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書斎の窓

自著を語る

『リーガル・リサーチ&リポート』の執筆を終えて

――本書の特徴とそこに込めた想い

早稲田大学大学院法務研究科教授 秋山靖浩〔Akiyama Yasuhiro〕

田髙寛貴,原田昌和,秋山靖浩/著
A5判,232頁,
本体1,600円+税

 田髙寛貴教授、原田昌和教授とともに、『リーガル・リサーチ&リポート』を刊行いたしました。本書の特徴とそこに込めた想いの一端を、ご紹介させていただければと思います。学生向けの著作ではございますが、同業の先生方からも、ぜひ忌憚のないご意見をいただければ幸いです。

 なお、本書の執筆に当たっては、諸先輩方の著作から多くのことを学ばせていただきました。記して感謝を申し上げます。

「法学部で学んだことは将来かならず役に立つ」

 法学部を巣立った学生は、法曹に限らず、社会の多様な分野で活躍している。その要因の1つとして、法学部で身につけた能力が社会で高い評価を受けていることがあるだろう。本書では、その能力を、物事を公平に扱う能力、論理的な思考力、多面的な利益への視点、落としどころを見る目、主体的に取り組む力、とした(本書7〜12頁)。

 せっかく法学部に入学したからには、学生にはこれらの能力を身につけて社会に羽ばたいてもらいたい。そう考えた私たちは、自分たちも実際に法学部で担当している「ゼミ」に着目した。

 教員になってから、様々な学年のゼミを担当するなかで、ゼミ生たちが苦しみつつも判例研究やテーマ研究などに取り組み、その成果を報告やレポートに結実させ、あるいは、ディベートやディスカッションで他のゼミ生たちと議論することを通じて、一段とパワーアップしていく姿を目の当たりにしてきた。

 このようなゼミが、上記能力を鍛えるための極めて有用な機会を学生に提供しているのではないか。そうであれば、ゼミで学生が直面する課題、やらなければならない調査や研究を具体的にイメージしながら、学生のための手引きのようなものを作ってみてはどうか。そうすれば、学生がゼミの活動に積極的に参加し、その活動を通じて、上記能力を身につけることにつながるのではないか。

ゼミにおける法律学習の実践

 このような想いから、私たちは、自分たちが実際に行っているゼミの活動を念頭に置きながら、その活動に必要とされる知識と技法を述べることにした。これに該当するのが、第2章「法律学習の実践」、第3章「ディスカッション」、第4章「法律ディベート」である。

 もっとも、仮に「検討対象の判決文を読み込んで、当事者の主張と裁判所の判断をまとめて……」というマニュアルだけが書かれていても、学生は、自分で実際にどうすればよいかが分からず、結局は取り組むのをやめてしまうだろう。ここではやはり、「やって見せる」ことが重要だと考えられる。

 そこで、本書では、なるべく多くの実践例――しかも法学部1年生や2年生が読んでも分かってもらえるような実践例――を盛り込むようにした。例えば、「法律ディベート」では、具体的な論題を設定した上で、立論を組み立てるまでの準備、準備を経てできあがった立論、質疑応答の例、ジャッジの仕方まで、論題に即して解説を加えた(本書136〜154頁)。また、「判例研究」では、判決文の読み方、判例の分析・検討の仕方、レジュメの作成と報告の仕方を一通り説明した後に、「被害者が別原因で死亡した場合における逸失利益の算定(最判平成8・4・25民集50巻5号1221頁)」に関する判例研究のレジュメ例を載せて、判例研究の際の注意ポイントをまとめている(本書67〜84頁)。

法律学の文章を創る

 他方で、法律学では、答案、レポート、論文など、さまざまな文書の作成から学生は逃れることができない。文書を論理的かつ説得的に書けることも、法学部生のスキルとして社会的に評価されているといえる。

 ところが、同業の先生方からは、「最近の法学部生はレポートや論文をきちんと書けなくなっている」という声も聞かれる。そのような危機感もあってか、最近では、学術的文章やレポートの書き方に関する講座・マニュアル等を提供する大学も増えているようである。

 そこで、本書でも、第1章を「法律学の文章を創る」と題して、主にレポートを作成する際の技法と注意点を取り上げることにした。ここでも、抽象論にとどまらず、実践例に沿って説明をすることを試みた。例えば、レポートを書くために文献を参照するときに、著者の主張をどのように読めばよいか(本書31〜35頁)、法律学の文章において通用する根拠とは何か(本書40〜43頁)、論証の仕方(本書52〜56頁)などにおいて、民法の具体的な議論を素材にしている。

本書の構成

最低限のリーガル・リサーチ

 リーガル・リサーチに関しては、優れた解説書が既に何冊も存在しており、私たちがこれに付け加えることができるような知見はない。むしろ意識したのは、平均的な法学部生にとって、どこまでのリサーチ方法をマスターしておけば、ゼミの活動や文書の作成を十分にこなすことができるだろうか、という点であった。

 このような視点から、本書は、ゼミでの活動と文書の作成に関する叙述にはかなり多くの分量を割いた(本書1〜154頁)のに対し、リーガル・リサーチについては、法学部生であれば最低限知っておくべき法情報の調査・収集の方法のみを取り上げることにした(本書156〜218頁)。ここでも、具体的な判例やキーワードなどを使って、検索方法を体験できるように工夫している。

法学部の学びを再認識

 実は、本書の執筆を引き受けた当初、私自身は、これまでゼミでやってきたことを文章にすれば何とかなるだろうと安易に考えていた。そのため、本書で取り上げる予定の実践例をあまり深く考えずに作成し、原稿検討会に臨んだこともあったが、法学部の1年生や2年生には難しすぎる、これでは読んでもらえないし、読み始めても途中で挫折してしまうのではないかとの意見――編集者からの意見だったと記憶している――が出された。そこで、どういう例であれば学生にも読んでもらえるか、そして、これを読んだ学生が《自分でもやってみよう》と思ってもらえるかをより一層意識しながら、実践例を分かりやすいものに変更し、あるいは、丁寧な説明を心がけるなど、予想以上に頭を悩ませることとなった。

 それどころか、法律学の文書を作成する、判例を研究する、法情報を検索するなど、普段何気なく行っている活動を、学生にも分かりやすい形で文章化すること自体が思ったほど簡単ではなかった。私はたまたま、第1章の「3 説得的に表現する」の部分の執筆を担当することになったが、いざ書くとなると、自分の能力不足もあって、「根拠を示して自分の見解を述べること」ぐらいしか思いつかず、具体的に何を書けばよいかで難儀した。そこで、学生向けに書かれた「論文・レポートの書き方」に関する著作を複数購入し、これらを参考にしつつ、根拠と論証という切り口から解説を加えることにした。

 こうして振り返ると、本書の執筆は、むしろ私たち自身の勉強になったように思う。原稿検討会では、あるときは、通説と有力説は何が違うのか、体系書と教科書はどう区別するのかを検討し、別のときは、社会からは法学部生にどのような能力が期待されているのか、そのためにやるべき最低限のことは何かを突き詰めて考えてみた。編集者を交えてこのようなことを何度も議論するなかで、私たち自身が新たな視点や知見を獲得することが多かった。その意味で、本書は、法学部で何を学ぶべきか、そのために教員が何をしなければならないかについて、私たちに再認識させる貴重な機会を提供してくれたといえる。

過保護?

 「レジュメの作り方や報告の仕方なんて、人から習うものではなく、見よう見まねでやるしかない」と教わってきた私たちの世代にとっては、本書のように実践例やレジュメ例まで載せるのは《あまりにも過保護ではないか》という意見もあった。レジュメの作り方や報告の仕方を知識として知ったからといって、実際にできるようになるわけではない。むしろ、学生には見よう見まねでレジュメを作らせ、報告をさせ、試行錯誤させた方がよいのではないか、という疑問も湧くだろう。

 しかし、私たちは、法律学習の魅力と面白さ、そのために必要な技法と思考を、より多くの学生に分かりやすく伝えることの方が大切ではないかと考えることにした。法学部には、法律学に対して強い関心を持っている学生からそうでない学生まで、さまざまな学生が集っているのが現状である。そのような状況のなかで、一人でも多くの学生が、私たちとともにゼミでの具体的な活動やレポートの作成を誌上で体験し、自分でも積極的に取り組んでみようと思ってくれる。そのようなきっかけになるのであれば過保護でも構わない、と割り切ったわけである(さらに、読者に親しみを持ってもらうため、有斐閣のゆるキャラを登場させるアイデアもあった)。もっとも、本書では、レジュメの作り方や報告の仕方を知った後は、読者自身で実践してみることが重要だということも強調していることをあわせて紹介しておきたい。

おわりに――2つの野望を秘めて?

 本書は、法律学の勉強を始めたばかりの学生のほか、法律学の勉強を始めたがいま1つ関心を持てないでいる学生や、ゼミに所属してその活動からもっと学びたいと考えている学生などにも、手に取って読んでもらい、法学部の学びを実践してもらえればと願っている。

 本書の刊行を契機として、私たちは次の野望(?)を秘めている。

1つは、法学部の学びを知るための教材として、高校生にも読んでもらうという野望である。本書を高校でも宣伝したり、(許されるかどうかはさて置き)本書のダイジェスト版を作成して大学のオープンキャンパスで配布してはどうか、などのアイデアもあった。その背景には、高校生のなかで法学部人気が低下傾向にあるといわれることへの危機感がある。法学部の学びが魅力的で役にも立つことを実感してもらえれば、そのような傾向を変えることができるのではなかろうか。

 もう1つは、本書で述べたことが実際にうまくいくかどうかを、ゼミ等で実践してみるという野望である。《本を読んだところで結局は実践できないよね》というのでは、本書の狙いが達成されたとはいえない。本書に続いて、「本書を使ったら上手に実践できた」ことも示す必要がありそうである。例えば、私たちが、本書の実践編として、合同ゼミを開催することなどが考えられるかもしれない。そのような機会の到来を心待ちにしつつ、私たちは日々、本書に書かれたことをゼミ等で学生に実践してもらい、上記能力を身につけてもらうとともに、自分たちも学んでいきたいと思う。

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