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書斎の窓

自著を語る


『子どもへの司法面接

――考え方・進め方とトレーニング』

北海道大学大学院文学研究科教授 仲真紀子〔Naka Makiko〕

仲真紀子/編著
A5判,374頁,
本体2,900円+税

1 子どもから話を聞くときの問題

 「子どもに事実確認」をする、すなわち「そのとき、その場で何が起きたか、そしてどうなったか」を聞かなければならない場面は少なくありません。

・事故にあった、目撃した

・校則違反の可能性がある

・いじめにあっているのではないか

・犯罪に巻き込まれたのでは?

・虐待の疑いがある

等々。しかし、子どもから「何が起きたか」を聞き出すことは容易ではありません。そのために事件や事故、重大事態への対応が遅れたり混乱が生じたりすることがあります。

記憶の汚染・変遷

 子どもからの聞き取りは、なぜ難しいのか。

 まず、心配な事態があると、私たちはつい次のような質問を繰り出しがちです。

 「嫌なことがあったの?」「叩かれたりした?」「知ってる人? もしかして◯◯さん?」「その人がやったの?」

 こういった「はい」か「いいえ」か、AかBかの選択を求める質問を閉じた質問(クローズド質問)といいます。クローズド質問には「嫌なこと」「叩く」「◯◯さん」「やった」などという言葉が含まれていて、これらの言葉が、子どもの記憶を汚染する可能性があります。最初は「わからない」と言っていた子どもが「背が高かったかもしれない」と言うようになったり、「当たった」と言っていたのに「叩かれた」と言うようになることがあります。

 子どもの出来事を記憶したり思い出す力は発達途上にあり、本当の体験と、質問に含まれる情報とが入り混じってしまうことがあります。こういった暗示や誘導にかかりやすい傾向性を被暗示性といいます。

心理的負担

 私たちはまた、次のような質問をしがちです。

 「いつのこと?」

 「どこ?」

 「誰がやったの?」

 「なぜ、そこに行ったの?」

 このような聞きたいことに焦点を当てて聞く質問を、WH質問といいます。

 WH質問は「いつ」ならば時間、「どこ」ならば場所など、局所的な情報を効率的に引き出すことはできますが、質問によっては子どもに認知的な負荷がかかります。例えば、「いつ」は難しく、子どもは「時間はどうだっただろう。朝ごはんを食べて、それから外に出て、そして戻って来た後だから10時くらいだったかな……。うん、10時くらい、だと思う」などと推論をしなければなりません。

 また、「いつ」「どこで」「誰が」「なぜ」と質問を重ねていくと、子どもは尋問を受けているような気持ちになるかもしれません。だんだんと疲れてきて、注意散漫になったり、質問にうまく答えられなかったり、「わからない」を連発したり、「え、何?」と聞き返すことも多くなります。沈黙してしまう子どももいます。

面接の繰り返し

 さらに、子どもに確認しなければならないことが「重大な出来事」であった場合、子どもは何度も面接を受けることになります。親が話を聞き、関係者(教員、カウンセラー、職員等々)が話を聞き、その後は、たとえば児童相談所の職員、警察官、検察官、そして裁判ともなれば子どもは法廷で検察官、弁護人、裁判官から尋問を受けることになります。

 こういった聴取の繰り返しは、先に述べた記憶の汚染、変遷をさらに重篤なものにします。恐かった体験、嫌だった体験を繰り返し話させることは、精神的な二次被害をもたらすこともあります。

2 では、どう聞くか

 1980年代、イギリスやアメリカでは、聴取の仕方が不適切であったために、子どもが実際にはなかった出来事を報告したとされる事案が相次いで起きました。そのため発達心理学や認知心理学の知見を取り入れた面接法の開発が行われ、こうして作られたのが「司法面接」(フォレンジック・インタビュー)、「捜査面接」(インベスティゲィティブ・インタビュー)と呼ばれる面接法です。

 こういった面接法の特徴は、大きく2つあります。

自由報告を得る

 第1は、自由報告を得る、ということです。自由報告とは、自発的に、制約をかけることなく語ってもらうことであり、フリー(自由な)・ナラティブ(語り)とも呼ばれます。

 多くの誘導・暗示は、面接者の言葉によって与えられます(「そのおじさんに叩かれたの?」)。誘導や暗示を減らすには、子どもに「語って」もらわなければなりません。語りを引き出すには、以下のような開かれた質問(オープン質問)を使います。

 「何がありましたか」

 「それからどうなった?」

 「(今話してくれたことを)もっと詳しく話して」

 また、子どもの言葉を待ち、子どもが言い終えてもすぐに次の質問を繰り出すのではなく、「間」を大切にします。子どもが言った最後の言葉を繰り返し、その後の言葉を待つことも重要です。

 子ども「叩かれたんだ」

 面接者「叩かれたんだ。うん、それからどうなった?」

など。このようにして、できるだけ子どもにたくさん話してもらうように努めます。

構造化された面接

 第2は、面接が緩やかに構造化されている、ということです。子どもにいきなり自由報告を求めてもうまくいきません。

 「どんなことでもお話しください」

 「ん???」

となってしまいます。

 そのため、司法面接では、まず面接の目的を説明し、面接の上での約束事を示し(「本当にあったことを話してください」「わからないときはわからないと言ってください」等)、話しやすい関係性(ラポール)を作り、「出来事を思い出して話す」練習をした後、本題に入ります。そして、できるだけオープン質問で自由報告を求め、足りないところは質問で確認し、話してくれたことに感謝して面接を閉じます。

3 本書について

対象と目的

 本書は、児童相談所の職員、警察官、検察官の他、子どもに携わる専門家、例えば、家庭裁判所調査官、少年から話を聞く裁判官、弁護士、教師、医師、看護師、施設職員等を対象としています。しかし、保護者の方々にも、また、研究を担う大学院生や研究者にもぜひ読んでいただきたいと思います。

本書の目的は、以下の通りです。

・司法面接の背景にある子どもの発達的特徴を理解し、様々な場面に応用できるようにすること

・司法面接を実際に用いることができるようにすること

・司法面接の研修を実施し、より多くの人が使用できるようにすること

・研究者や学生が司法面接の背景や現状、先行研究や研究法を知り、司法面接研究を行う足がかりにしてもらうこと

 第Ⅰ部は理論編で、司法面接とは何か、歴史、そして記憶の発達や誘導や暗示の影響等の心理学的知見について述べています。研究も多数紹介しています。

 第Ⅱ部は実践編・研修編で、司法面接の概要、司法面接の要(自由報告)、構造、面接の計画の仕方などを説明しています。

 特に第Ⅱ部では、実際に1–2日の司法面接研修を実施することができるように、チームの組み方や研修スケジュール、研修のための材料、ロールプレイの方法、振り返りの仕方等を詳しく述べ、関連する資料は有斐閣のウェブサポートとしてダウンロードできるようにしてあります。

本書の特徴

 本書の拠り所は、認知心理学や発達心理学の知見です。また、面接法としては、実証的な研究の蓄積があり、エビデンス(科学的根拠)が最も多いとされるNICHDプロトコル(アメリカ国立小児健康人間発達研究所で心理学者等が作成した手順書)と、イギリスで他国に先駆けて法システムに取り入れられたガイドライン(「最良の証拠を得るために」)を用いています。これらの面接法は世界各国の標準的な面接法として広く用いられているものです。

 私たちは1990年代後半から面接法の研究を始め、2008年からは日本科学技術振興機構(JST)や文部科学省の研究支援を受けて基礎研究を積み重ね、司法面接法とその研修プログラムの開発と改善を行ってきました。

 「何があったか」を正確に、できるだけ心理的負担をかけることなく聞き取ることは、子どものみならず、関係するすべての人の人権を守ることにもつながります。本書が幅広く読まれ、また、司法面接に関する研究がますます発展することを心から願っています。

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