HOME > 書斎の窓
書斎の窓

連載

お墓事情と墓地法制

第2回 フランスの仕組みとパリの墓地

京都大学大学院総合生存学館教授 大石眞〔Oishi Makoto〕

フランスの墓地埋葬法制

 前回指摘したように、地方公共団体法典には、地方自治体が墓地提供・埋葬義務を負うという考え方を前提として、墓地・埋葬に関する詳しい規定が設けられている。各市町村は墓地又は納骨堂を少なくとも1か所配置する法律上の義務を負うこともすでに述べたが、墓地の新設・拡張・移設を知事が認可するには、都市部と人口密集地域では、住宅から少なくとも35m隔てる必要がある(法律編2223–1条)。

 墓地の広さについては、毎年葬られる死体の想定数を収容するのに必要な空間の5倍を確保すべきものとされる(同2223–2条)。市町村の所有する墓地である以上、その使用権は公有地の私的占有として認められるにすぎず、15年以下の一時使用権、30年・50年の使用権、永久使用権の4種類の使用権がありうる(同2223–14条)。各市町村の定める使用料を納入することにより権利が発生し、前三者については更新も認められるが、更新料の支払いがないまま2年が経過すると権利は失われる(同2223–15条)。その間、使用権者は、自らの区域に納骨堂・記念碑・墓石を建てることができる(同2223–13条)。

 市町村墓地への埋葬資格は、区域内で死亡した者、区域内に住所をもつ者、選挙人名簿に登録されている者などに広く認められ(同2223–3条)、国内で死亡した場合は死後24時間後6日以内、外国・海外領土で死亡した場合はフランス国内に搬入した後6日以内に埋葬すべきものとされる(同2213–33条)。その際、市町村長は、死亡した人がすべて、宗派・信条の区別なく品位をもって埋葬されるよう配慮する必要があり(同2213–7条)、死者の搬送方法、墓地における秩序と品位の維持、埋葬・発掘について権限をもっている(同2213–9条)。なお、遺体は埋葬又は火葬の前に納棺すべきこと、納棺の前に遺体を包むために用いる防水加工の覆いは、バクテリアで分解される素材で製造することなども決まっている(命令編2213–15条)。

 さて、火葬は、仏教・ヒンズー教ではごく一般的な葬送形態であり、キリスト教でも、1963年に火葬禁止が解除されたカトリックを含め、今日すべての宗派で認められているが、イスラームとユダヤ教では禁止されている。前回少し紹介したように、フランスではなお土葬が主流であり、火葬率は亡くなった人々の34.5%にとどまっている。

 とはいえ、1887年の葬儀自由法によって公認され、1889年1月に最初の火葬が行われて以来、火葬は少しずつ増え続け、1975年にはフランス全土で葬儀の0.4%に過ぎなかったが、最近では3家族に1家族の割合になっている。パリについて見ると、火葬の傾向はより高まり、2007年に死亡者全体の33%だったのに対し、2012年には45%に上っている。

 こうした状況を背景に火葬に関する規定は増えつつあり、民法典には、「人の身体に払われるべき敬意は、死によって止むことはない」として「遺体が火葬に付された人の遺骨を含め、死亡した人の遺骸は、敬意、尊厳及び品位をもって取り扱わなければならない」ことが付加された(16–1–1条)。地方公共団体法典も、遺骨は「火葬の後に粉砕し、故人の身元確認及び火葬場を記したプレートを外側に貼り付けた骨壺に収める」ものとし(法律編2223–18–1条)、これを墓穴に埋めるか納骨堂の箱に収納するかして保管することと並んで、遺灰を墓地中の指定場所又は公道上以外の自然の中に撒くことも認めた(同2223–18–2条)。

パリ市営墓地の仕組みと事情

 約225万人の人口を擁するパリの市営墓地は、北のモンマルトル(1825年開設、10.5㌶)、南のモンパルナス(1824年開設、18.8㌶)、東のペール・ラシェーズ(後述)の墓地をはじめとして、外環状道路の内側に14か所(市内墓地)、その外側の近郊県に6か所(市外墓地)あり、それらの合計面積は422㌶に及んでいる。これらの墓地はパリの公有財産を形づくるが、国の法令の下で、市の墓地条例(全70か条。2005年6月制定)とこれに附属する「墓地使用権対象地の技術的整備」を定める仕様書により詳しく規律されている。

 ここに詳述する余裕はないが、例えば、所定の要件(条例10条)を満たす死者すべてに無償かつ5年間の墓地使用権が与えられるが、家族墓を希望する者には、所定の手続により各墓地の事情と広さなどを考慮して墓所が割り当てられる(同28条)。10年・30年・50年という期限付きのほか永久の墓地使用権も認められ、前三者については期間の更新・延長・短縮もありうる(同28条〜32条・37条)。30年・50年・永久の使用権を認められた場合、権利者は3か月以内に地下墓所の建設に取り掛かる必要がある(同34条)。

 その使用料は、市議会で審議・決定した後、市の広報で公告するとともに、墓地事務所や区役所でも掲示されるが(同65条)、墓地の所在地と使用権の形態・期限に応じてかなり異なっている。まず、パリの外周をめぐる外環状道路を境として、前記のモンパルナス・モンマルトル・ベルシィなどの市内墓地と、バニョー・イヴリィなどの近郊県にある市外墓地に大別され、後者はさらに、パリ北東に隣接するパンタン市にある墓地(1886年開設、107.6㌶)とパリから南南東7㎞に位置するティエ市にある墓地(1929年開設、103.4㌶)の2か所とその他の4か所の墓地に区分される。

 次に使用期限は、前記のように10年・30年・50年・永久の4種類に統一されているが、埋葬地の広さは1㎡・2㎡・2㎡を超えるものの3種に分かれる。小型納骨堂の1区画は原則として0.25㎡であるが、ペール・ラシェーズ墓地では納骨堂の1区画は0.15㎡とやや狭く、ティエ墓地には1㎡の地下納骨所と0.25㎡の小型納骨堂内の区画の2つがある。

地下墓所の基本形態

(パリ墓地条例附属仕様書)

 やや複雑に見えるが、2015年8月15日現在の料金表を基に計算すると、1区画の墓地・納骨堂の使用料は、例えば、30年使用権では次のようになる(円表示は1ユーロ=120円で換算)。

⒜ 柩・骨壷を納める土地の使用料(広さ2㎡の場合)

 市内墓地は一律に2,716ユーロ(約32万6千円)。市外墓地のうち、パンタン・ティエ両墓地は738ユーロ(約8万9千円)で、他の墓地は1,231ユーロ(約14万8千円)。

⒝ 納骨箱を納める納骨堂などの使用料 市内墓地のうち、ペール・ラシェーズ墓地のみ1,171ユーロ(約14万円)で、他は一律に1,477ユーロ(約17万7千円)。市外墓地のうち、パンタン・ティエ両墓地は1,255ユーロ(約15万円)で、他の4か所の墓地は1,292ユーロ(約15万5千円)。

 墓の具体的な様式なども、前記の墓地規則・附属仕様書によって細かく決められている。例えば、1か所の地下墓所には1つの区画・仕切りにつき1つの柩・遺物箱などしか収納できないが、2㎡を超える墓地使用権では複数の柩を保管することが認められ、柩が地下墓所に保管されたら直ちに硬い石又はコンクリートのタイルで覆う必要がある(条例16条)。そして、地下墓所の最上部と地面の間は少なくとも1mの衛生空間を確保し、各区画は高さ50㎝とし、柩を保管した後タイルを敷いて閉じること(仕様書2項)、地面に造営する墓の場合、穴の深さは、2遺体の埋葬で2m、1遺体で1.5mを原則とすること(同3項)、1㎡の墓は骨壷や子供の埋葬に充てること(同4項)なども定められている。

ペール・ラシェーズ墓地

 ペール・ラシェーズ墓地は、30有余年にわたってルイ14世の聴罪司祭を務め、その地に居を構えたイエズス会のフランソワ・ド・ラ・シェーズ神父(1624年〜1709年)の名を冠したものである。1804年に開設され、その面積は43㌶余り(東京ドーム約10個分)に及び、全部で97の区域に分かれ、約7万基の墓を擁している。そのため、時にパリで最も古く広い墓地だと言われるが、より古く造成された墓地は他にあり、先に紹介したように市外墓地まで含めると、パンタン・ティエ両墓地のような広大なものもある。

ペール・ラシェーズ墓地の一角(85区)

 ちなみに、ある市の区域外にある墓地であっても、当該市に位置するものとみなされるし(前記の地方公共団体法典命令編2213–31条)、ここに紹介したフランス法制とパリ市条例の基本規定の多くはペール・ラシェーズ墓地の開設をうけた1804年の埋葬令に起源をもつ。

 ともあれ、ここには、12世紀の恋人達アベラールとエロイーズや17世紀のモリエールとラフォンテーヌなどが改葬された(前者は7区、後者は25区)ほか、クロイツェル(13区)、ショパン(11区)、プーランク(5区)、ピアフ(97区)、ベコー(45区)、イヴ・モンタン(44区)、ムスタキ(95区)などの音楽関係者や、バルザック(48区)、ワイルド(89区)、プルースト(85区)などの文学者が葬られている。私どもの専攻からみても、民法典の編纂に貢献したカンバセレス(39区)、『第三身分とは何か』で知られるシェイエス(30区)、ナポレオンの敵対者コンスタン(29区)、実証主義の開祖コント(17区)、パリ市街を整備したセーヌ県知事オスマン(4区)などの墓名を見出すことができる。

 これ以上の説明は旅行ガイドに譲るが、ペール・ラシェーズ墓地の北東角に位置する市の墓地課――1986年に墓地・公園・庭園などを所管する緑地環境局に編入された――の一室で、私どもは、マルク・フォド課長、カトリーヌ・ロック課長補佐などから、墓地法制と現状について丁寧な説明を受けた。その際、壁に貼られた市営墓地の全容を示す大きな地図が印象的で判りやすいのに気付き、ためらいつつ申し出たところ快く譲ってくださった。その後、少し風邪気味のフォド課長に墓地の一部を案内してもらったが、外壁に沿った細長い芝生で覆われた区画があり、遺灰を埋める納骨園と呼ばれることも教えられた。

パリ市墓地課にて(ペール・ラシェーズ墓地内)

左から田近 肇教授,大石,カトリーヌ・ロック墓地課長補佐,片桐直人准教授

ページの先頭へ
Copyright©YUHIKAKU PUBLISHING CO.,LTD. All Rights Reserved. 2016