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書斎の窓

連載

ベルリンで考える政治思想・政治哲学の「いま」

第4回 ドイツで日本研究を考える

東京大学社会科学研究所教授 宇野重規〔Uno Shigeki〕

 今回は、ドイツでの講義の経験について触れてみたい。筆者は2018年4月より、ベルリン自由大学の東アジア研究科で1学期間、週3回の講義・演習を担当することになった。日本を研究する学部生、修士課程および博士課程の大学院生が対象であり、使用言語は英語である。正直なところ、事前にあまり具体的なイメージがつかめず、「まあとにかく、行ってみてから考えよう」くらいの感覚で日本を出発したことを覚えている。

 ちなみにベルリン自由大学は、1948年に発足した国立の総合大学である。同じベルリンには、目抜き通りのウンター・デル・リンデンにフンボルト大学ベルリンがある。かつてベルリン大学と呼ばれた歴史ある大学であり、校門にフンボルト兄弟の像が、裏にはヘーゲルの像が立つように、重厚な雰囲気をたたえている。これと比べると、ベルリン自由大学は郊外にあり、その名前が示すように自由な雰囲気に満ちている。アメリカン・スタイルの大学と言っていいだろう。

 ベルリン自由大学は、第二次大戦後、ソ連占領下に置かれたフンボルト大学に対抗し、自由を求める教員や学生の声を受けて、アメリカ占領地域に設立されたものである。現在では、ドイツはもちろん、ヨーロッパを代表する人文・社会科学系の大学として知られている。全学生の5人に1人はドイツ国籍以外を持つように、国際色が豊かな大学でもある。

 構内を歩いていると、学生の服装は男女ともTシャツにジーンズといったラフな格好が目立つ。正直なところ、日本の学生と比べても、あまりおしゃれに関心があるようには見えない(失礼!)。ヒッピー風の長髪の学生も多く、スーツにネクタイ姿で講義にのぞんだ筆者も、なんだかバカバカしくなり、カジュアルな服装に切り替えた。いかにもアメリカ西海岸の大学風という印象である。

 ちなみにベルリン自由大学の東アジア研究科では、かつて評論家の加藤周一も教鞭をとっている。加藤といえば自伝的作品である『羊の歌』などが有名であるが、『日本文学史序説』(現在はちくま学芸文庫)もまた、彼の主著の一つであろう。筆者はこの本が好きで、これまでも何回か読んだが、今回、加藤が教えたベルリン自由大学に来るにあたって、カバンに入れてきた。

 『日本文学史序説』は狭い意味での文学史の本ではない。背景にある政治や社会の変化を自由に論じる、風通しの良い本であるが、なるほどいかにもこの大学での講義を反映しているのだろうなと感じた。日本についての強い関心を持つが、日本に生まれ育ったのではない学生たちに、いかに日本文化とその特性を説くか。社会科学書の色合いも持つ加藤の文学史の本に励まされるように、筆者もまたベルリンでの講義を始めた。

 興味深いのは学生のバックグラウンドである。すでに触れたように、ベルリン自由大学の学生の国籍は多様である。筆者の講義や演習に参加したのも、ドイツ人ばかりでなく、イギリス人やウクライナ人、そして中国人の学生たちであった。彼らの多くは日本学専攻であり(哲学専攻や社会学専攻の学生もいたが)、日本語の能力こそ多様であるが、一様に日本社会に対する強い知的関心を持っていた。

 これはうれしい驚きであった。日本にいるときしばしば耳にしたのは、ヨーロッパにおける日本研究(ひいては日本社会)への関心は低落傾向にあり、若者の関心は中国に向かっているという話であった。たしかにドイツにおいて中国への関心は高く、中国語学習者が多いのは事実である。かといって日本や日本語への関心が低下しているかといえば、「そうでもない」というのが、筆者が接した大学関係者の一致した声であった。

 学生に聞いても、「経済的にいえば、中国語を学ぶ方が有利かもしれないけれど、あえて日本語を選んだ」という意見を聞いた。ベルリン自由大学では、日本専攻は社会科学と人文系に分かれるが、人文系はもちろん、社会科学系の学生にも日本語の学習や、日本への留学を促している。語学学習に時間がかかるにも関わらず、「日本社会を学ぶ以上は日本語を習得すべきだ」というベルリン自由大学の方針には、深い見識を感じた。

 もちろん日本語の能力には、学生によってかなりのばらつきがある。博士課程の大学院生などには、日本への留学経験を持ち、日常会話になんの支障もないという学生も珍しくない。これに対し、学部生の方はまだ日本語の基礎的な読み書きを勉強し始めたばかりの学生も多い。日本についての知識も同様であり、この点は、講義や演習を進める上で、悩みのタネにもなった。

 とはいえ、彼ら彼女らが等しく日本社会への関心を口にしたのは、勇気づけられる思いであった。興味深いのは、日本への関心といっても、源氏物語や武士道といった伝統的な対象よりは、圧倒的に現代日本社会への興味が大きいということであった。しかも、こちらのイメージにあるように、必ずしも漫画やアニメなどサブカルチャーへの関心ばかりというわけでもない。

 訊いてみると、たしかに入り口は漫画やアニメという場合が多い。しかし、彼ら彼女らの関心はそこにとどまらず、現代日本における労働問題、NPOの現状、都市論、ポピュリズム、さらにはジェンダーや宗教など、多様な事柄に興味を持っているようであった。彼ら彼女らは日本社会の現状について、実に旺盛な好奇心を抱いている。

 学生との議論で興味深かったエピソードを一つ取り上げたい。戦後思想の演習で、丸山眞男の「超国家主義者の論理と心理」を取り上げた回のことである。言うまでもなく、丸山のテキストは手強い。日本語で読ませるのも酷かと思い、英語のテキストで講読することにした。それでも抽象的な論理を畳み掛けるような丸山のテキストに、学生たちはだいぶ苦戦したようだった。

 とはいえ、論文の内容自体は、学生たちはよく理解してくれたようだ。丸山の有名な「抑圧の移譲」や「無責任の体系」についても、「なるほど、そのような事態はよくわかる」という声が上がった。上位の人間から受けた抑圧を、自らの下に属する人間に転嫁することや、組織に属する誰もが「自分が決めたのではない」と言って責任の所在が分からなくなることは、若い彼ら彼女らなりに何か思い当たるのだろう。

 面白かったのは、そこから先である。ある学生が、「このような丸山の論理はよくわかるが、このような現象は、ドイツにも起きていると思う。何も日本に固有な事態ではない」と発言したのである。

 丸山のテキストには「土屋は青ざめ、古島は泣き、ゲーリングは哄笑する」という有名な台詞がある。戦犯の裁判にあたって、強い主体意識を持つナチスの権力者に対し、天皇の権威に依存する日本の責任者たちの脆さを対照させたものである。が、ドイツ人の学生は、「ナチスの戦犯も日本の戦犯もそんなに変わらない。ハンナ・アーレントが『エルサレムのアイヒマン』で説いた通りだ」と主張したのである。

 なるほど、これは鋭い指摘だろう。丸山の対比は、日本の軍国主義者のメンタリティの特異性を強調するがあまり、やや強引な対比をしているとも言える。丸山は議論にあたって、価値の選択を個人に委ねることなく、天皇を絶対的な権威の源泉とした近代日本の精神構造を分析する。この分析は丸山の独自のカール・シュミット解釈もあって、極めて興味深いものであるが、それだけ取ってみると、日本の「固有性」を過度に強調する議論に見えなくもない。

 さらに学生からは、「ヨーロッパの近代国家が価値中立的であったとも思えない。そもそも一切の内面的価値から中立的な国家など、ありうるのだろうか」という指摘もあった。正直なところ、抽象的な丸山の議論を理解できないか、理解できても「なるほど、日本は『無責任の体系』ゆえに、戦争へと向かったのだな」くらいの反応を予想していた筆者には、良い意味で驚きの発言であった。

 もちろん、彼ら彼女らの多くは日本についての初学者である。講義や演習での発言は、微笑ましいものも多かった。敗戦にあたっての南原繁の文章を、同じくプロイセンの敗戦時のフィヒテの文章と対比させて読ませると、「どちらもややこしくて、何を言っているのかわからない!」という反応であったし、一見読みやすそうな鶴見俊輔の文章には「ひらがなが多すぎて、読みにくい」という感想もあった。

 それにも関わらず、繰り返しになるが、彼ら彼女らの日本社会への関心は真剣なものであった。東洋のオリエンタリズムの対象でもなければ、経済発展の原因を探るといった問題意識でもなく、あくまで等身大の日本社会の諸現象が、その関心を呼んでいるのである。紋切り型のイメージを口にすることもあるけれど、丸山の事例のように、こちらの想定しない鋭い洞察を堂々と主張することもある。

 あらためて日本研究は日本人だけで行うものではないと思った。これまでも優れた外国人の日本研究者に多く出会ってきたし、日本の大学で出会う留学生たちのレベルの高さに驚いてきた。が、そのような研究者や留学生の背後には、さらに大勢の日本に関心を持つ人々がいる。そのことに強い印象を受けたドイツでの講義であった。

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