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連載

ブランド戦略論の原理

第4回 ブランドのありよう

中央大学ビジネススクール教授 田中洋〔Tanaka Hiroshi〕

ブランドの語源

 前回までは、ブランドという概念を特に定義することなく使ってきた。ブランドという存在をどのように理解すればよいのだろうか。

 まず、brandという言葉の語源を見てみよう。いくつかの書籍やインターネット上ではbrandという言葉は「烙印を押す」という意味でのburnedが、brandの語源であるとの記述が散見される。このような記述はいくつかの意味で訂正されなければならない。

 Oxford English Dictionary(1971, Compact Edition,p.B–1054–1055)によれば、10世紀以降の中世から近代にかけてbrandとは「燃える」「炉の木の燃えさし」という意味で用いられてきた。焼いた鉄で押す烙印という意味は16世紀以降に生じた語用である。そして、今日の商標(trade–mark)という意味でbrandが用いられるようになったのは1827年以降のことである。さらに、印を押すための焼きごてという用法は1828年に初出している。つまり、brandが商標と焼き鏝という意味で用いられるようになったのはほぼ同じ19世紀であり、後者(焼き鏝)が前者(商標)の語源であるという理解は正しくない。

 一方、brandの語源に注目しようとするならば、markという単語にも注目すべきである。なぜなら、英語以外の欧米ではbrandを指す言葉として、marc(フランス語)、marca(スペイン語)、Marke(ドイツ語)のように、markという単語が支配的であるからだ。

 同じくOE(p.M–167)によれば、markとは大きく分けて、⑴境界線、⑵境界を指すもの(塀など)、⑶印、暗示、⑷注意、知らせ、など多様な意味をもつ言葉として8世紀以降用いられてきたことがわかる。Markという言葉はおそらく、何かと何かとの間の差異や何かの特長を際立たせる意味の言葉として用いられてきた。そしてmarkとbrandとは時として同じように用いられてきたのである。

 しかし、語源に頼って考察できることは限られている。ここでは、brandはmarkの用語にあったように、何かと何かとを区別する概念としてあったことを見ておけば十分であろう。

ブランドの現代用法

 では次に、ブランドという言葉がどのように現代で用いられているかをみてみよう。アメリカマーケティング協会(オンライン)では、ブランドを次のように定義している。


「ひとつあるいは複数の売り手の商品やサービスを同定化し、競争相手のそれから差異化する、名前・用語・記号・象徴、またそれらが統合されたものである」(American Marketing Association, 2012)


 こうしたブランドの定義自体に格別の不満はないように見える。しかしブランドの定義問題はここで終わらない。マーケティングではブランドとその資産を管理しなければならない、という考え方が有力である。それでは私たちは商品の名前やシンボルなどが、適正に用いられていることだけを管理すればよいのだろうか。

 確かに1980年代までのマーケティングのテキストに書いてあるブランド管理とは、ブランド名やロゴの運用について記してあった。例えば、記憶しやすいブランド名とは、とか、ロゴのカラーをどのように運用するか、などの問題意識である。しかし明らかにこれらだけがブランドの問題ではない。

 我々が「管理」しなければならない対象とは、消費者のブランドについての「心理」である。管理という言葉が適正かどうかはさておき、ブランドを担当するマーケターの主要な関心ごととは、消費者がブランドについてどのように考え、どのように感じているかについて、影響力を及ぼすことなのである。

ブランド心理からの定義

 では、消費者のブランド「心理」とはどのようなことなのか。心理学のタームを用いていくつかの要素に分解してみよう。⑴ブランドを意識的・無意識的に知覚すること、⑵ブランドの諸要素を記憶し、想起すること、⑶ブランドに関して情緒的・認知的反応を起こすこと、⑷ブランドを評価すること、⑸ブランドに対する態度を形成すること、⑹ブランドに対して行動(購買・使用)すること、などである。

 これらを総合化してブランドの定義を試みてみよう。それは次のようなものだ。


ブランドとは「特定の組織あるいは商品と、その表象について消費者がもつ認知システム」である。


 ここでは、ブランドとは、企業を含む組織体、または貨幣を通じて売買される商品について、私たちが学習して得た認知システムのことを指している。つまり、ブランドとは、私たち消費者の内部に後天的に形成された、商品や企業などの対象について知覚し、反応し、また行動する内的なシステムのことなのである。

 例えば、仮に「レゴ」というブランド商品の展示に店頭で接したと仮定してみよう。レゴはABS樹脂からできた、単なるプラスティックの塊にすぎない。しかし我々の目には、それは「レゴ」と認識される。それだけではない。自分自身がレゴで子どものときに遊んだ思い出を想起することもあれば、自分の子どもに遊ばせたいので購入する、などの行動を取ることもある。このように、特定の商品(または商品情報)からの「刺戟」に触発されて消費者の認識や行動が引き起こされること、これがブランドであり、この意味ではブランドとは、ある心理的な「事態」「出来事」と呼んでもよい。

 このように定義してみれば、マーケターが管理しようとしているブランドとは、消費者がどのようにブランドの存在や情報に対して知覚し、反応するか、消費者の認知システムのことだと理解されるだろう。

ブランドの次元

 しかし、ここでブランドの定義の話は終わらない。今述べた、認知システムとしてのブランドとは、まだブランドという存在の3つのあらわれのひとつでしかない。ブランドは知的財産としての商標という言葉で表現されるブランド、という2番目の次元と、社会に共有化された意味としてのブランドという3番目の次元に触れる必要がある。

 言うまでもなく、現代企業が保有している知的財産の1つが商標である。企業は商標を権利として捉え、商標を登録して、他社の権利侵害から自らを護ろうとする。商標とブランドとは同じようなものと見えながらも、異なった次元に属している。「レゴ」は消費者の認知世界にいながら、同時にレゴ社の知的財産としての保有物でもあるのだ。

 商標の世界では「ブランド」という言葉はほとんど用いられていない。しかし、「ザ コカ・コーラ カンパニー」がコカ・コーラのコンツアー・ボトルに立体商標権があることを認めた判決文には以下のような件がある。


「本願商標の特徴的形状を備えた原告商品の容器(瓶)は、特徴的な 輪郭(contour)が女性の体のように見えることから「コンツアー・ボトル」と呼びならわされ(中略)ブランドの構築にとって重要な役割を果たす「ブランド・シンボル」として認識され(甲77)、「ブランドのアイデンティティと固く結びついているため、世界中どこでもボトルの形だけで(製品名が書かれていなくても)、コカ・コーラであると認識される」(甲79)といわれている。原告商品は、本願商標の特徴的形状 を用いたからこそ、そのブランド構築及びマーケティングに成功し、 世界に知られるヒット商品となり得たのである」(平成20年5月29日判決言渡 平成19年(行ケ)第10215号 審決取消請求事件、p.5)


 この判決文は商標に関する判決文としては例外的に、ブランドという言葉を採用している。意識されていないにもかかわらず、図らずもこうしたテキストにおいて、企業の持ち分としての商標という存在と、消費者の認知システムの中に存在するブランドという存在とが区別されて捉えられているのである。

記号としてのブランド

 さらに、ブランドにはもうひとつの次元がある。それは社会的に共有化された「記号」(sign)としての次元である。ここで記号とは記号論でいう、シニフィアン=「意味するもの」(signifier)とシニフィエ=「意味されるもの」(signified)の両面をもった記号という語用を踏まえている。つまり、ある対象が記号であるということは、そのものが文字通り意味する意味(デノテーションと呼ばれることもある)と、社会的に流通している意味(コノテーション)との両方が同時に存在していることである。

 例えば、メルセデス・ベンツという車ブランドは、文字通りの意味としては、ドイツ製の数百万円以上するセダンの自動車を意味する。しかし、「あの人はベンツに乗っているよ」という言い方では、ベンツは高価で社会的に成功した人しか乗れないクルマ、ということを意味する場合がある。

 すべてのブランドが社会的記号としての意味をもっているわけではない。しかし多くの著名ブランドは社会的に共有化されたシニフィエをもっている。例えば、iPhoneというスマートフォンの新製品発売のニュースはNHKのニュースで報道されることがあるが、これはiPhoneが単にアップル社の発売するスマートフォンという以外に、社会的に共有化された意味をもった記号となっているからである。こうした社会的に共有化された意味としてのブランドは、消費者の認知システムというブランドに基礎を置きながらも、区別されるべき存在なのである。

 そしてこれらのブランド次元、⑴消費者の認知システムとしてのブランド、⑵企業の知的財産としてのブランド、⑶社会的記号としてのブランド、の3つは、それぞれが「ボロメオの輪」のように存在している。つまり、この3つのうちのどれがはずれても、ブランドがブランドでなくなってしまうことを意味する。

図:ブランドの三つの次元

なぜ3つの次元か

 なぜこの3つの次元を強調することが重要なのか。2つ主な理由がある。

 ひとつは、この3つの次元は、ひとつの企業の中で別々に管理されていることが多いからである。すなわち、消費者の認知システムとしてのブランドはマーケティング担当者によって管理されている。また、企業の知財としてのブランドは知財部門によって管理されている。また、社会的な記号としてのブランドは広報部門によって管理されている。

 もうひとつの3つを区別すべき実際的理由とは、これら3つの次元が企業の中でコンフリクトを起こすことが珍しくないからだ。かつて、1985年に、ザ コカ・コーラ カンパニーが「ニューコーク」を発売したときのエピソードがある。

 同社は、新しい味のニューコークを発売するに際して、従来のコカ・コーラの発売を終了すると発表した。この発表に対してアメリカの消費者は猛然と反対を唱え、同社に抗議した。「企業が勝手にアメリカのシンボルを変えるな」というのはそのひとつの主張であった。

 結果、従来のコカ・コーラが復活して「コカ・コーラ クラシック」の名前で復活することが決まった。この挿話は、企業が権利として保有する知財としてのブランドであっても、企業が好き勝手に変更して良いわけではなく、社会的記号としてのブランドを尊重しなければならないことを物語っている。ブランドの3つの次元はそれぞれ対立関係を内包しているのである。


【引用文献】

平成19年(行ケ)第10215号 審決取消請求事件

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/397/036397_hanrei.pdf

The Compact Edition of The Oxford English Dictionary (1971). Oxford University Press.

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