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書斎の窓

鼎談

どうやって「一歩先へ」誘うか

――『一歩先への憲法入門』をもとに考える

大阪大学大学院高等司法研究科准教授 片桐直人〔Katagiri Naoto〕

九州大学大学院法学研究院准教授 井上武史〔Inoue Takeshi〕

千葉大学大学院専門法務研究科准教授 大林啓吾〔Obayashi Keigo〕

Discussion

片桐直人
Katagiri Naoto

井上武史
Inoue Takeshi

大林啓吾
Obayashi Keigo

片桐直人,井上武史,大林啓吾/著
A5判,318頁,
本体2,200円+税

 

本書のねらい――「一歩先へ」に込められた意味

片桐 この度、有斐閣から『一歩先への憲法入門』という本を出版いたしました。タイトルが示しているように、初学者向けの憲法入門書です。本日は、執筆者が集まって、本書の特徴や、本書に込めた思い、その他様々なことをお話しして、この本の魅力についてお伝えできればと思います。

 まず、私のほうから簡単に、特徴等についてお話しします。「はしがき」にも書きましたけれども、この本を書き始めた当初は、基本書や体系書と呼ばれているような専門書と、高校までに勉強してきた憲法の知識との橋渡しをするような本、というコンセプトを念頭においていました。

 ただ、「橋を渡す」というのはどういうことなのかは難しい問題です。例えば、通説的な理解を要約してコンパクトにまとめ上げるという方法もあるのかもしれません。あるいは試験に出そうといった意味での必要な部分を抜き出していく方法もあるのかもしれません。しかし、学生と話をしてよく言われるのは、そういう本は確かにすごく便利なのだけれども、結局それで何を考えたらいいのか、何を理解したらいいのかがよくわからない。抽象的というか、間が飛んでしまっていて、本格的な本に移行するのが難しいということです。それはもっともなことで、何とか自分たちの力で前に進んで、様々な本にアクセスできるような、その中間に位置付けられるような、そういう橋渡しができないかということを考えました。

 特徴としては、読者が、高校までの学習で知っていること、あるいは日常のニュースなどで見聞きするようなことから話を始めて、それは憲法とどう関係するのかということを、なるべくかみ砕いて説明をして、最終的には基本書に書かれているようなことに手がかかるような構成になっています。例えば、冒頭にトピックスが用意されているのがそうです。

 また、ここで何を勉強しているのかがわかるように問いかけを置いたり、あるいは確認のためのチェックポイントを設けたりしているところにも特徴があります。ぜひそういう様々な仕掛けを使いながら勉強を進めていただいて、最終的にはこの本から更に一歩先へ進んで、より本格的な専門書へと勉強を進めていただければと思っています。

 少し長くなりましたけれども、先生方から何か付け加えることがあればうかがいたいと思います。

井上 片桐先生がおっしゃった中で、何を理解すればよいのかがわからないというのが、学生が法律を勉強する上で最初につまずく点ではないかと思います。その点、この本ではユニット冒頭のトピックスで具体的で身近な話題を提示し、その後の本文でも節ごとに問いかけを置きました。この問いかけによって、そこで何が問題になっているのかを意識しながら本文を読み進むことができて、そして最後のチェックポイントで理解したことを確認できる。何を理解すればよいのかわからないという不安をできるだけ解消できるような本に仕上がっていると思います。

大林 この本の検討会で、憲法関係の本が巷にあふれている中で、それらとの差別化を図りながら、どんな入門書を作ることができるかというところが当初議題に上がりました。その中で、法学部に入っても必ずしも法曹を目指さないという学生に向けた本を作ることが重要なのではないかという意見が出たかと思います。具体的には、高校から大学への架橋となるような本ということと、たんに読むだけではなく実際に自分で考えさせるような、問いかけを含むような内容がよいのではないかということになりました。確かにそのようなコンセプトでいけば良い本が作れると最初は思ったものの、いざ執筆に取り組んでいくと難しいところもあって、具体的にどのように書いていくのかというところで悩み、検討会でも何回も議論を重ねました。

 そうした議論を経て、本書では、基本書を読んだだけではわからないところを、丁寧に理由を付けて解説してわかってもらう、自分でちゃんと説明できるようになってもらうという点を重視して書きました。そのあたりが本書の特徴の1つになっていると思います。

「一歩先へ」若手世代が案内すること

片桐 今お2人からご指摘いただいたように、世の中には入門書も含めてたくさんの憲法の本があります。私としても、その中で新たにこういう本を出すということの意味はどこにあるのかということを考えざるをえなかったように思います。大きく分けて2つほどあるでしょうか。

 1つは、まだ40歳にも満たない我々のような人間が書くということにも意味があるのではないか。例え話1つ取っても、興味・関心が学生と近い可能性があるわけです。もちろん彼らから見ると、私たちは立派なおじさんなのでしょうけれども。

 もう1つ、我々は憲法を専門に研究しているわけですけれども、そういうことを積み重ねていくと、最初の頃はどこにつまずいたかというのがわからなくなっていくところがありますよね。そういう意味でも、学生と歳の近い人間のほうが、「ここは難しかったよね」とか、「そう言えばここはこういうふうに説明するとわかりやすくなるんだよね」というようなアイディアが生まれやすいのではないでしょうか。実際に出来上がったものを見ても、そういうアイディアがたくさん盛り込まれています。

 話は変わるのですけれども、先生方は当初、憲法をどのように勉強されていましたか。

大林 やはり一般によく言われているように、内容が抽象的であるとか、基本書の内容もかなり要点をかいつまんでいるものが多くて、いまいち具体的なイメージを持ちにくいというのが、最初の頃の印象でした。

 私は、学生時代に憲法のサークルに入っていて、多少馴染んでいたつもりではあったのですが、いざ基本書に接すると、どうも取っ付きにくいところがあって、理解するのがなかなか難しかったような記憶があります。

 もう1つは、自分が大学に入った頃というのは、インターネットや携帯電話が普及し始めたばかりで、具体的な憲法関係のトピックスというのは今ほどはなかったような気がします。なので、基本書に出てくる例も、ちょっと自分の身近な生活とは離れたような判例なり事例が多かったと思います。

片桐 メジャーな判例や論点というのは、戦後すぐから1970年代ぐらいまでに形成されているものが多くて、今の学生からすると、なかなかわかりにくい。例えば成田新法事件で、空港に火炎瓶を投げ込む人がいると言われても、「何それ」みたいな感じです。そういう中で、本書に挙げたトピックスは、いずれも今まさにホットイシューであることばかりで、それはよかったのではないかと思います。井上先生はいかがですか。

井上 憲法は、取っ付きやすいけれどもなかなか修得しにくいと言われていると思います。憲法については、高校時代にそれなりに勉強をしているので、誰もがある程度の知識は持っています。しかし、いざ大学で専門的に勉強してみると、高校時代の暗記型のものとは違って、内容について深い理解が求められます。しかも他の法律と比べて憲法は条文数も少なく抽象的なこともあって、最初は意気揚々と門をくぐったものの、その出口がなかなか見つからないという感じで、何かモヤモヤ感があったような気がするのです。

 他方、普通の憲法の授業とは別に、基礎理論の検討や他国の憲法との比較を行う国法学という授業があり、私はこちらの授業の方が面白く感じました。解釈論と並行して基礎理論的な面も一緒に勉強すると、もしかしたら憲法の面白さや奥深さを感じてもらえるのではないかと思います。

片桐 理論の魅力についてもう少しかみ砕いていただけますか。

井上 憲法条文の11つの言葉や概念、あるいは憲法の理論や制度が歴史的にどうやって出来てきたのか、それらがどのように関連しているのかを知ることで、何となく憲法の全体像がわかってくるなという楽しみがありました。

片桐 なるほど。そのためには、背景的な知識も重要になりますね。憲法は高校までにもかなり勉強していますが、それだけでなく、世界史や日本史に関する知識だとか、あるいは判決文1つを取っても、その文章を正確に読み解くという意味で、国語力みたいなものも重要です。あるいは、論理という意味では数学なども大事なのかもしれません。均衡を考えたら、経済の考え方も大事でしょう。

 私は、憲法をしっかりと真剣にやろうと取り組んだのは大学院に入ろうと決めた頃のような気がします。それはゼミに入って、いろいろな判例だとか基本書を読み、「ああ、なるほどこういうふうになっているんだな」ということがわかって、初めてのような気がするのです。そのときに思ったのは、結局面白いと思うかどうかは、人に教わるのではなくて、自分で勉強したり、何かを調べたり読んだりという、そういう経験があるほうがいい。

 その意味で、本当は、ちゃんとした基本書が座右にあって、それをじっくりと読み込むのが王道でしょう。ただ、それだけだと辛い。読み込むまではいかないけれども、最初のステップとなるような本があればいいなというのはずっと感じていました。本書が、これを手に取った皆さんのよすがになればと思います。

井上 憲法の学習で難しいのは、内容が高度で抽象的というのがあるのですが、それに加えて、学生が法学部で最初に取り組む法であるというカリキュラムの事情もあると思うのです。他の法をいくらか知った上で憲法を学習するのではなくて、最初に勉強するということで、法律に対する抵抗感というか、難しさというものが憲法学習には必然的に伴っていると思うのです。そうした苦労を軽減する意味でも、橋渡しの役割というのは非常に大きいのではないかと思います。

片桐 そうですね。判例を教えるとしても、問題になっている法律が何なのかというのがわからない段階でそういう議論をするのはなかなか難しいです。統治にしてもこの本を書き始めた2012年の段階では、18歳選挙権が実現するなんて、という感じもあったわけです。そうすると、選挙へ行ったこともないし、選挙にも関心がないし、国会なんて遠くの出来事だという学生たちに、どうやって憲法の手触りのようなものを伝えるかというのは、なかなか難しいところがありました。

大林 高校までは基本的に受験勉強なので、暗記重視の勉強だと思います。ところが、大学の基本書は、重要な語句が色字になっているわけでも太字になっているわけでもない。どこがどう問題で、どこを覚えなければいけないのかとか、そういうことは書いていないわけです。そうすると、高校までの知識をどう使えばいいのかがわからないと思うのです。この本ではキーワードを太字で示したり重要な論点等をチェックポイント等でも説明したりしているので、そうした面でも、高校から大学への架橋になっていればいいなと思います。

片桐 もう1つ、高校までの勉強とずいぶん違うと思うのは、高校までは教科書の他に問題集や参考書、あるいは予備校が出しているような本などがゴマンとあるわけです。でも、どうしても法学関係のものは、最近でこそ状況がずいぶん違いますけれども、あまり多くのメニューが用意されていなかった部分がある。

 私にとって大学受験の勉強をしているときに、教科書以外で役に立ったのは、予備校が出している『実況中継』という本でした。とくに『地理の実況中継』というのが大好きで、なるほど地図はこう見るのか、みたいなことがよくわかったりするわけです。そういう形で何か気付きを与えてくれるような本があってもいいのかなと思うのです。

 もちろんそれだけで完結してわかった気になるのも困るのですが、新たな視角、「あっ、こういうふうにものを見ると、憲法らしく見えるんだな」というのがわかってもらえると嬉しいです。

大林 この本の中でも原理・原則について理由をできるだけ丁寧に説明するようにしたので、「なるほど」と思ってくれることがあれば嬉しいですね。

「手触り」を感じながら「一歩先へ」考える

片桐 先生方が新たな法的問題を考えるとき、具体的な事件や事例と絡めて考えることが多いと思います。本書の中でも、手がかりとなる事例から、少し抽象度のある議論まで話が流れていく構成になっています。でも、このステップで付いていけなくなってしまったという人も出てくるのではないかと思います。そういうときにヒントになるような何かがあればお話しをうかがえませんか。

大林 具体的な法的事例について、素直に考えるのであれば、最初に憲法の視点からというよりも、そもそもこの問題を普通に考えたらどう解決すべきなのだろうかというところを考えると思います。それはある種、政策論的になるのかもしれないのですけれども、そういう一般的思考を経た上で憲法につなげていき、類似の判例や制度を考えながら憲法上の論点を設定し、解決策を考えていく感じですね。

井上 私は、具体的な問題を見るときには、自分がその当事者だったり、当事者に近い立場にいればどうするだろうかと考えますし、学生にもそうするように言っています。例えば憲法の判例でよく出てくる、私立高校で女子学生がパーマをかけたことで退学になったという事件がありますが、この女子生徒がもし自分の妹とか、自分の恋人だとして、学校から退学処分を受けたときに、自分は一体何ができるのかというふうにです。授業で取り上げる際にも、憲法とか法律の知識を使って、何とかその人を助けてあげられないかという視点を学生に持ってもらうようにしています。

 そのときに、憲法13条の幸福追求権には自己決定権という権利が含まれており、髪型の自由というのが憲法で保障されるかもしれないということを知っていれば、もしかしたらその女子生徒を助けてあげられるかもしれない。けれども知らなければ、その女子生徒は学校が言うままに退学処分になってしまうでしょう。そういう具体的な場面に自らを置いてみることで初めて法律に対する興味や関心が芽生えてくるような気がしていて、そのことが法律の理解や学習の助けになるのではないかと思います。

片桐 なるほど。奇しくもお2人で同じ趣旨のお話をされていて、やはり当事者というか、具体的な事例に寄り添う形で問題を考えなくてはいけないということですね。たとえ憲法であっても、手触りのある事案、手触りのある具体例、そういうのがないと宙に浮いた話になりがちなのではないかという気がします。

 本書では、抽象的になりがちな部分も、何とか手触りを残して書いています。是非そういうところも読んでいただけると有難く思います。

憲法の奥深さ――本書から「一歩先へ」

大林 書いていて難しかったのは、憲法の問題というのは答えがない。でも答えを教えてほしいという学生が多い。さてそれにどう対応すればいいのかということを考えたときに、今までは、こういう判例があるので、とりあえずこれを知っておいてください、と答えてしまうことがありました。本書のスタイルはそれとは違って、判例にはできるだけ頼らずに、自分の書く内容で説得させるということだったので、それは骨が折れる作業で、なかなか大変でした。

片桐 そうですね。読んだ人が1つの答えに固まってしまうのではなく、将来に向かっていろいろなことが開かれているものであってほしいし、そうでないといけない。図書館に行って、こっちの本ではどうなのかなというように調べていただけるような書き方にはなっていると思います。要するに、オープンエンドの本です。中には答えがきちんと示されていないのは嫌だという人もいるかもしれませんが、答えのある学問ではないと思いますし。

井上 ただ、自分で物事を考えるためには、ある程度の基礎知識が必要です。しかしだからといって、最初に知識だけを積み上げて、その後に自分で考えるというのだと、最初のところで挫折してしまうことが多いというのが、私の経験からもあります。この本は、知識を確認しながら、そのつど問いかけに従って考えながら理解するというコンセプトで書かれているので、初めて憲法を勉強する方々に無理なく勉強してもらえるかなという気はしています。

片桐 答えがないというのは、面白いことですよね。自分の考え方も、時間が変わればちょっとずつ変わってくることもある。今はこう思っているけれども、勉強が進めばそのうちまた変わっていくのかなと思っていろいろなことを勉強していくと、一生憲法と付き合っていけるし、新たなことを知ることができる。新たに自分の思考が深まっていく、そのための第一歩に貢献できればと思います。

大林 お2人の話を聞いていると、この本がますます良い本に思えてきました。

井上・片桐 そうでしょう(笑)。

片桐 本当に小さな一歩を助けるような本でしかない。ですけど、ぜひここをステップとして、カバーにも階段がたくさんありますが、ここからどんどん上っていってください。基本書を読んで、体系書を読んで、わからなくなったら一回ここに戻ってきてもらって、「ああそうか」というように確認をしてもらって、それでまた基本書に戻っていくという使い方もあるでしょう。まず一通り読んでもらって、それで基本書に向き合うという手もあるでしょう。あるいは自分で問題が見付かったときに、「あれ、この本に何か書いてあったかな」と振り返ってもらうという手もあるでしょう。いろいろな使い方ができる本だと思います。

どうやって「一歩先へ」誘うか

片桐 ところで、先生方はこの本に限らず、授業でたくさん工夫をされていると思います。とくに、勉強はそんなに得意ではなかったけれども、頑張って大学へ入ってきたという学生たちに憲法を教えるときに、どういう工夫をされているでしょうか。

井上 まず私から、憲法に限らず法律学というのは、まず言葉がすごく難しい。とはいえ法律学は言葉を扱う学問なので、言葉を理解してもらわないと何も始まらないわけです。そうすると難解な法律用語と、まだ高校を卒業したての学生とをどう結び付けるのかというのが工夫のポイントになると思います。授業や演習では、例えば国民主権とか憲法制定権力とか、研究者でも説明するのが難しいような概念を、どういうふうに言い換えたら理解してもらえるかということを意識しています。

 もう1点、憲法というのは人間がつくったものですけれども、歴史的な意味を非常に強く持っているものだと思います。日本国憲法にはたくさん人権が定められているけれども、それは歴史的に意味があるから昔から受け継がれて、この日本国憲法に入っているのだと。憲法が定めている制度や人権がなぜ存在するのかということにも、目を向けてもらいたいと思っています。

大林 私は学生の関心をどう惹きつけるかが一番大事だと思っています。手を動かすことが重要だと思って、ノートをひたすら取らせるとか教科書に線を引かせるとか、そういったことはできるだけさせています。それから、興味を持たせるという点で大事なのは、憲法の言葉というか専門用語、キーワードをどう説明するかというところです。私としてはむしろ、初めて憲法を学ぶ学生には格好よさそうな言葉を先にポンと言って、学生に「これは何だ」と思わせて、それを説明していくということをよくやっています。

 もう1つは、当事者目線で話すということです。私も授業の始めに、その論点なり単元についてのニュースを拾ってきて、最初にそのニュースを説明し、これについて自分がこの立場だったら、あるいはこの当事者だったらどう考えるのか問いかけ、いったん、自分なりに考えさせてから、その後で憲法の中身に入るということをしています。

 関心を持ってもらうという点で、なかなか難しかったのが統治のところです。できるだけわかりやすく書いたつもりであっても、どうしても制度説明をせざるを得ないところがありますから、どう関心を持ち続けてもらうかが、1つの課題でした。統治に関して、お2人はどういう工夫をされましたか。

片桐 私は国会のところを担当しましたけれども、まず国会議員あるいは国会職員になってみませんかというのを、1つの手触りとして意識しました。先に国会という大きな組織の話をするのではなく、議員に当選したらどうなるかというところから話が始まっています。

大林 統治専門であるがゆえに、いろいろ書きたいというか、言いたいことが出てきてしまって書きにくくなってしまったところがありましたね。

片桐 ありますね。本当に難しいです。ただ、統治を動かしているのは制度であり仕組みであるわけですけど、同時にアクターがいるわけじゃないですか。そのアクターが直面している制度というのを、アクターになった視点で書けるといいのかなと思います。

 あと、統治に関しては、ニュースを取っかかりにするのは逆に難しいというのもあるでしょうか。政治に興味がない人に政治のニュースがあるでしょうと言っても、「ふーん」となってしまいますしね。

井上 法律に興味があるならば、そういうものにも興味を持ってほしいですね。法律を理解するには、法律を知るだけで完結しないわけですから。社会にある程度関心をもって、その社会を法的にどう見るかということが法学学習にとって大切なのだと思います。本書ではトピックスがそういう役割を果たしていて、そのユニットを理解する取っかかりになっています。

片桐 ニュースだけでなく、もっと身近なものでもいいと思います。憲法と言うと、平和と人権と民主制みたいな大きな理念の話も重要ですが、それだとどうしても抽象的になりがちです。民主制というのは人々が集合的に意思形成する基本的な考え方です。人権というのも、人として当然に守られなければならない基本的な利益の話ですよね。だから、それを確保するために、例えば違憲審査の仕組みだとか、あるいは立法手続の仕組みがあるわけです。そういう素朴な気付きから始まって、こういう複雑なシステムにつながるということを理解してもらえるといいのかなと思います。

大林 先ほどおっしゃった、ちょっとした身近な問題を憲法問題化するというのは、ある種、憲法の射程にも関わってくると思います。

片桐 そうですね。

大林 我々は、ほぼ同世代なので、検討会で自由に意見を出し合い、様々な身近な問題を憲法に絡ませて説明したように思います。その意味で、本書は憲法の射程を広くとっているといえるかもしれませんね。

『一歩先への憲法入門』の「一歩先」

片桐 この本には、まだまだ書き足りなかった点もあります。体系性みたいなものは度外視せざるを得ないというか、落とさざるを得なくなってしまい、その結果、本当は憲法を勉強したら絶対にやらなければいけないのに落ちている論点がいくつかあります。例えば私人間効力がそうです。そういう意味でも、この本は、他の本と一緒に読んでいただきたい本であるわけです。他方で、体系性に縛られなかったからこそ自由に書けている部分もあるのだろうと思います。井上先生は、ここの部分を論じたかったというのは何か残っていますか。

井上 違憲審査制について、もう少し踏み込みたかったというのはあります。人権保障の発展のところで違憲審査制に触れたのですが、現在の統治機構の中で違憲審査制は非常に大事な仕組みなので、ここにもう少し焦点を当てられればというのは思いました。

片桐 そうですね。違憲審査制というのは、ここ100年ちょっとでようやく人類が手にした、ある種未熟な制度です。

井上 ええ、おっしゃるとおり、憲法の歴史から見れば比較的新しい制度です。でも、それは立憲主義の統治体制にとって不可欠なものと考えられていて、現在まで各国で大きな進展を遂げてきました。

片桐 この本は、初回の会合が201210月でしたが、その段階ではまだ311の記憶が生々しくて、まさかこんなに立憲主義に注目が集まるとは思っていなかった。その都度の関心を色濃く反映している部分もあるのかもしれません。大林先生は何かありますか。

大林 そうですね。我々3人がそれぞれアメリカ、フランス、ドイツと、専門とする比較対象国が違っていますから、その意味で、もう少し外国法的な視点を入れて比較して考える素材を提供できればよかったなと思っています。

片桐 私は書き足すとすれば何かと言われれば、全体的にどういう論点につながっているかという出口を明示してあげられるとよかったかなと思います。でも、今日のお話の中に再三出てきたように、この本だけで完結するものではないですし、先生方が言われた点も含めて、それはほかの教材で補っていただくということですかね。

大林 逆に、ほかの教科書と違って、先生方がちょっと踏み込んだなという点はあるのですか。ここを見てくれ、というような。

井上 私は、国民主権(ユニット3)のところで、今でも時々話題になる「押し付け憲法論」が持つ歴史的・理論的な含意をこの手の入門書にしては割合詳しく書きました。現在問題になっている論点について、初学者の方にも自ら考えてもらいたいという思いがあったからです。

片桐 踏み込んだと言うのではないですが、意外と苦労したなと今でも思っているのは労働基本権です。というのは、労働基本権は今でも、今だからこそ重要だと思うのです。でも、今だからこそ重要だという感じをどうやって出すかというのに、ものすごく苦労した記憶があります。もう1つこれでいいのかなと思うのは天皇ですかね。結構大変でしたね。ドキドキしながら書いていました。

井上 私は集団的自衛権の項目を冷や冷やしながら書いていました。本書のスタート時にはこの論点がこれほど話題になるとは全然思っていませんでした。私自身がその論議に巻き込まれることになることも含めてです。

片桐 大林先生のさっきの振りで、最初に国民主権の話が出ると思いませんでした。むしろ9条のほうだろうと思いましたけど(笑)。

井上 9条についても、従来の解釈学説の単なる紹介ではなく、日本国憲法が立脚する国際協調主義の側面にも光を当てていて、その意味では、多少踏み込んだとも言えると思います。

片桐 あと、先ほどの手触り感との関係で、具体例を結構頑張って、無理に入れている部分があります。これでよかったのかなと思うところとか、これは厳密に言うと違うのかなと思うところもあるし、実際、そういうご指摘を受けるところもあるのですが、それでも、どうしても手触りを大事にしてほしいというのはありましたね。

片桐 足掛け約5年半にわたって先生方とご一緒させていただいて、いろいろと勉強になりましたし、非常に楽しい企画でした。出来上がった本は編集の方々のご努力により素敵な体裁になり、また読みやすいものになったと思います。広くこの本を使っていただくことを祈念しながら、このへんで終わりにしたいと思います。

2016729日収録)

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