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連載・対談

社会学はどこからきて,どこへ行くのか?

第1回 1990年代の「社会学」

右側が北田暁大氏
左側が岸政彦氏

東京大学大学院情報学環教授 北田暁大〔Kitada Akihiro〕

龍谷大学社会学部准教授 岸政彦〔Kishi Masahiko〕

 この対談は、「社会学はどこからきて、どこへ行くのか?」というテーマで進めたいと思います。社会学の現状を、研究環境や研究動向から、おおまかに捉えて、もういちど考えようと思っています。まず簡単に自己紹介から始めます。僕は2年前に、戦後の沖縄のことを論じた『同化と他者化――戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版、2013年)という本を出版して、そのあと『街の人生』(勁草書房、2014年)という、生活史のインタビューをそのまま載せた本を書いていますが、本を書くようになったのはこの2年くらいです。このあとも何冊か、順次出ることになっています。北田さんは、僕から見ると若いときから世に出ていた方で、1970年前後生まれの同世代のなかでは、燦然と輝くスターです(笑)。僕自身も、1990年代に勉強を始めたときには、いわゆる「東大言語研」の仕事を読んでいたわけです。その源流は見田宗介さんだと思いますが、橋爪大三郎さん、大澤真幸さん、宮台真司さんがいて、少し飛んでその次に出てきたのが北田暁大さんだったわけですね。30歳そこそこで『責任と正義――リベラリズムの居場所』(勁草書房、2003年)という理論社会学の本を出されてから、ある種のコミュニケーションに注目して分析をした『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス、2005年)を出されて、「若いのにこんな人もいるんだ」と遠く大阪の地から眺めておりました。けれども、最近友だちというかお知り合いになったんですが、何をやっているのか聞いたら、シカゴ学派を読んでいる、しかも最近ではシカゴ学派を通り過ぎて、19世紀の進化論を読んでいるというんですね。どうやら、これまでに社会学がやってきた調査の歴史をイチから勉強し直しているらしいんです。そこで「社会学とは何か」といった大きな話をする前に、北田さんに個人的に質問するところから始めさせていただこうと思います。あれだけ派手な仕事をやっていた方が、なんでそんな地味なことやっているんですか?

北田 あんまり地味じゃないと思っています。地味どころか、こんなに無謀な大企画を立てたのは初めてではないか。いま、ちょっと過分なご紹介に預かりましたけど、岸さんと僕はだいたい同じくらい、20代の頃に『ソシオロゴス』に載せているんですね。

 そうですね。

北田 それみると、ふたりともウィトゲンシュタイン周りを読んでいる。その意味でけっこう出発点は似ている。若い頃、コミュニケーション論にかぶれていない人はほぼいない、という世代ですね。

 そう。

北田 そのあとが違うだけで出発点は似てるんだと思うんですよ。要するに他者の理解が問題だった。『嗤う』を紹介していただきましたが、実は大学院に入った頃にはポストモダンとかにもう興味がなかったんです。修士は橋元良明先生のところでコミュニケーション論をやろうと思っていた。けど社会心理学は元ニューアカ青年にはあまりにきつい(笑)。で、吉見俊哉さんのところにいき、いわば見田系列の比較歴史社会学みたいなのをはじめて『広告の誕生――近代メディア文化の歴史社会学』(岩波書店、2000年)という本を書いた。でも、柄谷さん経由のウィトゲンシュタイン・ブーム的なものが、ずっと胸に残ってたんですね。

 柄谷的ウィトゲンシュタイン。

北田 クリプケンシュタインの柄谷版(笑)。そういうものが「抜けきらなかった」面もある。その抜けきらなかった部分と、もうちょっとクリアな議論をする分析系の議論をちゃんとつなぎ合わせたくて――つなぎ合わせるというか、両者が罵り合っているのも、ばからしいと思ったので――そういう仕事をしてみた。それが『責任と正義』です。

 うん。

北田 『責任と正義』っていうのは、自分の中にあるすごく単純な左翼的な部分と、ひねくれた「リベラル」な部分、ポストモダン的な問題提起と分析的な明晰な方法とが、ゴチャゴチャになっている理論本です。そっちが原理論だとすれば、『嗤う日本の「ナショナリズム」』は、そのゴチャゴチャを段階論、現状分析で整理してみようというものです。ニューアカの遺産をどういう風なかたちで歴史化したうえで、現代社会分析につなげていけるのかというのが課題で、それは『責任と正義』と表裏。だけど前者だけが需要がやたらあって、流れ着いたら、いつのまにか2ちゃんねるの専門家ということになってた(笑)。携帯電話もネットもSNSも全部普及過程の一番最後あたりに導入する「情弱」なのにね。

 聞きたいことがいっぱいありますが、まず『嗤う日本の「ナショナリズム」』が社会分析を志向していた、というときの「社会分析」って具体的にどういうことか、というところからです。具体的にはどういう手続きでどういう手順で、っていうことを考えていたか、憶えています?

北田 あんまり憶えてないです(笑)。しかし、見田先生の時代診断や大澤真幸さんの弁証法的な時代・歴史診断からは強い影響を受けていたと思います。宮台さん的にではなく、比較歴史意味論みたいなのを漠然と考えてたと思います。ただそうした方法でやっていくとある種の歴史図式を反復してしまうわけです。凝集していたものが水状化して気化していく。で、本格的に「社会批評」から離れてなにか他のことをやらなきゃいけない、と『嗤う』の後から危機感を持つようになった。長らく遠ざかっていた統計学やドイツ語などを一からやり直す、といった出直し作業をしていました。ただ勉強するだけでなかなかテーマがしっくりこない。「文化概念の意味論」とかやたら壮大で無謀なお題しか思い浮かばないわけです。

 うん。

北田 ようやくフィットするテーマが見つけられたのはわりと最近で、酒井泰斗さんと話をするなかで「誰かラザースフェルドやればいいのに」と思っていたんですが、「じゃあ自分がやるか」と。この選択には自分自身計量調査に関わった、という経験も大きな影響を与えていると思います。震災の前の年(2010年)、サバティカルでドイツに行く前年に、研究室の学生さんたちと一緒にアンケート調査を実際にしたんです。学生さんたちが本当に優秀で、寸分のごまかしも許されなかった。質問紙作成の時点から「この問いは何を聞いたことになるのか」とかを延々議論して、それを記録にしておく。クリーニング、コーディングもそう。分析のときも高度な手法に走るよりはまずはベタな方法でいけるところまでいく。経験者が少ないから逆に「スルー」ができないんです。あと今イギリスに留学していてイギリス統計学の歴史研究をしている岡澤康浩さんが本当に学問的に誠実な人で、あらゆる「なんとなく」が禁じられた。本当は教員が教えるべきことですが、逆に学生さんたちに教えられ、やたらと数字を加工する分析が怖くなった。そんなの当たり前だろう、と言われると思うんですが、計量を勉強する場がなかった人間にとっては、調査とは共同的に、概念の意味、カテゴリー化、操作化、解釈を物凄い時間をかけてやるものだと改めて身に染みて感じたわけです。で、ラザースフェルド周りを読み始めたとき、「あ、この人たち、自分たちが教科書や先行研究見てやっていたことを、まさしく手探りで自分たち自身で作り出していたんだな」と思った。調査の結果や理論よりも、そうした集合的な知の生産の営みとしての調査の歴史、社会的なあり方を調べてみたいと考えるようになったわけです。

 なるほど。

北田 しかし、別段高度な統計学的手法が使えるわけじゃないから、元手にあった歴史社会学的志向と少しばかりの科学哲学の知識を使って、調査っていう社会的な実践を捉え返そうと。それが、理論史ではない社会学の系譜学とか、社会学の現代的な役割を考えていく作業にもつながるだろう、と考えたわけです。

 同世代だから、1990年代くらいの雰囲気を共有していますよね。これは個人的な見方なんですが、東大の社会学っていうのが、見田宗介以降ものすごく独特で、日本の社会学全体のなかでは、とても特殊なことを言っていた人たちだった。もちろん東大には、ちゃんとした計量や学説史の権威みたいな人もいるけど、メディアを介したり、一般的に「社会学」といってどこが見えているかというと、あの独特の部分しか見えてこなかったんですね。だから、90年代の社会学を1冊にまとめると、たとえば「別冊宝島」の社会学特集(『わかりたいあなたのための社会学・入門』)、ああいう感じになると思うんです。あれは副題の中に「常識破壊ゲーム」っていうのが入っていたんですよ。あのときは面白かったし派手だったんで、『ソシオロゴス』を中心とした言語研の活動がすごく読まれていたと思うんですね。それが、北田さんの世代まで来て、社会調査の意義が再発見されたように見えるというのは、非常におもしろい。というのも、僕は大阪にいるのでよくわかるんですけど、たとえば東大の社会学以外にも、大阪市立大学の社会学の「伝統」みたいなものがあるんです。

北田 社会調査の。

 そう。じつは日本の社会学って、ものすごく地道に社会調査をずっとやってきている業界なんですね。主だったところだと、東北大、東京都立大、大阪市大、九州大とか、他にもたくさんありますけども。そこで都市下層とか、人権とか貧困の問題で、地道な調査の膨大な蓄積があるんです。古くは月島調査から、それからちょうど僕が市大の博士課程にいたときに、非常に大規模なホームレス実態調査がありました。でも、一般の読者のあいだでは、まったくそういう調査はクローズアップされてこなかったんです。僕自身を振り返ると、一方で遠くにいる東大の言語研の人らの本を読んでファンではあったんですが、他方でやっぱり大阪に住んでいて、釜ヶ崎とか部落とかにコミットしていくんです。自分自身のテーマとしては沖縄になっているんですけど、そのなかで大阪市大に入って、周りの研究者とか研究会に触れて、そういう膨大な伝統に触れた。そこが自分にとっての身近な居場所だったんですね。そういう伝統を、東大言語研系の北田さんが、いまになって再発見したように見える。すると1990年代の日本の社会学は、いったいなんだったんだろうなと、逆に思うんですね。

北田 そうですね。たぶん、長い目で考えると、異端だったところが出版業界をはじめメディアで目立ったんだろうな、と。そう考えた方が、日本の社会学史を考えるとき重要な視座を与えてくれるような気がします。

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