があるため、 憲法932項にいう 「住民」 は、 特定の地方公共団体と特に密接な結び付きを有するに至った在留外国人に対して、 当該地方公共団体における選挙権を与えることを禁じていない (167171頁)。

 

第3部      自治体立法の基層と展開 

自治体立法についても、 外的環境の変動にもかかわらず維持されうるのは実体的内容そのものではなく、 内容を実現する過程において遵守されるべき形式であるとされる。 すなわち、 筆者によれば、 自治体立法の限界についても、 判断基準を精緻化することが実効的であることは否定されず (201頁、 第4章、 第6章)、 「地域における事務」 に対する法令による規律に対して条例等が表見的に抵触する場合であっても、 その法令が地方自治の本旨及びそれを具体化した自治法二条の諸規定に対して正当化されなければ、 当該条例等は違法ではないといった基準が指し示される (291頁)。 しかしながら、 このような判断基準も実体的な境界確定のための道具ではなく、 両システム間の 「プロセス合理化」 のコードと読み替えられる (201202頁)。 これを、 実体的価値に対する手続的価値ということもできる。 そしてその 「プロセス合理化」 という見地から、 地方公共団体には裁判所に対する出訴権が憲法上保障され (142143頁)、 かつ、 国の立法・行政過程に対する地方公共団体の参加の手続を構造化することが憲法解釈・憲法政策として正当化される (132135259262322325366368頁)。 そしてこのような手続的応答の反復は、 国と地方公共団体の両システム間のみならず、 市町村と都道府県の間 (272275頁)、 議会と長の間 (275278360361頁)、 議員・執行部と住民等の間 (362363頁) においても推し進められるべきことが主張される。 したがって、 著者によれば、 施設・公物に関して国が定める 「参酌すべき基準」 は、 地方公共団体が基準を参酌した上で独自の基準を定める場合に、 そうするのはなぜなのかについて、 議会・執行部が住民・事業者等に対する説明を尽くすことを促す事実上の意味を有するため、 地方自治のシステムに適合するものである (362363頁)。

 

第4部      法政策の基層

 第4部には、 条例の法政策論 (第4部後半) 以外を対象とする法政策からの観点からの論考が収録され、 第3部後半と同様に、 住民自治の形式と結び付くさまざまな働きにふさわしい機能的に等価な複数の機関構造が法政策論として指し示される。 紙幅の制約上、 首長制や地方議会の権限と矛盾しない参加の仕組みを取り上げれば、 議会の自己制限としての拘束的住民投票は当然に排除されるものではないが、 地方公共団体の決定プロセスにおいて決定権の分有に至らない参加の仕組みは、 利害関係者としての参加にせよ、 地域に関する情報の保持者としての参加にせよ、 さまざまに構成しうる。 そしてこのような多様な関与の在り方に開かれていることは、 将来、 現行憲法規定をもたらした外的環境が変動してもなお、 ネットワークの結節点としての地方公共団体を支える保障となる (449450頁)。

 

批評

以上の著者の問題関心は複雑であり、 その全容を理解するのは必ずしも容易ではないかもしれない。 しかしながら、 この著作は統一的な動機によって書かれている。 すなわち、 著者は 「地方自治は本来いかなるものか」 とか 「いかなるものであるべきか」 という実体法上の問いには一切答えない。 むしろ、 地方自治・地方分権のシステムに固有の機能は住民自治という形式と結び付く諸機能に求められ、 この基層は日本国憲法の制定とともにその価値を高められて憲法上の位置づけを与えられたにすぎないと解される。 しかし他方このような、 憲法伝来説的立場は地方自治の保障を弱体化させるのではなく、 かえってそれを強化するとも理解されている。 すなわち、 確かにこの見解は、 地方自治原理の具体化を、 現行諸規定を解釈し又はこれを再設計する者に委ねてしまう。 しかしながら、 従来の固有権説における自然法的な固有権は実証性を欠き、 また制度的保障説における明治憲法下で存在していた地方自治制度は現在一般に描かれている地方自治像とは大きく異なるのみならず、 これらの学説における特定の実体の保障は、 原理的に住民の自己決定とも矛盾する。 本書の特徴はこれとは逆に、 「住民自治」 の 「形式」 の保障により各地方公共団体の差異に即した多様な展開の可能性が開かれると理解することにある。 そしてもとより、 地方自治に関係する現行諸規定を解釈し又はこれを再設計するのは国の立法に限られるとは解されない。 むしろ、 裁判所を利用したシステム間の手続的合理化にも限界があることから、 これと機能的に等価な制度として新設された 「国と地方の協議の場」 に期待がかけられる (296297367368頁)。 そしてこうした地方自治のシステムは再帰的自己産出システムであり、 特定の実体的機関構造がなくなれば存在することを無条件にやめるものではない。 筆者によれば、 素朴な自律的共同体を見出し難い今日においては、 勤務地で1票、 居住地で4票といったようなつながりがあるところへの選択投票を認める地方選挙権のクーポン制という機関構造も具体的に論ずる必要性を増している (102頁、 121頁)。 このように、 地方自治のシステムは外部環境の刺激を受けつつ、 しなやかにその機関構造を変化させながら、 自己を産出し続けてゆく社会システムの一つである。 もとより、 このような解釈は特定の自律的共同体を規範的な理想とする者には受け入れがたいかもしれない。 またそれは、 「事実上住民が経済社会的に密接な共同生活を営み、 共同体意識をもっているという社会的基盤が存在」 することを憲法上の地方公共団体の指標の一つとする最高裁判所の判例 (最大判昭和38327刑集172121頁) とも相容れにくい。 しかしながら、 このような実体的考察に対しては、 地方自治がいかなるものであるかは差異ある二つ以上のシステム間の手続的応答によりその都度確かめられる、 と筆者は再反論するに違いない。 そしてさらに、 地方自治の法学的分析を介した学問的社会批判の任務は、 誤った立場を真の科学の視座から批判することにはなく、 社会システムの変化のプロセスに随行し、 機能的に価値の等しい問題解決の可能性を提示し続けることにある、 とも主張されるのではないかと思われる。 このような社会についての近代的考察方法を乗り越える学問的方法も、 本書を通じて一貫して提示されている看過してはならない特徴の一つである。

 一つの書物にさまざまな読み方が許されることは筆者が強く意識しているはずであり、 かえってそのような読まれ方が期待されていることであろう。 本書評には紹介しきれなかった具体的な法解釈論・法政策論が極めて有益であることをも指摘して、 本書が多様に読まれることを評者からも期待したい。

 

(うすい・かずなり = 一橋大学大学院法学研究科准教授)

現代地方自治の法的基層 現代地方自治の法的基層

斎藤 誠/著

2012年12月発売
A5判 , 570ページ
定価 9,460円(本体 8,600円)
ISBN 978-4-641-13106-4

地方分権改革の動きの中,地方自治に関する論議が活発になされているが,地方自治の法理論の研究は,憲法学・行政法学のいずれにおいても蓄積が少ない。本書は,第一線の研究者が,地方自治の法構造の解明を目指して執筆した基礎研究の論攷を集成し,世に送るものである。原論攷公

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