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連載

ブランド戦略論の原理

第1回 なぜ再びブランドなのか

中央大学ビジネススクール教授 田中 洋〔Tanaka Hiroshi〕

ブランドへの“再”注目

 昨年(2014年)末、ブランドに関する書籍の出版が相次いだ。2014年11月に有斐閣から出された2冊の書籍、田中洋編『ブランド戦略全書』、矢作敏行編著『デュアル・ブランド戦略』を始めとして、9月にD.アーカー著・阿久津聡訳『ブランド論』(ダイヤモンド社)、12月に守口剛・佐藤栄作編著『ブランド評価手法』(朝倉書店)、コトラー・ファルチ著・杉光一成訳『コトラーのイノベーション・ブランド戦略』(白桃書房)などが上梓されたのである。私自身もこの流れに加わっていたとはいえ、ほかの著書の出版動向については全く知らなかったため、驚いたのが正直なところだ。

 なぜブランドについてこのような熱い関心が今も、寄せられているのだろうか。

 すでに他所でも指摘されているように、ビジネス社会においてブランドへの関心が高まったのは1980年代から1990年代の初めにかけてである。それは「ブランド・エクイティ」への関心という形で始まっている(Barwise, 1993)。それ以来四半世紀にわたって、ブランドへの関心はアカデミアにおいても、実務においても持続し続けている。海外の有力なマーケティングの研究ジャーナルでもブランドに関する特集が近年行われているし、ブランドに関する研究論文も数多い。また海外と日本のビジネススクールにおいて、ブランド戦略やマネジメントに関する科目が設置されているのも今日では当たり前のこととなった。

 実務においても、強いブランドを確立するにはどうしたらよいか、ブランド戦略はどうあるべきか、という議論は引き続き活発に行われている。グローバルブランドや、オンラインでのブランド戦略という今日的なテーマでも、ブランドはさまざまな方向から検討されている。また、大学のブランド戦略、地域ブランド、パーソナルブランド、サービスブランドなど、ビジネスの異なった領域においてブランドの重要性がより強く認識されるようになっている。

 企業の中においても、ブランド戦略に関する部署が設けられるようになった。マネージャーの職位として、CBO(チーフ・ブランド・オフィサー、ブランド担当役員)やブランド・エクイティ・マネージャーあるいは近年ではブランド・エクスペリエンス・マネージャーなどの名称で、企業の中でもブランドマネジメントは一定の地位を与えられるようになった。

 ビジネス以外の世界、例えば政治においてもブランドが議論されている。2008年の米国大統領選挙においては、オバマ候補が優れたブランドストーリーやブランドコミュニケーションを展開し、オバマのパーソナルブランドを作り出したために勝利したと考えられている(平林、2014)。またアルカイダのような現代的なテロ組織は「ブランド」として機能していると指摘されている(Nelson & Sanderson, 2011)。

 実務においてブランドが議論されているのは、消費者のマインドにおいて強いブランドを確立することがビジネスにとって有利であるからだ。逆に言えば、強いブランドを保有する企業ほど競争的優位をもつからだ。これは当たり前のように聞こえる。しかし、1980年代以前の経済社会ではこれは当たり前ではなかった。

 消費者パッケージ財において、GMS(全国規模の総合小売業)やコンビニエンスストアがまだ十分に発達していない80年代までの時代、零細で数多い一般小売店に強い影響力を及ぼしていたのは大規模メーカーだった。こうした大メーカーは小売店と特約店などの他社排除的な契約を結ぶことも多かった。さまざまな契約条件によって小売店の店頭に自社商品を優先的に陳列し、価格を一定のコントロール下に置くことで、大きな市場シェアを獲得していた。

 こうした時代、メーカーにとってのマーケティングの中心的課題とは、一般小売店に対して営業力によって影響力を強めることだった。例えば酒販店では、それぞれのメーカーが個別の酒販店を事実上支配していたため、ひとつの酒販店では決まったメーカーのビールしか買えないのがふつうであった。

 こうした状態が変化したのは、1990年代以降、さまざまな面で「自由化」が進行してからである。ひとつには、コンビニエンスストアのような取引に関してオープンな業態の小売業が発達し、売れるブランドならばメーカーを問わないという取引形態が実現したことがある。また、80―90年代には官営事業の民営化が行われ、NTT、JT、JRなどの企業体が出現し、競争が市場に導入された。また酒販店免許や再販価格のような制度も緩和された。こうした変化の結果、消費者にとって「選択の自由」が実現することになった。複数のブランドから自由に自分の好みのブランドをチョイスすることが可能になったのである。

 例えば、埼玉県に本社がある赤城乳業の事例を取ってみよう。赤城乳業は1981年に「ガリガリ君」という氷菓を発売したが、一般小売店では大メーカーがケースごと販売する戦略を採っていたため、そのチャネルに参入することが困難であった。しかし、当時勃興しつつあったコンビニエンスストアチャネルにフォーカスしてマーケティングに注力した結果、今日では5億本近くを毎年売るトップブランドに成長することができた。

どのように機能しているのか

 ではブランドはマーケティングにおいてどのように機能しているだろうか。

 ノーベル経済学賞受賞者であるスティグリッツはミクロ経済学のテキストにおいて次のように述べている。「経済の基本モデルに従えば、ブランド名は存在してはならない」(1995, p.34)。ここで言われている経済の基本モデルとは、例えば、「個人や企業は財の性質や入手可能性、およびあらゆる財の価格について完全情報を持っている」(スティグリッツとウォルシュ、2006, P.61)というような仮定である。もしこうした仮定が正しければ、ブランドというものは必要ない。完全情報を持っている消費者は単にモノを見て、判断するだけでベストな買い物ができるからだ。

 消費者や顧客は商品について完全な情報を持っていないことが多い。特に「経験財」(買う前に商品の品質が判定できない財)や「信頼財」(購入した後でも品質が判定できない財)において、ブランドはより必要になってくる。例えば、その商品の耐久性はどうだろうとか、アフターサービスはどうか、など商品の購入時点で判定できない属性について消費者はブランドを用いて判定する。また、美や高度なテクノロジーのように、やはり消費者が判断に困難を覚える属性の場合も同様である。

 このように、消費者が判断に困る商品属性について判断を助けるのがブランドである。こうしたブランドの機能を「情報手がかり」としてのブランドと呼んでみよう。つまり、消費者はブランドを情報手がかりとして用い、自分の記憶あるいはオンラインの中にある情報を検索し、またあるいは、そこから推定して購入決定の判断に役立てる。

 もうひとつブランドが消費者の購買行動に役立つのは、「ヒューリスティックス」としてのブランドの機能である。複数のブランドの選択を与えられたとき、消費者は素早い判断をするためにブランドを「ショートカット」として用いる。例えばチョコレートのブランドがいくつも店頭に並んでいるとき、消費者はふつうさほど迷うことなく、自分が買いたいブランドを選択する。こうしたとき、消費者はブランドをひとつの属性の束として認識し、素早い判断を行っているのである。

 さらに3番目のブランドの役割とは「意味生産」である(Allen, Fournier, & Miller, 2008)。ブランドには文化や社会などから与えられた共有化された意味と個々人によって解釈された個人的な意味とのふたつがある。例えば、メルセデスベンツという車ブランドは、日本とドイツとでは、置かれた文化の中によって、それぞれ独自の意味をはらむ。消費者はこうして文化・社会によって規定された意味に従って、ブランドを買い、使用しているのである。また、あるブランドには消費者は自分でつくりだした意味を用いることもある。例えば、亡くなった母親が使っていたブランドについて娘が感じる意味である。

 こうした意味としてのブランドは「感情誘発」としてのブランドの4番目の役割と強く関連している。ある種のブランドは強い感情やムード(消費者が感知する環境の雰囲気)を引き起こす。例えば、自分が好ましく思う高級ファッションブランドは、消費者に心地よい感情を引き起こし、また好ましいムードを感知させるであろう。またある種のブランドはネガティブな感情を引き起こす。


 このように考えると、ブランドは大きく分けて2つの機能をもっていると考えられる。⑴「情報手がかり」と「ヒューリスティックス」としての認知的・情報的機能と、⑵「意味生産」と「感情誘発」としての意味的・感情的機能である。つまり、ブランドは理性的な消費者の活動を助けることで効率的な消費者意思決定を実現するとともに、何らかの意味を帯びて、喜びや悲しみなどの感情を誘発させる装置としても機能していることになる。

 こうした2つのブランド機能は、相互に関係しあい、ときに矛盾して働く。例えば、腕時計を買うとき、時計としての機能には満足できても、そのブランドのもつ意味や引き起こす感情には満足できないので、その時計を買うことができないという場合である。ブランドが消費活動において果たす役割は複雑を極める。


【引用文献】


Allen, C.T., Fournier, S., & Miller, F. (2008). Brands and their meaning makers. In: (C.P. Haugtvedt, P.M.Herr, & F.R. Kardes eds.) Pp.781-822. Handbook of Consumer Psychology. New York: Lawrence Erlbaum Associates.


Barwise, P. (1993). Brand equity: Snark or Boojum? International Journal of Research in Marketing, 10(1), 93-104.


平林紀子 (2014年) 『マーケティング・デモクラシー――世論と向き合う現代米国政治の戦略技術』春風社


Nelson, R.O., & Sanderson, T.M. (2011). A threat transformed: Al Qaeda and associated movements in 2011. Center for Strategic and International Studies.


ジョセフE.スティグリッツ (1995年)『ミクロ経済学』(藪下史郎他訳)東洋経済新報社


ジョセフE.スティグリッツ・カールE.ウォルシュ (2006年)『ミクロ経済学』(第3版)(藪下史郎他訳)東洋経済新報社

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