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連載

経営学者が考える環境・エネルギー問題

第6回(最終回) 地熱利用の可能性(2)

一橋大学イノベーション研究センター教授 青島矢一〔Aoshima Yaichi〕

小型地熱への注目

 2012年7月に施行された全量固定価格買取制度(FIT)における地熱発電の買取価格は、15,000kW以上の設備に対しては26円/kWh(税抜)、15,000kW未満の中型・小型設備に対しては40円/kWh(税抜)と決まり、買取期間は15年間となりました。この買取価格は2015年度も引き継がれています。地熱発電開発の高いリスクを勘案して、内部収益率(IRR)が13%と設定された結果、国際的に見ると、非常に高い買取価格となっています。買取価格決定前に小型地熱発電関連の現地調査をしていたとき、「20円/kWhくらいになると助かるのだけれど……」という声をいくつか聞いていましたので、40円/kWhという数字を見たときには少々驚きました。

 このような高い買取価格が設定されたにもかかわらず、大規模地熱開発は必ずしも進んでいるとはいえない状況にあります。2015年1月末時点の経産省の公表データを見ると、15,000kW以上の地熱発電設備のFIT認定は1件もありません。この原稿を書いている2015年5月時点で確認できる大規模地熱の開発案件は秋田県湯沢市のみで、この案件については、260億円に及ぶ長期借入金の80%を、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が債務保証をしています。前回お話ししましたように、大規模地熱開発では、⑴初期リスクの高さ、⑵国立公園の問題、⑶温泉事業者からの反対の3つの課題が、いまだ大きな障害になっていると思われます。

 大規模地熱の開発が進まない中、小型の地熱発電がにわかに盛り上がりつつあります。最近の太陽光発電のようなブームではありませんが、FITの施行から2014年1月末までに計33件、発電容量にして15,055kWの設備認定がありました。買取価格が40円/kWhと高く設定されていることが普及を促していることは確かだと思います。また、経済産業省、JOGMEC、環境省による補助金に加えて、地方自治体による補助など、小型地熱開発を後押しする政策的対応もあります。JOGMECでは、債務保証事業も行っており、現在、福島の土湯温泉地域と大分の菅原地域の小型地熱発電所建設に対して債務保証をしています。

温泉熱を利用した小型発電の可能性

 小型地熱、特に、温泉地熱という響きは心地よいものです。温泉という地域に根ざした資源を有効活用するという点で、アベノミクスが標榜する「地域創生」とも通じるものがあります。

 温泉発電であれば大規模開発で問題となる3つの課題も克服できそうです。既にある温泉井を活用するのであれば、井戸の掘削費を節約できますし、掘削しても蒸気や温水がでてこないという資源リスクも回避できます。初期投資のリスクは大規模開発に比べて大きく削減できます。新たに掘削しなければ国立公園問題や景観の問題もクリアできます。新たに掘削しても、通常の温泉井であれば、国立公園の特別区に入り込んで掘削する必要はありません。温泉事業者からの反対がないとは限りませんが、現状の温泉供給に支障がないことさえ確認できれば、合意は得られやすいでしょう。そもそも、個人で所有している温泉井を活用するのであれば、他人は簡単には反対できません。新たに掘削する場合でも、温泉井の掘削に関する条例を満たした上で進めれば、近隣の合意は得やすいと思います。そもそも、無駄に捨てられている熱エネルギーを活用する温泉発電は、再生可能エネルギーの効率的利用という点からも好ましく思えます。

 私も地熱エネルギーの調査を始めた当初、温泉熱に非常に興味をもちました。「あるものを無駄なく使う」というのは再生可能エネルギー活用の基本ですから、温泉利用というのは利にかなっています。また、家電のように小型の設備が大量に販売されれば、産業発展にとっても良さそうだと安易に考えていました。しかし少し調査を進め、あらためて冷静に考える中で、小型の温泉地熱開発を政策的に後押しすることに、疑問を感じるようになりました。

3つの基準で考えてみる

 既に何度か書きましたように、再生可能エネルギーの普及政策を考える上では、⑴技術的可能性、⑵経済性、⑶産業競争力の3つの側面をバランスよく考慮する必要があります。温泉地熱発電についても、これら3つを順に考えてみます。

 まず技術的可能性。温泉熱を利用した小型発電で、環境問題やエネルギー問題を解決することができるのかという点です。環境省(2012)によれば、温泉熱の賦存量は72万kW、一般家庭の電気代相当の24円/kWh以下で開発できる現実的な導入ポテンシャルは36万kWとなっています。年間発電量に換算しますと、それぞれ、44億kWhと22億kWhとなります。22億kWhを発電できたとして、日本の電力消費量の0.2〜0.3%です。削減できるCO2排出量も多くはありません。石炭火力発電を代替して1kg/kWhのCO2が削減できるとして22億kWhで220万t、日本のCO2排出量の約0.2%です。もちろん0.2%だから開発すべきでないというわけではありません。ただ、限られた政策的資源と民間努力を投入するのであれば、なるべく大きな効果がでるものから手をつけるのが筋なのではないかと思います。その点、日本の総電力消費量の6〜7%程度をまかなえる可能性のある大規模地熱の方が魅力的に思えます。

 第2に経済性の視点。FITの買取価格が中小型発電を優遇していることからわかるように、大型と比べて経済性が劣ることは想像できます。温泉発電の場合、熱源の温度が70〜100℃程度と低温なので、多くは、代替フロンやアンモニアなど沸点の低い二次媒体と熱交換をしてタービンをまわすバイナリーという方式をとります。150℃以上の蒸気を使って直接タービンを回す大型フラッシュ方式と比べると、どうしても、エネルギー取り出す効率は悪くなります。実際に私の現地調査でも、小型発電で採算性を確保するのは簡単ではないことがわかりました。

 たとえば、静岡県の伊豆での事業化を検討していた静岡県企業局は、40円/kWhの買取価格であらゆる場合を想定しても年間収支が赤字になるという試算ゆえに開発を断念しています。その試算の中身を見ますと、発電設備そのものよりも、配管工事代やスケール(シリカやカルシウムなどの析出物)対策、冷却水(水道代)などが高くつくことがわかります。これでは、量産して設備コストをいくら下げても限界があります。

 スケール問題は長崎県の小浜温泉でも大きな障害となりました。環境省支援の実証事業として、小浜温泉では、既存の温泉井を使って、神戸製鋼製の小型バイナリー発電装置を3基導入しました。しかし、設備利用率は26.2%にとどまり、40円/kWhで売電できても、ランニングコストさえ回収できないという結果となりました。スケールが付着して配管や熱交換器が詰まってしまい、頻繁に設備を止めて清掃をしなければならなかったことが主な原因でした。地域によって自然条件が異なるので、地熱発電はなかなか一筋縄にはいきません。

 一方で比較的うまく稼働しているところもあります。たとえば、別府の瀬戸内自然エナジーが導入したバイナリー発電設備の場合、初期投資9000万円弱、ランニングコストが年間100万円程度で、設置当初は80%の稼働率でした。この場合、40円/kWhで15年間売電すればIRRは12%程度となり、収益事業として十分に成り立ちます。ここは、温度が高く、湯量が豊富で、スケールがつきにくい泉質で、発電所の近すぐ横に温泉タンクがあり、さらに、地下水も豊富であるというように、極めて条件に恵まれた希な事例です。それでも、最近は、稼働率が低下して、採算性は落ちているようです。

 もちろん、発電所の設置例が増えて、メーカーや施工業者に経験が蓄積されれば、経済性が向上するかもしれません。瀬戸内自然エナジーは、既に、2機目として米国のアクセスエナジー製の設備を導入しています。コスモテックも、瀬戸内自然エナジーの泉源を利用して、同じアクセスエナジー製4基を導入し、500kWの発電所を稼働しています。今のところ、順調に稼働しているようです。しかし、このように条件の整ったところは多くありません。現在33件の設備認定がある一方で売電にいたっているのが9件しかないことが難しさの一端を示しています。

 さらに、成功例があるとしても、それらは40円/kWhの買取を前提としたものです。長期的に電源として利用できるためには、せめて一般家庭の電気代である20円/kWh代まではコストを下げなければなりません。しかし、発電所建設費の約半分もしくはそれ以上は設備以外の付帯設備や工事費ですから、全国的な競争でも起きない限り、コストは簡単には下がりそうにありません。そう考えると、経済的な電源としての開発はおそらく極めて限られると思われます。

 第3に産業競争力や経済発展の視点。大規模地熱発電向けのタービンでは東芝、富士電機、三菱重工の3社が世界シェアの70%近くを握っていることは前回お話しました。一方、小型・中型で主流のバイナリー発電設備市場では、日本企業のプレゼンスはほとんどありません。地熱バイナリー発電機の世界シェアの80%はイスラエルのOMATが掌握しています。日本国内では、神戸製鋼やIHIが新規参入して小型のバイナリー発電機を導入していますが、数は限られています。東芝などの大型タービンのメーカーが小型に本気で参入してくるとは当面思えません。企業組織の意思決定の仕組みからして、全社的に注力するには、小型地熱はマーケットが小さすぎます。このように考えると、小型地熱発電の促進は、地元の施工業者を多少潤すことはあっても、日本の産業発展への貢献は極めて限定的であると思われます。

 このように3つの視点から見ていきますと、温泉地熱発電を、環境・エネルギー対策の一環として政府が後押しすることには、疑問を感じざるを得ません。FIT以外に、経産省系の補助金だけでも、地熱開発には年間100億円を超えるお金が投入されています。それらの内、少なからぬ金額が小型地熱開発に振り向けられています。環境対策、エネルギーの安定供給、産業発展という3つの課題を同時に解決するという観点からはなかなか理解が難しい政策です(注:ちなみに私は小型地熱の開発に全面的に反対しているわけではありません。詳しくは述べませんが、環境アセスメントの必要がなく、地元合意が得られやすい、1MWから5MWくらいの規模の発電所建設には可能性があると考えています)。

複合する理由の罠

 ではなぜ小型地熱への政策的支援が続いているのでしょうか。温泉事業者からの反対ゆえに大規模開発が難しいので、まずは小規模開発を進めて地熱開発に対する地元の理解を促す、という間接的な目的があるのかもしれません。しかし、温泉発電を認めたからといって、大規模地熱開発に理解を示すというものではありません。地元の人たちはそこには明確な線引きをしています。

 政策的には、地熱発電を温泉場(地域)再生のきっかけとしたいという思惑があるのかもしれません。地域創生の流れの中では十分に正当性をもちそうな発想です。実際に、温泉場で発電事業を行おうとする人たちの多くは地域活性化を目的と考えています。確かに、温泉発電が地域活性化のきっかけとなるなら、それは喜ばしいことです。調査に出かけた温泉場では、私も、地熱発電を通じていかに地域を活性化するのかという視点から考えをめぐらせ、地元の人たちとお話をすることが多いです。

 しかし、その時にいつも思うのは、「地熱発電にこだわる必要がどこにあるのか」ということです。発電事業が話題になれば、短期的には発電所見学を目的とした観光客を呼び込めるかもしれません。確かにそのような恩恵をうけている温泉場はあります。しかし発電所を見学するために温泉場を訪れる観光客が長続きするとは思えません。

 温泉場には温泉場のすばらしい自然資源や人的・社会的資源があります。本来であればそれらを武器にして地域の活性化を考えるべきです。もちろん温泉熱は重要な自然資源の一つですが、発電を中心に考えなければならない理由はどこにもありません。ところが、環境・エネルギー対策という政策的理由をまとったFITや補助金があるために、「発電」を中心に考えざるを得なくなります。政策が地域活性化を目的とするのであれば、本来は、地域活性化そのもののアイデアにもっと補助金を出すべきでしょう。

 地熱発電に限らず、環境・エネルギー政策は、様々な理由をまといながら、自走してしまう傾向にあるように思います。いつの間にか、環境対策やエネルギーの安定供給の「効率的」な実現、特に、産業発展を通じた長期的な「経済性」の実現といった観点が抜け落ちてしまいます。ここに罠があります。もちろん、環境対策とエネルギー供給は重要ですが、それはほとんどの場合、経済的な問題に帰着します。経済性を一切無視すれば、電気代を何倍にも値上げして、経済成長の低下を受け入れ、全てを再生可能エネルギーでまかなうことだって可能かもしれません。われわれがそれを望まないから、経済性を考えざるを得ないわけです。そして、長期的な経済性を考えるためには、企業競争力や産業発展に対する影響を慎重に分析する必要があります。

 ここに環境・エネルギー政策分野に経営学者が貢献できる余地があると考えました。そして、その考えは、6回に渡る連載で紹介した、薄型TV、太陽光発電、地熱発電と調査を先に進めるにしたがって大きくなっていきました。きちんとした貢献をするまで、もう少しこの分野での調査研究を続けたいと思っています。

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