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自著を語る


『社会福祉と権利擁護――人権のための理論と実践

(有斐閣アルマ)

熊本学園大学特任教授(大学院社会福祉学研究科担当) 河野正輝〔Kawano Masateru〕

秋元美世・平田厚/著
四六判,250頁
本体1,800円+税

1 はじめに

 「権利擁護」または「権利の擁護」を直接規定する条文は、介護保険法第115条の45第2項2号および障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)第2条1項3号、同2項4号等をはじめとして、その他権利擁護に関する法規定もしだいに整備されてきている。しかし、それらの条文が法理論上および法解釈上どこまでの射程を有するものであるか、また具体的な権利擁護(支援)のステップはどのような論理的次元から成ると考えるべきであるかなど、必ずしも明らかではない。年々、急増する認知症高齢者の介護サービスの利用を支援する権利擁護の実践から、障害者の権利条約の批准を受けて、精神・知的障害者の地域生活移行を支援する権利擁護の実践などまで、これから様々な場面で権利擁護の質が問われそうである。

 こうした問題をそれぞれの視角から追究して、斯学をリードしてきた両著者が、このたび「社会福祉の究極の目的である人権保障について原理的に考える」ことに向き合った。本書の構成は、第1部「権利擁護の理論」(第1〜5章)、第2部「権利擁護の仕組み」(第6・7章)および第3部「権利擁護の実践」(第8〜10章)の3部(第1部は秋元美世、第2〜3部は平田厚の執筆による)から成るが、総論の第1部に全5章が当てられている。本書によって権利擁護の法理論に新たなページが開かれたのではないか、そう期待させるに十分な構成である。

2 権利擁護の理論に新たなページ

 まず、第1部の各章からその要点を見てみよう。第1章(市民社会と権利擁護)では、権利擁護とは「判断能力の不十分な人々または判断能力があっても従属的な立場に置かれている人々の立場に立って、それらの人々の権利行使を擁護し、ニーズの実現を支援すること」という定義を前提として、後段の「権利行使を擁護しニーズの実現を支援する」とは何を意味するのかを問う。著者は、権利擁護と権利救済の区別から出発して、「権利が侵害されているわけではないが、その者の利益や権利が実現されていない状況を認識し、その実現に向けて支援を行うこと」に権利擁護の固有の特質が見出せるとする。

 すなわち、人権や権利の歴史的な展開過程(つまり自由権から社会権へ、市民法的人間像から社会法的人間像へという展開過程)という流れのなかに、権利擁護の意義を位置づけて考えると、①権利擁護の対象とする人々は、市民法的人間像(強い個人)で措定されている自由や利益を享受できない弱い個人であり、そして②権利擁護の対象とする問題(利益)は、法律問題に加えて事実の問題(すなわち、権利が侵害されているわけではないが、その者の利益や権利が実現されていない状況)を固有の対象とすることが見えてくるとする。こうして著者は「権利や利益の非実現」という概念を用いて、権利擁護を通じて保障される自由や利益の領域を広げていこうとする。そこに本書の大きな狙いがあると見ることができよう。

 第2章(権利擁護の対象となる利益)では、改めて、①法制によって保護されている法律上の権利・利益(権利救済の対象)だけでなく、それ以外に、②法的な保護の範囲外の事実上の利益(いわゆる反射的利益のみならず、間接的な効果として個人または不特定多数が得ている保護的利益や自由)に、権利擁護の対象となる利益が広く存在するとする。著者はアレクシー(R. Alexy)の分析枠組みおよびハート(H.L.A. Hart)の保護境界線論を援用して、右の結論を導くとともに、権利擁護の対象とすべき広い範囲を可視化しようとする。

 第3章(権利擁護と社会福祉の支援)では、権利擁護という介入は、例えばある商品を購入する契約という当事者の意思決定行為(法律行為)に直接介入するだけではなく、むしろ買物をするための情報の収集から、店までのアクセスや店員とのコミュニケーションのための支援など、意思決定に随伴する事実関係にも介入する(あるいは制度への働きかけを行うシステムアドボカシーのような介入もある)。このように事実行為における介入(支援)によって法律関係の問題にアプローチできることが例を挙げて説明されており、福祉系の学生にも権利擁護と社会福祉の支援との関係が分かるよう配慮されている。

 こうして第1章から第3章までに取り上げられた論点相互の関係は、第4章(権利擁護の論理と構造)で改めて整理され、権利擁護に関する理論的検討の全体が俯瞰できるように繰り返し叙述されている。そして第1部の終章(第5章 権利擁護の原理)で、例えば知的障害者が支援を受けてする自己決定は、本来「自律」と矛盾するのではないかという原理的な課題が取り上げられる。ドゥオーキン(G. Dworkin)によれば、①自己の欲求・願望等を反省し、自分の態度に検討を加える第2次的反省、および②第2次的反省の過程で、独立性が確保される手続的独立性の2つが自律概念を構成する要素であるという。著者は右の2要素を手がかりにして自律と保護の関係を整理する。なお判断能力を喪失して代行決定によらざるを得ない場合の「最善の利益」の判断基準についても第5章で触れられており、イギリスの意思能力法(2005年)の制定過程で整理された論点が詳しく解説されている。

3 権利擁護の論理的次元を体系的に

 次に、第2部(権利擁護の仕組み)では、まず第6章(狭義の権利擁護制度)の冒頭で、権利擁護の仕組みが狭義と広義に分けられ、狭義の権利擁護は、自己決定の形成過程の支援と主張段階の支援を担うものとして、一方、広義のそれは自己決定に基づく権利実現段階の支援に係るものとして、その全体像が示される。

 こうした整理を基に、第6章は狭義の権利擁護制度の説明に当てられており、まず成年後見制度の法的な要諦が要領よく解説され、市民後見の発想の意義、後見制度支援信託の活用可能性という新たな論点にも及んでいる。次いで日常生活自立支援事業が一通り説明されているが、この事業の「基盤自体もだんだんと飽和状態に」なっていること、「基礎自治体が基盤整備と利用者に対する財政的基盤づくりを準備すべき」事態に至っていることまで、読者は理解することができる。

 第7章は、広義の権利擁護制度の検討に当てられている。ここでも著者の叙述は、①苦情解決制度、②オンブズパーソン制度、および③虐待防止制度の単なる概説に終らず、例えば虐待防止制度では、本来、虐待は広く定義されるべきこと、かつ虐待行為の原因を探り出し、その原因に対する支援を制度化して、構造的な虐待行為を事前に予防していくことこそ重要であるとする。そのためには、例えば離婚に基づく母子の貧困問題と母から子への虐待問題については、生活困窮者自立支援法による家計相談支援事業や学習支援事業を活用すべきであるとする。

 第3部(権利擁護の実践)は、はじめの第8章(自己決定の形成過程の実際)で、自己決定を形成する過程で支援の必要な事例があげられ、それぞれに必要な支援のポイントが解説される。事例としては、①本人の意向が事実問題にとどまるもの、②権利が故意に侵害されているもの、③コミュニケーションがとれていないもの、④本人が意識不明で代行決定せざるを得ないもの、が題材とされている。同様に、第9章(自己決定の主張段階の実際)および第10章(自己決定の実現段階の実際)でも、事例を具体的に設定して、法的な視点を中心に支援のポイントが整理されている。のみならず、事例15では「イギリスの制定法上の遺言という制度を参考に立法化・制度化していくという工夫も必要」というように、随所に示唆に富む指摘が織り込まれている。

4 本書の成果と今後への期待

 最後に、一読しての感想を述べよう。

 まず、第1部は、法の世界と事実の世界の関係が入念に説明されていて、関係者・学生に理解できるよう行き届いた叙述である。①権利擁護の対象となる利益を可視化すること、②権利擁護を自由権から社会権、そして新しい人権へという歴史的な展開過程の流れの中にきちんと位置づけること、そのことにより③権利擁護を通じて実現されるべき自由や利益の領域を広げていくこと、など新たな論点がクリアになった。本書が広く活用され、ますます議論が深められていくことを期待する。

 ただ、社会保障法学の関心から言えば、社会保障法における自立支援保障として現行法がどこまでの権利擁護を保障しているのか、あるいは本来保障すべきであるのかという、社会保障法における権利擁護の体系的位置づけや公的責任の範囲といった議論に及んでいないのはやや物足りなさを感じる(ただ第2部の権利擁護の仕組みの中では、各種の相談支援が狭義の権利擁護に含まれること、および公的後見の必要性等についても言及されている)。第三者による代行決定型の現行成年後見制度から「支援つき意思決定」支援型への転換という、もう1つの理論的課題についても、両著者の今後に期待したい。

 第2〜3部は、法的な視点を中心として支援のポイントが説明されていることから、現行の福祉サービスとの連携(法的な連携も事実上の連携も含め)への言及がやや不足の感を受けた。しかし第2〜3部の意義は何と言っても権利擁護に含まれる論理的な次元がより体系的に叙述されている点にある。社会福祉士資格取得に必要な科目として設置された「権利擁護と成年後見制度」では、具体的な問題への対応を履修するにとどまり、必ずしも権利擁護の論理的次元が体系的に捉えられていない嫌いがあるから、「権利擁護と成年後見制度」をより深く学ぶためのテキストとして、本書の役割・意義は今後ますます大きくなるであろう。なお、その点に関心のある向きには、本書と併せて平田厚『権利擁護と福祉実践活動――概念と制度を問い直す』2012年、明石書店)の参照をお薦めしたい。

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