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書斎の窓

自著を語る


『学力・心理・家庭環境の経済分析
――全国小中学生の追跡調査から見えてきたもの』

子どもパネル調査から始まる探索の旅

慶應義塾大学経済学部教授 赤林英夫〔Akabayashi Hideo〕

赤林英夫・直井道生・敷島千鶴/編著
A5判,274頁,
本体3,100円+税

 日本における子どもの貧困率の高さと、教育格差を通じた次世代の経済格差の固定化が社会問題になって久しい。文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査でも、世帯所得と学力水準に正の相関があることが明らかになり、経済的に困難な家庭の子どもに対するさまざまな形の支援が国や自治体によって始められようとしている。いまや「公教育の充実で学力格差の解消を」、「経済格差から生じる世代間格差の連鎖を断ち切れ」、とメディアで叫ばれない日はない。

 しかし、金銭所得は家庭における一環境条件に過ぎないし、学力は教育の結果を表す一変数に過ぎない。「家庭環境」と一言でくくってしまうことが多いが、その言葉が一人歩きすることで、家庭内の何が子どもの教育に影響を与えているのか、という問が包み隠されてしまう。家庭環境とは親の教育水準なのか、所得水準なのか、それらは、子どもの学力だけでなく心理や行動パターンにも影響を与えているのか、その影響はいつどの程度生じているのか。

 我が国ではほとんど解明されていないこれらの問に挑むために、直井道生准教授、敷島千鶴教授そして私の3人を中心とする研究グループは、2010年に、日本子どもパネル調査(Japan Child Panel Survey: JCPS)という、全国の子どもの追跡調査を開始した。本書は、その最初の4年分のデータを分析した報告書である。

大きく立ち後れた我が国の教育データ

 日本で所得と学力の関係が実証的に議論されるようになったのはごく最近であるが、米国では、すでに半世紀前に、コールマンレポート(Coleman et al. 1966)と呼ばれる政府報告書が、家庭環境は子どもの教育達成度に強く影響を与えることを明らかにしていた。それ以降、学力が世帯所得と正の相関を持つことは、米国だけではなく、他の先進国や発展途上国でも明らかになっていった。

 しかし、子どもの家庭の経済状態が、実際にどの程度子どもの教育に影響を与えるのか、そしてそれは発達のどの段階で発生し、どのようなメカニズムで後の成長に結びつくのか、一時点の相関関係では、その関係がいつどのようなプロセスで発生したのか、どこまで因果関係があるのか、解明することはきわめて困難である。

 私は、20年以上前、米国で経済学の博士課程に在籍している時に、米国の若年層とその子どもを両方同時に追跡調査する、The Children of National Longitudinal Survey of Youth (CNLSY)というデータに出会った。大学で無造作に渡されたCDには、母親のIQ・学歴・結婚歴・異性交際やたばこ・ドラッグなどの経験とともに、子どもの学力・問題行動・家庭の文化的環境の変数が盛り込まれており、キーワードで簡単に検索できた。当時の私は、そのデータ量のみならず、調査を設計した研究者の視野の広さと志の高さにただ驚嘆する以外なかった。私は、経済学に加えて心理学の教科書や論文を読むようになり、博士論文では、家庭の教育投資と学力や問題行動などの教育成果尺度との関係を探る分析を行った。

 ちょうどその頃からCNLSYは多くの研究者の注目を浴び、経済学・教育学・心理学を融合した新しい論文を次々と生み出すインフラとしての役割を果たし始めていた。同時に、NLSY(CNLSYの親に相当するデータ)に基づいて執筆されたBell Curve(1994)は、IQの差が人種間の社会経済的格差をよく説明できるとして、米国で大論争を呼んでいた。2000年にノーベル経済学賞を受賞するヘックマンは、Bell Curveの問題提起に正面から取り組み、CNLSYを用いた精緻な論文を発表し始めていた。米国だけでない。縁あって一時期滞在した世界銀行では、子どもへの教育についてのデータ構築と実証分析が爆発的に進んでおり、その水準は日本の遙か先を行っていることに否応なしに気づかされた。

 それ以来、教育以外のテーマや発展途上国のデータで研究を行いながら、CNLSYと同様のデータを日本で手に入れる、あるいは自ら作ることが、私の研究上の夢となっていた。本書の謝辞にも書いたが、そのようなタイミングで、慶應の樋口教授に、「今ある大人のパネルデータに、教育の情報を充実させてくれないか」と声をかけられた私は、逡巡することなく「喜んでやります」と返答した。その時に、本書の分析に連なる研究プロジェクトは産声を上げた。

苦労の連続であった学力調査アンケート

 産声を上げたものの、JCPSを育てていく過程はチャレンジの連続であった。

 直面した最大の問題は、学力テストをどのように作成するか、どうやって調査対象の子どもにテストを受けてもらうのか、ということであった。研究グループには教育心理学者の敷島教授がいたが、彼女も学力テストを作成した経験はない。私自身は学習指導要領さえ読んだことがない状態で、自分たちでテストを作ることは不可能だった。業者から標準テストを購入することも困難であった。なぜなら、市販の標準テストは、学校で実施・回収されて分析されることを想定しており、回収されるかどうかも分からない郵送調査に使いたいと提案しても首を縦に振ってくれる企業はゼロであったからだ。もちろん、新たにテストを発注する時間もお金もない。

 八方ふさがりの状況だと知恵が出るようだ。そんな折、友人である塾の経営者に相談している時に、「自治体のテストを使ったらどうか」という案が浮上した。全国学力テストが始まる前から、都道府県では独自にさまざまな学力テストを実施しており、その問題の多くは、解答や正答率とともに公表されている。それらを使えば各学年の指導要領に準拠し、難易度の異なる問題を盛り込むことができるであろう。ただし、国語は、著作権の問題がからまない漢字・語句等に限ることにした。また当時は、小3以下に学力テストを行っている県は存在しなかったため、低学年の3年分だけは業者にお願いして作成してもらった。

 郵送調査の妥当性についてもかなり検討を加えた。まず、郵送で学力を計測する学術調査は、教育学分野では例がないと思われた。入学試験のイメージが染みついていると、学力とは、1秒たりとも違わず制限時間を守り、教室という同一条件で測らなければ意味がないであろう。また、子どもの替わりに親が解答するのではないか。そういった批判に直面するのではとの懸念があった。

 しかし最近は、通信教育での模擬試験も行われており、一定の信頼を得ている。学力テストの結果で利益があるわけではないので、子ども自身が答えてくれるであろう。我々は入学試験をしているわけではない。統計的に意味のある結果が得られれば良いだけである。

 そもそも、教室という管理された場所で測られた結果こそが真の学力だと誰が断言できるであろうか。現実社会では、管理されていない状況でも、自らの意思で集中し、実力を発揮しなければならない場面が多い。教室でなくても実力が出せるということも、社会に出てから必要な力であろう。そのように測られた学力の方が、子どもの将来に強く相関するかもしれない。

 いずれにせよ、わずかな予算で前例のない調査を実施するのだから、従来の慣習を気にしていても未来は開けない、そう割り切ることにした。

 その上で、調査手順には注意をはらった。学力テストは子どもだけで解答し、子ども自身の手で、シールで封をしてもらうことを要請した。返送されたテスト結果を分析すると、自治体で実施された時の正答率とほぼ整合的であった。子ども自身が解答していなければ決してこのような結果にはならないはずだ。私たちは、この方法は費用対効果が高いことを確信した。

 第1回調査実施前にテストのできを確認する必要を感じ、某県の教育委員会にお願いし、小中1校ずつで私たちの学力テストを試行的に実施していただいた。その県は、全国学力テストでは47都道府県のほぼ中位に位置していることも、偶然とはいえありがたかった。その結果を基に、極端に正答率が高かったり低かったりする問題を排除した。

政策分析は次のステップで

 そんな苦労を経てJCPSデータは蓄積されてきたが、諸外国の長期間のパネルデータと比較すると、まだ質量ともに不足しているのが実情だ。統計分析を行う際には、データの量が多いほど、弱い仮定の下で因果関係を主張することができる。しかし、JCPSは全国の子どもを対象とした、我が国初めての学力パネルデータである。短期のパネルデータでも新しい発見はいくつもあるだろうし、それを発表していくべきだ。そう考えてまとめられたのが本書である。個人や家庭が直面する制約条件の差を重視する経済学的アプローチの下、世帯所得と親の学歴の影響に焦点を当てている。詳細は是非、本書を手にとって読んでいただきたい。

 本書は、子どもの学力や非認知能力の形成に対する家庭からの影響の事実解明を目的とした基礎研究である。価格や所得に応じて消費や投資の行動はどう変わるのか、環境変化は幸福感にどう影響を与えるかなど、個人や家庭の行動における事実を明らかにすることは、経済学や心理学における研究の出発点だ。本書の位置づけもそれと同様である。

 子どもは親を選ぶことはできない。その制約があるが故に、家庭こそが機会の不平等の源泉となっている。学校が子どもに与える影響は当然重要だが、家庭の役割を無視して学校教育の意義を議論することは、学校に過大な期待をすることに繋がる。家庭が子どもに与える影響の解明なくしては、家庭間の不平等を乗り越えるための教育政策の提案も分析も不可能だ。

 そのような観点から、本書では一部の章を除き、分析結果を安易に、「教育はこうあるべきだ」といった政策提言に結びつけることを控えることにした。教育をあつかった専門書として、その点に物足りなさを感じる読者も多いかも知れない。しかし、JCPSの収集と分析は現在も継続されている。より踏み込んだ政策分析は次のステップと考えているので、ご理解いただけたら幸いである。

【参照文献】

Richard J-Herrnstein and Charles Murray. 1994. The Bell Curve: Intelligence and Class Structure in American Life. The Free Press.

James S. Coleman, et.al. 1966. Equality of Educational Opportunity. Washington, DC: Office of Education.

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