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自著を語る

木を見て森を見る

『日本の産業と企業 ――発展のダイナミズムをとらえる』

東京理科大学イノベーション研究科教授 橘川武郎〔Kikkawa Takeo〕

橘川武郎,平野創,板垣暁/編
四六判,376頁,
本体2,300円+税

『日本の産業と企業』の概要

 昨年12月、平野創・板垣暁の両氏と共編で、有斐閣から『日本の産業と企業』を刊行する機会を得た。同書の副題は「発展のダイナミズムをとらえる」であり、主要な構成は、次の通りである(括弧内は執筆者名)。

  はしがき(板垣暁・平野創)

  序 章 なぜ学ぶのか、いかに学ぶのか:本書のねらいと特徴(橘川武郎)

 第1部 消費財製造業

  第1章 食品:冷凍食品事業のか熱状況(板垣暁)

  第2章 ビール・飲料:M&Aとグローバル競争時代への突入(生島淳)

  第3章 アパレル:アパレル・メーカーの台頭(山内雄気)

  第4章 自動車:日本はシャンパン・ファイトを続けられるのか(板垣暁)

  第5章 電機・電子:多様な商品と戦略(池元有一)

 第2部 素材・エネルギー産業

  第6章 鉄鋼:長期間にわたり国際競争力を維持(平野創)

  第7章 化学:次世代の主導産業候補(平野創)

  第8章 電力:自律的経営の再生(橘川武郎)

  第9章 石油:ナショナル・フラッグ・オイル・カンパニーの形成(橘川武郎)

 第3部 サービス産業

  第10章 商社:総合商社の新たな展開(大島久幸)

  第11章 住宅:政策の影響を受けながら生活に深くかかわるビジネス(稲葉和也)

  第12章 銀行:企業のメインバンクから家計のメインバンクへ(齊藤直)

  第13章 保険:家計保険を中心とした成長から市場縮小局面へ(齊藤直)

  第14章 鉄道:本業を中心とした多角的なビジネスの展開(平野創)

  第15章 携帯電話:新たな生活インフラ基盤の登場(宇田理)

  第16章 コンテンツ:ルフィは日本経済の救世主になれるか(加藤健太)

  終 章 日本の産業と企業の未来(橘川武郎)

 

 この小稿では、『日本の産業と企業』の特徴と期待される役割について掘り下げてみたい。

経済成長の鈍化と産業構成の変化

 日本の経済成長率は、1956(昭和31)〜73年の高度成長期における平均年率9.1%から、石油危機からバブル経済崩壊にいたる1974〜90(平成2)年の安定成長期における平均年率4.2%を経て、バブル経済崩壊後の1991〜2010年の低成長期における平均年率0.9%へと推移した。明らかな成長鈍化の道を歩んだわけであるが、このプロセスを通じて、産業構成も大きく変化することになった。製造業や農林水産業のウエートが縮小し、サービス関連諸産業のウエートが拡大したことがわかる。端的に言えば、サービス経済化が急速に進行したのである。

 農林水産業は、第一次産業にあたる。製造業は、建設業などとともに第二次産業を構成する。第三次産業のうち主要なものは、サービス関連諸産業と流通業(卸売・小売業)である。第1次世界大戦以降のわが国における就業者数の第一・二・三次産業別構成の長期的推移をみると、第一次産業比率のほぼ一貫した低下、および第三次産業比率のほぼ一貫した上昇(とくに第二次世界大戦後)が確認できる。第二次産業比率については、1930年代の上昇、40年代の低下、50〜60年代の上昇、70年代以降の頭打ち(若干の低下)という複雑な変遷をたどった。1970年代以降の第二次産業比率の頭打ちと第三次産業比率の上昇は、サービス経済化を反映したものとみなすことができるが、一方で、国内総生産の産業別構成に占める製造業や建設業のウエートの縮小ぶりと比べれば、就業者数の第二次産業比率が1970〜2000年にそれほど落ち込まなかった点も注目される。

企業の動向への着目

 本書では、以上のような経済成長率の推移や産業構成の変化を念頭において、産業別に検討を進める。その際、産業全体の動向にとどまらず、各産業で活躍する主要企業の動向にまで目を向けることが本書の第1の特徴である。

 市場で展開される競争の担い手となるのは、あくまで個々の企業である。しかし、企業の競争力構築は、産業組織や産業政策のあり方など、産業全体にかかわる要因の影響を強く受ける。本書が『日本の産業と企業』というタイトルを掲げ、産業全体の動向と主要企業の動向をあわせて論じるのは、このような理由によるものである。

故きを温ね新しきを知る

 本書の第2の特徴は、歴史的文脈(コンテクスト)を重視することである。一般的に言って、特定の産業や企業が直面する深刻な問題を根底的に解決しようとするときには、どんなに「立派な理念」や「正しい理論」を掲げても、それを、その産業や企業がおかれた歴史的コンテクストのなかにあてはめて適用しなければ、効果をあげることができない。また、問題解決のためには多大なエネルギーを必要とするが、それが生み出される根拠となるのは、当該産業や当該企業が内包している発展のダイナミズムである。ただし、このダイナミズムは、多くの場合、潜在化しており、それを析出するためには、その産業や企業の長期間にわたる変遷を濃密に観察することから出発しなければならない。観察から出発して発展のダイナミズムを把握することができれば、それに準拠して問題解決に必要なエネルギーを獲得する道筋がみえてくる。そしてさらには、そのエネルギーをコンテクストにあてはめ、適切な理念や理論と結びつけて、問題解決を現実化する道筋も展望しうる。端的に言えば「故きを温ね新しきを知る」わけであるが、本書は、この「温故知新」の考え方に立つ。

 今日につながる歴史的コンテクストを明らかにするために、いつの時点から分析を始めるべきかについては、産業ごとに様相を異にする。本書の各章では、石油危機以降の時期を検討対象とする場合が多い。

産業史研究の専門家による執筆

 潜在化している産業や企業の発展のダイナミズムを析出するためには、長期間にわたる濃密な観察から出発しなければならない。そこで、本書では、それぞれの産業の歴史に詳しい専門家が、各章の執筆にあたる。産業史研究の専門家による執筆が、本書の第3の特徴である。

 本書で取り上げる産業は、食品、ビール・飲料、アパレル、自動車、電機・電子、鉄鋼、化学、電力、石油、商社、住宅、銀行、保険、鉄道、携帯電話、コンテンツの16業種である。サービス経済化の進行のわりには製造業のウエートが若干大きいが、これは、わが国における就業者数の第二次産業比率が1970〜2000年にそれほど落ち込まなかった事実をふまえたものである。

「木を見て森を見る」ことの必要性

 本書の「はしがき」で共編者である板垣暁と平野創は、「本書は、日本の主要産業・企業が現在、どのような状況に置かれているのか、そしてどのような強みや課題を抱えているのかを、そこに至るまでの歴史的な視点を交えながら明らかにするものである。とくに社会人になったばかりのビジネスパーソン、就職を控えたあるいはこれから日本の産業・企業について専門的に学ぼうとしている学生が手に取ることを意識して書かれているが、それ以外の日本の産業・企業について興味・関心を抱いているすべての人にとっても、その知識欲を十分に満たすものであると考えている」と、述べている。なぜ、知識欲が満たされると考えるのか。それは、本書が「木を見て森を見る」ことに心がけているからである。

 日本経済の危機が叫ばれて久しい。その危機を打開するためには、まず何よりも日本経済の全体像を理解しなければならない。しかし、全体像を知るためには、日本経済を構成する主要な産業の個々のディテールにも目を向けなければならない。産業という「木」と経済という「森」の両方に、目配りする必要があるわけである。

 翻って、それぞれの産業の実態を理解するうえでは、その全体的動向を把握することが重要である。しかし、各産業の全体的動向を知るためには、その産業を構成する主要な企業の個々の動きを掌握することから出発しなければならない。企業という「木」と産業という「森」の両方に、光を当てることは必要不可欠の作業と言える。

 本書では、企業という「木」と産業という「森」の両方に光を当てつつ、産業という「木」と経済という「森」の両方に目配りすることを心がけた。「知識欲が満たされると考える」ゆえんである。

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