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自著を語る


『入門刑事手続法 第7版』

「入門刑事手続法の書式」雑感

大阪家庭裁判所所長 中川博之〔Nakagawa Hiroyuki〕

三井誠・酒巻匡/著
A5判,422頁,
本体3,000円+税

 三井誠・酒巻匡著『入門刑事手続法[第7版]』が刊行されました(2017年3月)。本書の第9章には「書式でみる刑事手続」として刑事手続の流れが一連の書式によって視覚的に把握できるように、緊急逮捕手続書から一審の判決書まで29種類の書式が掲げられています。初めて刑事手続を学ぶ人たちにとって、教科書の文字だけで手続の実際をイメージすることは相当に難しいものと思われます。本書の第9章は、そのような初学者の理解を助けるための視覚的なツールとし、イメージ作りの機能を果たすことが期待されているものと言えそうです。

 同章の書式に用いられている事案は、あくまで架空のものですが、大阪市内で発生したとされる自動車を用いたひったくりによる強盗致傷事件であり、読者が書式の流れに沿って事件のストーリーを追うことで、手続の流れが具体的に実感できるよう配慮されています。そのラインナップは、①緊急逮捕手続書、②緊急逮捕状、③領置調書、④司法警察員に対する弁解録取書、⑤司法警察員に対する供述調書、⑥送致書、⑦勾留請求書、⑧勾留質問調書、⑨勾留状、⑩私選弁護人選任申出書、⑪弁護人選任届、⑫実況見分調書、⑬起訴状、⑭公判前整理手続に付する決定等、⑮期日請書、⑯検察官の証明予定事実記載書、⑰類型証拠開示請求書、⑱弁護人の予定主張記載書面、⑲第三回公判前整理手続調書、⑳裁判員等選任手続調書、第一回及び第二回の各公判手続調書、証拠等関係カード、統合捜査報告書、証人尋問調書、証人の宣誓書、被告人供述調書、検察官の論告要旨、弁護人の弁論要旨、判決書というものです。なお、ストーリーの展開上、同章の中で取り上げることができなかったその他の重要書式(通常逮捕状や保釈許可決定など8種類)は、第1章から第8章までの本文中適宜の箇所に掲載されています。

 本書の初版(1995年11月)では、書式の事案として傷害事件が用いられ、20種類の書式が掲げられていました。これは、三井先生の「刑事手続法入門④・書式から見た刑事手続」法教58号53頁以下(1985年7月)で示されていた書式がほぼそのまま掲載されたものです。その後、訴訟関係の書式がそれまでのB判縦書きからA4横書きに変更されたこともあり、第3版(2001年12月)からは、書式を横書きに改めるとともに、用いる事案も傷害事件から殺人事件に変更しました。殺意の有無が争点となった事件です。私は、この第3版から書式の作成に関与させていただいております。さらにその後、裁判員制度が施行されたことに伴い、第5版(2010年5月)では公判前整理手続に関する書式や裁判員選任関係の書式などを補充しました。その結果、第5版からは第9章の書式の種類が25にまで増えています。

 今回の第7版の改訂に際しては、事案を殺人事件から強盗の故意の有無が争点の強盗致傷事件に変更するとともに、いくつかの書式をさらに追加しました。本書の第9章を素材に大学で模擬裁判が行われているということを三井先生から伺い、学部生が模擬裁判を実演するための便宜を考慮して、捜査書類や訴訟当事者の主張書面を中心にいくつかの書式を増やしたというものです。今回追加した書式は、具体的には、前掲の⑧勾留質問調書、⑫実況見分調書、統合捜査報告書、⑱弁護人の予定主張記載書面、検察官の論告要旨、弁護人の弁論要旨の六点になります。これらの追加書式も参考に模擬裁判を進行させてもらえればと思います。

 そのうち、検察官の論告要旨は、検察官の冒頭陳述要旨もそうですが、裁判員裁判の実務では、大小の枠で文字を囲ったり、文字を色分けしたり、フォントの大きさを変えたりするなど、ビジュアル化が進んでいます。そのような実務の傾向からすると、本章の論告要旨はやや大人しいとの印象を与えているかもしれません。他方、弁護人の弁論要旨は、全国的にほぼ同一の対応をしている検察官とは異なり、各弁護人によってそのスタイルは様々です。プレゼンテーションソフトを用いた口頭表現中心の弁論から従来型の書面による弁論までいろんな形が混在しています。本章の弁論要旨は、論告要旨とともに、要点を箇条書き的にメモにまとめ、法廷では必要な事項を口頭で補足しながら意見を述べるというスタイルで統一してみました。

 模擬裁判に話を戻しますと、模擬裁判を実施する上で重要な書面がいくつか省かれていると感じるかもしれません。その1つは、第3回公判前整理手続調書に添付されている「争点整理案」です。本事案の主たる争点が強盗の故意の有無であることは明らかなのですが、弁護人が「被告人はショルダーバッグの持ち手から手を放そうとしたが、紐が右手に絡まったために被害者を引きずることになってしまった」と主張していることとの関係で、実行行為の一部についても争点化する必要があるのかどうかを検討しておく必要があるようにも思われます。なお、ひったくりは、通常は窃盗罪で起訴されることの多い犯罪類型ですが、本事案のように自動車を用いる場合だけでなく、自転車や自動二輪車を用いる場合、さらには徒歩で被害者に接近する場合であっても、被害者の対応によっては、常に強盗に発展する契機を内在している行為であるということができます。学生の皆さんには、本事案を手がかりに窃盗と強盗の故意の区別についても、未必の故意の問題や条件付き故意の問題などとも関連付けながら、一度考えてもらえればと思います。

 もう1つは、検察官と弁護人の各冒頭陳述書面が省略されている点です。第9章には、双方の証明予定事実記載書面(予定主張記載書面)と論告要旨・弁論要旨があるので、紙幅の関係もあり、冒頭陳述の書面は省略しています。しかし、裁判員裁判の法廷では、双方の冒頭陳述は、証拠調べの指針を示すものとして大変重要な意味があります。実際にも、裁判員は、双方の冒頭陳述の主張を常に念頭に置きながら、書証の取り調べや証人尋問などの証拠調べに臨んでいます。このように、冒頭陳述は証拠調べの海を渡るための羅針盤のような役割を果たしていますので、模擬裁判では、わかりやすい冒頭陳述が実現できるよう、大いに工夫してみてください。

 判決書についてですが、書式は全くの試案(私案)であり、現在の裁判員裁判の実務を代表するようなものではおよそありません。裁判員制度が施行される前から、裁判員事件の判決書の在り方については検討が行われてきており、施行後8年を過ぎた現在もその議論は続いています。「争点についての判断」や「量刑の理由」の記述については、書式とは異なるアプローチも考えられるところです。特に「量刑の理由」について、最近の実務は、行為責任主義の基本に則り、犯情事実とその他の一般情状を区別して評価し、「罪となるべき事実」で認定した犯罪事実につき、その社会的類型の中での軽重の位置づけをできるだけ示すよう努めています。書式でもそのような試みは行われていますが、なお「試作品」の域を出るものではありません。

 また、今回の事案は、「自動車を使用したひったくり強盗」という社会的類型に属するものと言えそうですが、現時点では、この類型について裁判員裁判としての事例の蓄積は必ずしも多くありません。実際の評議では、他の類似類型の強盗事件の量刑傾向も参照しながら裁判官と裁判員が量刑に関する意見を交わすことになりそうです。

 今回の一連の書式は、実務サイドからの情報提供という側面を持っています。初学者向けの教科書に実務の視点を付加しようとするものであり、学生諸君が当初から実務の感覚を肌で感じながら刑事手続を学んでいってくれることを期待しています。研究者と実務家とのささやかなコラボと言えるかもしれません。このような協働がさらに広がっていくことが望まれます。

 本書は版を重ね、20年余りを経て第7版となりました。書式の方もそれに合わせて「成長」できているかどうかはなはだ心もとないところですが、少しでも学生諸君のお役に立てればと願っています。

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