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書斎の窓

自著を語る

電子書籍
『考えて議論しながらつかむ、ある日の午後のマーケティング授業の風景』
(水越康介・黒岩健一郎/著 価格300円+税)

大人数授業でのアクティブ・ラーニングを目指して

首都大学東京都市教養学部准教授 水越康介〔Mizukoshi Kosuke〕

アクティブ・ラーニング?

 このところ、学生の学習意欲を引き出し、より大きな成果を上げられる授業ということで、アクティブ・ラーニング(能動的学修)が注目を集めている。具体的な方法はいろいろだが、座学中心ではなく、グループワークをして学生たちに発表をさせたり、ディスカッションをしたり、文字通りアクティブに活動させることによって意欲と成果を高めようとする。さらに、こうしたアクティブ・ラーニングで重要になるのは、授業の教室だけではない。授業の成果を最大化させるためには、予習や復習についても工夫が必要になる。反転授業のように、学生たちは事前にビデオ教材などで座学した上で、授業に参加する。その場で知識を得るのではなく、知識を持った上で、その知識を実際に使うことを学んだり、実際に使う中で、より深く知識を学びなおすというわけである。

 こうした中にあって、1つの大きな課題であると考えられるのが、アクティブ・ラーニングに適したテキストの存在である。これまでもこれからも、おそらくテキストは授業にとって重要な役割を担うはずだ。だが現在のテキストの多くは、座学で教えることが前提で作られている。もちろん、章ごとに「応用問題」や「かんがえてみよう」といった項目が用意されていたり、「次に読んで欲しい本」などが掲載されているものもある。しかし、多くの場合、これらはあくまで付録という感があった。

 アクティブ・ラーニングという場合には、「応用問題」や「かんがえてみよう」を中心に据えたテキストを考えればいいのではないだろうか。正直なところ、そんな思いが最初からあったわけでないが、2012年に青山学院大学の黒岩健一郎教授と『マーケティングをつかむ』を執筆する中で、徐々にそのアイデアは具体化していった。黒岩先生はもともと慶應ビジネススクールで学び、ケース・メソッドのプロである。このケース・メソッドがテキストに組み込めるのではと考えた。もちろん、通常のケース・メソッドは、プロフェッショナルな社会人を相手に限られた規模で行なわれることが多く、学生には少し敷居が高い。そこで、初学者や学部生でも参加できるように、うまく作り替えていこうということにもなった。

 『マーケティングをつかむ』では、全25ユニットについて、1つずつのケースが用意されている。ケース・メソッドは、もちろんケース・スタディではない。ケースの成功要因を探るわけではなく、理論を使って、ケースの意思決定問題にアプローチする。この点については、すでに2012年10月号の『書斎の窓』の中で黒岩先生が詳細に説明している。ケース・メソッドが多く利用されるようにはなってきたものの、いろいろと混同が起きているというわけだ。今回は、このあたりも念頭におきながら、『マーケティングをつかむ』を用いたケース・メソッドについて、少人数と大人数の場合に分けて紹介することにしたい。

少人数の場合

 『マーケティングをつかむ』は、ゼミなど少人数の授業でよく利用していただいているようだ。この場合には、通常のケース・メソッドを用いることができる。最初に、授業担当者は、学生たちに授業で用いるユニットを指定し、授業当日までにケースの課題に答えてくるように指示する。ただ頭の中で考えておくだけではなく、A4で1枚にでもまとめておいてもらった方がいい。

 テキストの各ユニットは、主要な用語や理論の説明と、その用語や理論を用いて考えるべき架空のショート・ケースによって構成されている。このケースを作成する際、架空にすべきか、それとも実在のものにすべきか、あるいは混ぜるべきかについて検討したのだが、結局架空のケースに落ち着いた。理由はいくつかあるが、テキストではあまり多くの文量を書くことができない。そうすると、実在のケースの場合には、その企業に対する知識の差によって、分析に違いができやすいことになる。結果を知った上で、課題に答えることにもなりかねない。できるだけ同じ情報量で、理論を用いた判断ができるようになった方がよいと考えた。

 各ケースは、基本的に意思決定問題である。例えば、最初のユニットで登場するキノコ社のケースでは、新作チョコレートを再購買してもらうために何をすればよいかを考える。もちろん、これだけであれば自由に回答できてしまう。そこで、ユニットの前段で紹介されている消費者の購買意思決定プロセスに関する知識が重要になる。この内容を読めば、消費者がものを買うという場合には、よく調べて合理的に意思決定する中心的ルートと、衝動買いしやすい周辺的ルートという2つのパターンがあることがわかる。

 ケースでは、新作チョコレートを買った人々が、果たして中心的ルートで買ったのか、それとも周辺的ルートで買ったのかを推論することになる。短いケースだが、いくつかの判断材料が与えられている。そして最も重要なポイントとして、明確な答えは存在していない。これは、現実そのものでもある。理論的には、消費者は2つのルートのどちらかを通って意思決定する。実験を通じて、ある程度ルートの存在を確認することもできる。けれども、現実には、当の消費者がどのようなルートをとったのかを調べる時間もなければ術もない。意思決定者に求められるのは、ルートを推測する合理的な判断力であり、その判断を仲間と共有するコミュニケーション力であり、そして最後に、その判断を元にしながら再購買のプランを作り上げ、実行する力なのである。

 少人数であれば、まずはグループで意見をまとめてもらい、その後でみんなで議論する。授業担当者は、もし一方に議論が偏りがちであれば、もう一方の可能性を考えてみるように促すことができるし、もし双方の議論が白熱するのならば、審判役になることもできる。議論がどうも進まないようであれば、少しヒントを出してみることや、あるいは、オリジナルの条件を追加してみてもいい。

 ケース・メソッドの敷居が高いと感じるとすれば、それはこうした授業中の差配が難しいからだろう。このあたりは練習するしかない。決して練習台というわけではないが、ゼミで少人数を相手にやってみるのはいいことかもしれない。合わせて、『マーケティングをつかむ』には、そのためのティーチング・マニュアルも教員専用で用意されている(必要な方は有斐閣書籍編集第2部ブログよりダウンロードしてください)。参考になると思う。

大人数の場合

 さて、もう少し仕組みが必要になるのは大人数の場合である。当然、教室も大きくなる。闊達なディスカッションを行なうことは、正直なところ難しい。昨今のITを用いるという手もあるが、設備のある教室でなければならないだろう。人数が増えれば、やはり発言にも勇気がいるようになる。物理的な問題はもちろん、心理的な問題が大きな壁になる。

 僕自身がこの数年試行錯誤していたのは、折衷型といえるようなケース・メソッドのやり方だった。最初の数年は、100人規模で自由に意見を発表してもらい、その都度、反対意見を集めるといった手順を踏んでいた。発表者にはポイントの誘因を与える。発表者がいなければ、適宜回って当ててみる。一人がしゃべれば、その周りの学生も少ししゃべりやすくなる。ちょっと自分も一言、という感じで、芋づる式で発言が続くことが多かった。

 このやり方の問題点は、どうしても似たようなコメントばかりが続くようになることだった。あるいは、僕の方でコメントの問題点を指摘すると、どうやらポイントがもらえないのではと危惧するようで、よくわからない再コメントを長々と続ける傾向がみられた。こうなると、まったくディスカッションにはならない。

 そこで、今年はやり方を少し変えてみた。事前にレポートを提出してもらう。このレポートで面白かったものについて、授業の中で紹介しながら、改めて当事者に発表や補足をしてもらう。その上で、その意見に対して思うことや意見を周囲で少し話し合い、そこから発表してもらう。その中で、また新しい意見をこちらで紹介する。

 大きく3つの点で効果的であるようにみえた。第1に、発表の質が以前よりも良くなった。こちらで良い意見を選定しているのだから当然だが、それ以上に、こちらに取り上げてもらいやすい意見がどういうものであるのかを、学生たちが考えるようになったと思う。これはアクティブ・ラーニングにも関わる大事な点であろう。第2に、以前よりも発表者が増えた。こちらから良いレポートとして指名することによって、以前は自発的に挙手しにくかったおとなしい学生も、より授業に参加できるようになった(と思う)。最後に第3として、この方法であれば、授業の大枠の方針を、すでに提出された学生の意見を元にしながら事前にこちらで考えておくことができる。これは、議論の展開が予測しづらいことに不安を感じる授業担当者にとってもメリットではないだろうか。

 もちろんその一方で、授業担当者の手間は増える。事前にレポートを読み、事前に大枠の方針を決めておかなくてはならない。このあたりは、担当者の性格にもよるだろう。即興的な授業が好みであれば、そこまで方針を立てなくても良いのかもしれない。

 『マーケティングをつかむ』を200人規模の授業で利用しているというある先生は、よりはっきりとグループをつくるということであった。事前に課題を考え、当日はそのグループで議論する。その上で、その内容を全体でもう一度話してもらうのだという。少人数の場合と同じだが、大人数授業でもグループを作ることができるのならば、この方がよいだろう。ただ、例えば僕の授業の場合、他学部からも集まるためにグループ自体が作りにくい。そもそもグループワークを好まない学生もいる。このあたりを考えると、もう一工夫いるように思う。

アクティブ・ラーニングに向けて

 アクティブ・ラーニングのためには、おそらく少人数で授業をすることが望ましい。しかし実際問題として、100人から200人程度の授業をなくすというわけにはいくまい。彼らを相手にアクティブ・ラーニングを実現しようとすれば、ケース・メソッドについても少し工夫がいる。今回は、特にその可能性について、テキストの利用とともに紹介した。

 もちろん、すべてが問題なく進んでいるわけではない。僕自身、現状で完璧だとは思っていないし、試行錯誤することも大事だろう。そんな次第で、今期の授業の成果について、自分の授業記録を残しておくことにした。幸いなことに、有斐閣の尾崎さんのご協力により、この記録は電子書籍「考えて議論しながらつかむ、ある日の午後のマーケティング授業の風景」(水越康介・黒岩健一郎、有斐閣、2015、価格300円+税)として発行されることになった。アマゾンでも楽天でも購入できる。内容は、ある意味ティーチングガイドでもあり、いわゆるライブ授業の類のビジネス書でもある。ぜひ、手にとっていただけると嬉しいです。

※電子書籍の詳しい情報は、有斐閣ホームページをご覧ください。

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