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書斎の窓

自著を語る

『問いからはじめる家族社会学
――多様化する家族の包摂に向けて』

(有斐閣ストゥディア)を刊行して

立教大学社会学部教授 岩間暁子〔Iwama Akiko〕

岩間暁子,大和礼子,田間泰子/著
A5判,232頁,
本体1,800円+税

はじめに

 有斐閣の堀奈美子さんから「コンパクトで平易な語り口でありながら、考える力と主体性を養うことを目指す『ストゥディア(studiaとはラテン語で熱意、情熱、学問、勉学を意味することば)』という新しい教科書シリーズを企画中であり、そのなかの一冊として家族社会学の執筆を3名ぐらいの共著で検討いただけないだろうか」と声をかけていただいたのが3年前の夏だった。それから約2年半後の2015年3月に刊行されたのが本書である。

 新シリーズの企画に先立って大学教員と大学生を対象に実施されたヒアリングの結果もあわせてうかがい、日ごろ感じていた教育上の悩みが、多くの大学教員にも共有されている悩みであることを改めて実感した。その悩みとは、インターネット検索をして「お手軽に」入手した情報で「わかった」つもりになりがちな現代の大学生を相手に、どのような指導をすれば大学生が日常的に直面する悩みや問題の背後にある、社会構造の問題やグローバル化、少子高齢化などの社会変動に目を向け、より広い視野から主体的に学ぶ姿勢や方法を身につけてもらえるか、というものである。

 わたしは、女性就業や「家族」の問題を社会階層論とジェンダー論の観点から主に計量的アプローチを用いて分析する研究を大学院生の時から続けている。1990年代前半に階層・階級問題に関心をもっていた院生は少なく、また、当時は階層とジェンダーの両方の視点を用いて「家族」を研究している研究者も非常に少なかったが、その数少ないお一人が共著者になってくださった大和礼子関西大学社会学部教授である。「社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)」研究会などでご一緒させていただいていた大和先生にまずご相談したところ、企画の趣旨や意義にご賛同いただき、2人で話しあうなかで、理論とデータを結びつけて問いに答えていく実証的アプローチを用いて「家族」を読み解く執筆スタイルの方向性が見えてきた。

 もう1名の執筆者には歴史社会学的観点から「家族」を研究されている方、具体的には「家族」のもつイデオロギー性に着目した「家族」の歴史分析のご著書を出版され、最近は生殖医療をめぐる新しいテーマも手掛けていらっしゃる田間泰子大阪府立大学人間社会学研究科教授にぜひお願いしたいと意見が一致し、ご多忙ななか、無理を聞いていただく形で3名の共著として執筆することが決まった。

 こうした経緯を経て、2012年冬から堀さんも交えた検討会を重ね、各自の草稿を読みあったうえで議論を続け、初校が出た後の最終検討会では各章の内容が有機的に関連するように調整もおこなって本書はできあがった。幸い、「平易な文章を用いた入門書という位置づけだが、学生の関心と知識を中級レベルまで誘っている」「社会学入門やジェンダー論の教科書としても利用できる」など、好意的に受けとめていただいているようである。こうした評価は、自由闊達な議論を楽しむ雰囲気を自然に作り出してくださったみなさんに負うところが大きい。

本書の構成と工夫――アクティブ・ラーニングへの対応

 本書は、第1章「『家族』を読み解くために―本書の視角と構成」(岩間)、第2章「『近代家族』の成立」(田間)、第3章「家族・貧困・福祉」(岩間)、第4章「結婚」(大和)、第5章「就業と家族」(岩間)、第6章「妊娠・出産・子育て」(田間)、第7章「親―成人子関係のゆくえ」(大和)、第8章「個人・家族・親密性のゆくえ」(岩間・田間・大和)という構成である。

 「はじめに」(著者一同)で述べているように、本書では5つの工夫を凝らした。第1に、各章の冒頭にその章のテーマに関わる「問い(QUESTION)」を提起し、これらの「問い」に答える形で第2節以降の解説をおこなう流れで構成することにより、学生が教員の説明を一方的に聞いて知識を覚えるのではなく、講義形式の授業であっても「自分の頭で考える姿勢」「論理的思考力」「分析力(統計データや資料などを読み解く能力)」も同時に身につけられるようにしている。

 第2に、各章の初めにその章で扱うテーマを端的に表す「キーワード(KEYWORD)」を示すことにより、学生が学ぶ内容の見通しをもちやすくしている。

 第3に、学生が主体的に取り組むことによって理解を深められるよう、各章末に複数の課題「(EXERCISE)」を用意している。官公庁のホームページなどで収集した統計データを整理し、その結果を学生同士で議論する課題、アンケート調査やインタビューなどの社会調査を実際に行う課題、「家族」に関する映画やDVDを鑑賞して議論する課題など、学生や担当教員の興味・関心に応じて選んでいただけるよう、バラエティをもたせた。

 第4に、「課題」と併せて授業内外で活用していただけるよう、「Column」を設けた。本文では詳しく取り上げられなかった「家族」をめぐる新たな動き、「家族」をより深く理解するために重要と考えられる概念や法制度などについて簡潔な説明をおこなっている。

 第5に、大学で半期(15回)の授業で利用することを想定し、1つの章を平均2回の授業で解説することを標準的な用い方として執筆されているが、それ以外の柔軟な利用法も可能である。福祉・医療系の学生を対象とした授業では、1章、3章、5章、6章、7章を中心に取り上げる方法も考えられる。

 このうち、4番目までの工夫は、「アクティブ・ラーニング(能動的学修)」に対応している。このことばは、2012年8月に出された中央教育審議会答申(「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜」)を機に、広く知られるようになった。この答申では「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である」と定義されている。

 特に、私立大学で開講されている「家族社会学」の授業の多くは、大人数授業の講義であると思われるが、その場合であっても、与えられた「問い」に対して理論やデータを用いて「答え」ていく形で解説をしたり、「課題」や「Column」を予習・復習(宿題を含む)に活用することでアクティブ・ラーニングのニーズに対応できることを目指した。

本書の視角と特徴――「多様性」を尊重する社会の実現に向けて

 戦後の日本の家族社会学では「都市に暮らす核家族」が中心的に扱われてきたが、実際には地域や階層などによって多様な「家族」が存在していた。また、人々が「家族」に対して抱く期待や「家族」イメージの画一化が進行した一方で、それまでの地域ごとの違い、「家族」が持つ社会経済的資源の違いによっても現実の「家族」のありようは規定されてきた。

 こうした家族社会学の研究動向や「家族」をめぐるイメージや実態を踏まえつつ、本書では①国際比較データと歴史資料に基づく、すなわち地域と時間の流れのなかに現状を位置づける「比較」の視点、②ジェンダーの視点、③地域や社会階層などによる「家族」の多様性、④「家族」がもつ政治性・イデオロギー性、⑤「家族」と制度の関連、⑥理論と実証のバランスを考慮した記述、という6点を重視して執筆にあたった(第1章第4節より)。

 これまでの日本の社会制度や政策では「『日本人同士の異性愛に基づく性別役割分業型家族』がいわゆる『家族』である」ことが暗黙の前提となってきたが(19頁)、グローバル化、未婚化、少子高齢化、雇用の流動化などが進むなか、既存の社会制度や政策が想定していない形の「家族」や「親密性」を共有する個人同士の関係性を承認し、社会的に支えていくことは、わたしたち一人一人が考えなければならない課題となっている。

 7章までで階層やジェンダー、国や地域、時代によって多様な「家族」のありようや「家族」体験があることを学んだ読者が、さらに、8章の執筆者らによる論点整理を受けて、多数派とは異なる民族的・宗教的・言語的背景を持つマイノリティや日本では「セクシュアル・マイノリティ」と称されてきたLGBTの人々の独自性や個性を尊重する社会のありようを主体的に考えることを願っている。

インターネットを通じた新たな展開への期待

 欧米の教科書のなかには、出版社が設けたホームページを通じて出版後に追加・改訂情報を提供したり、図表などをダウンロードできるようにしているものもあるが、本書についてもこうしたサービスが2016年度から提供できるよう、有斐閣で準備を進めていただいているところである。

 授業を担当する教員にとっては、図表をパワーポイントなどに直接取り込むことができれば授業準備にかかる時間や手間を短縮できる利点があるだろう。

 執筆者としては、限られた紙幅のなかで取り上げられなかった流動的な政策動向などの説明の追加、社会学という学問の性格上、どうしても避けらない時間の経過とともに「古く」なってしまう内容のアップデートなどを、ホームページを通じておこなっていきたいと考えている。将来的には、ホームページを介して、本書を教科書として用いてくださった教員や大学生をはじめとした読者の方々からの率直な感想や意見、要望などを伝えていただけることも願っている。

 執筆者と編集者の楽しくも真剣なぶつかりあいを経て本書はできあがったが、今後は本書を手に取ってくださった方々とのコミュニケーションを通じて新たな展開をしていければうれしく思う。

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