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連載

経営学者が考える環境・エネルギー問題

第5回 地熱利用の可能性(1)

一橋大学イノベーション研究センター教授 青島矢一〔Aoshima Yaichi〕

地熱資源への注目

 前回までにお話した太陽光発電に関する調査と並行して進めていた調査の1つに、地熱発電(利用)に関する調査があります。私が地熱発電に関心をもつようになった理由は、ここに、環境/エネルギー問題と経済発展を両立させる可能性が垣間見えたからです。

 連載第2回目の最後に、適切な環境/エネルギー政策を策定するためには、⑴環境/エネルギー問題の解決にどの程度寄与できるのか(技術的側面)、⑵国民負担の少ない経済的な政策であるか(経済性)、⑶長期的な産業発展を通じた富の還元をもたらすか(産業競争力)という3つの課題をバランスよく考える必要があると述べました。この3つの視点から考えたとき、地熱発電には十分な可能性があると、直感的に思いました。

 まず、地熱資源は、日本が保有する数少ない自然資源の1つです。日本は、インドネシア、米国に次いで世界で第3位の地熱資源保有国です。産業総合研究所(2009)の試算によると、日本の地熱資源の埋蔵量(経済的に開発可能と考えられる地熱資源)は2,347万kWと推定されています。日本の年間総発電量は1兆kWh弱ですから、地熱発電所の稼働率を70%として、仮に日本が保有する地熱資源が全て発電向けに開発されれば、消費電力の15%程度をまかなえることになります(2,347万kW×24時間×365日×70% =1,439億kWh)。

 環境省(2011)によるもう少し現実的な試算でも、潜在的には年間650億kWhの発電が期待できるといいますから、消費電力全体の6〜7%程度を地熱発電でまかなえることになります。また、太陽光発電や風力発電と異なって、地熱発電は昼夜問わず安定的に発電するので、国の重要なベース電源となりえます。さらに地熱は、CO2排出量の非常に少ない環境に優しいエネルギーです。地震がもたらす苦悩の対価として得られるせっかくの恵みなのですから、これを利用しない手はありません。このように、地熱発電には、1つ目の課題である「技術的側面」を克服できる十分な可能性があると思いました。

 2つ目の課題である「経済性」に関しても、海外事例を調べる中で、経済的な電源になり得る十分な潜在力があることがわかってきました。たとえば2011年夏に訪問したアイスランドでは、地熱発電による電気の1般消費者に対する価格は、(当時の為替レートで)電気代だけなら3円/kWh程度、25.5%の消費税を含めて4円/kWh弱、送配電と税金を含めた末端価格でも8円/kWh弱でした。日本の一般家庭の電力料金は23〜24円/kWh程ですから、地熱発電はかなり経済的に思えます。米国でも4.2〜6.9セント/kWhと試算されており、1ドル120 円でも、5〜9円/kWhくらいです(US DOE, Energy Efficiency & Renewable Energy, 2009)。ニュージーランドでも4〜5円/kWhとなっており(水野、2012)、原発に匹敵するコストです(原発はもっと高いという試算が一般的です)。日本の電力料金(高圧契約でも12〜13円/kWhくらい)を考えると、地熱発電はかなり有望な電力源に思えます。

 さらに3つめの課題である「産業競争力」の点からも地熱発電は注目すべき領域です。2014年第三四半期時点での世界の地熱発電所の発電容量は1,239万kWですが、そこで使われている蒸気タービンの67.6%(発電容量ベース)が、東芝、三菱重工、富士電機の日本3社によって供給されています(BNEF, 2014)。地熱発電向けのタービンは、蒸気の圧力や成分など、それぞれの地域の特性に合わせたカスタマイゼーションが必要ですから、経験ある先行企業が優位性を維持しやすいと思われます。このあたりが太陽光発電と異なるところです。

 このように、環境/エネルギー政策にとって考えるべき3つのどの点からも、地熱発電には高い可能性があるように思いました。つまり、環境/エネルギー/経済発展の3つを両立させる方程式を解く上で、無視できない重要な領域がここにあると考えたのです。

普及しない地熱発電

 しかし一方で、日本では地熱発電が一向に普及していないという現状があります。オイルショック後、石油の代替エネルギーを模索する中で地熱発電所の建設は進み、現在17基が稼働していますが、1万kWを超えるような中型・大型の地熱発電所は、ここ20年近く建設されていません(http://geothermal.jogmec.go.jp/geothermal/japan.html)。総発電能力は約51.5万kWで、日本の電力需要の0.3%をまかなうに過ぎず、原発1基にも遠く及びません。

 こうした状況を理解するために、まず、地熱発電の普及を阻害する要因として一般に指摘されている要因を整理しました。それらは次の3つです。

 

 ⑴経済性の欠如(特に初期投資リスクの大きさ)

 ⑵近隣温泉事業者との調整の困難さ

 ⑶自然公園法など諸規制による制約

 

 経済的でないというのが1つ目の理由です。上述したように海外では十分に経済的な事例があるのですが、日本では「地熱は高い」ということになっています。

2002年にNEDOによって行われた地熱開発促進調査によると、15年平均で12.87円/kWh、30年平均で11.03円/kWhとなっています。2011年の日本エネルギー経済研究所による試算によれば、火力の10.2円/kWh、原子力の7.2円/kWhに対して、地熱発電(地熱等新エネルギー)は8.9円/kWhとなっています。確かに海外に比べると高いのですが、既存電源に対抗できないレベルではないように思います。

 それにもかかわらず地熱発電の経済性が問題視されるのは、主に、内在するリスクに起因していると思われます。地熱発電所の開発には環境評価を含めて10年以上にも渡る年月が必要です。しかも実際に地熱井の掘削をしても資源が得られないことも度々あります。この点では石油開発に似ています。しかし掘削が成功しても得られるのは熱と電気です。石油のような一攫千金とはいきません。つまり、地熱開発は「ハイリスク・ローリターン」なので、銀行や他の資本市場から投資資金を確保することが難しいといわれます。

 2つ目の問題は、近隣の温泉事業者からの反対です。多くの場合、地熱発電に適した場所の近くには温泉場が存在しています。温泉事業者は、地熱資源の開発によって、温泉の湧出量の低下や、温泉の消滅を危惧して、地熱開発には反対する傾向にあります。地中の深部にある地熱資源と浅部にある温泉は切り離されているわけではないので、長年事業を営んできた温泉事業者が心配するのも無理はありません。そこで地域の合意プロセスが重要なのですが、ここが必ずしもうまくいっていません。

 3つ目の問題は、自然公園法による規制です。日本における地熱資源の埋蔵量の82%は国立公園特別保護地区と国立公園特別地域内に存在するといわれています(村岡、2008)。国立公園の開発規制を受けない地域は425万kWしか存在せず、その内53.5万kWは既に開発済みです。国立公園内での開発規制が緩和されない限り、地熱発電の大きな成長は望めません。

産業競争力への効果

 地熱資源は、一見、有望な再生可能エネルギーに見えるのに、その利用が一向に進んでいません。こうした状況では、「本当に地熱発電は進めるべきなのか」「進めるとしたらどのように進めるべきなのか」といったことが政策的なテーマとなります。経営学者の立場からすれば、地熱発電の普及を通じて、「環境/エネルギー問題の解決と産業発展(企業収益)を両立させるにはどうしたらよいのか」ということが研究上の問いになります。

 この問いに答える上で、まずは、日本で地熱発電が普及することが、日本の産業競争力や日本の経済発展に寄与するのかという点を確認しておく必要があります。太陽光や薄型TVの事例でみられたように「普及≠経済発展」だからです。

 地熱発電には大きく分けると、二次媒体を利用する低温小型のバイナリー発電と蒸気をそのまま活用する高温大型のフラッシュ発電があります。先ほど日本の3社が地熱タービンにおける世界シェアの67.6%を占めていると言いましたが、それはバイナリーも含んだときのシェアで、フラッシュタイプだけに絞れば、日本企業のシェアは70%を超えます。逆にバイナリー発電では日本企業のプレゼンスはほとんどありません。

 ここから直接的にいえることは、中型から大型のフラッシュ発電所の普及からは、日本企業が直接的に恩恵を受けることができそうだということです。日本で地熱開発が進めば、タービンやその他の主要機器に加えて、掘削やプラント建設についても、国内企業が受注すると思われます。さらに、資源量の多い日本で地熱開発の経験を蓄積することができれば、その経験をもって、従来以上にグローバル市場で優位に戦うことができそうです。経営学者として、このあたりはもっと深い分析をしなければいけませんが、経済的な電源として普及することができれば、3つ目の「産業競争力」はクリアできると思いました。

 ここで「いかに経済的な電源として普及させることができるのか」という問題に絞られることになります。

普及のための政策的対応

 この問題に対してこれまで、規制緩和と固定価格買取制度(FIT)という、大きくは2つの政策がとられてきました(その他、数々の補助金もある)。規制緩和として大きいのは、2014年3月に、国立国定公園の第2種もしくは第3種特別地域での開発が、様々な条件付きではあるものの、認められることになったことです。国立・国定公園内には良質な地熱貯留槽があると考えられ、規制緩和は、地熱開発の経済性を高めるという点でも普及を促進すると期待できます。

 もう1つの目玉政策は、2012年7月に施行された固定価格買取制度(FIT)です。地熱に対しては、15,000kW未満の小規模発電については40円/kWh、15,000kW以上の中規模、大規模発電については26円/kWhという買取価格が設定され、この価格は2015年度も継続される予定となっています。上で紹介しました海外事例での発電単価を考えると、太陽光のケース同様、破格の買取価格といえます。

 高い買取価格は、それが事業者の収益性を高め、投資を誘発し、普及を促進し、規模と経験の経済性によって、将来的に大幅なコスト低下が実現されて始めて正当化されるものです。この点に関して現行の買取価格に対しては、いくつか疑問を感じざるを得ません。

 そもそも、市場規模が大きくなれば、本当に安くなるのかという点です。半導体や電子機器と違って、地熱発電所の数は限られています。量産品ではなく、設計は個々の案件にカスタマイズされる傾向にありますので、普及による規模の拡大がそれほど大きなコスト削減につながるようには思えません。もちろん案件が増えればリグ(掘削機)の稼働率が上がるなど、規模の効果がないわけではありません。しかし、それがどれだけの効果なのか、それが、高い買取価格や様々な補助金の支出に見合うだけの効果なのか。この点をきちんと判断しなければなりません。

 そのためには、「なぜ日本の地熱が高いのか」、その原因を突き詰める必要があります。私もそれを試みてはいるのですが、なかなか本質にまで至りません。情報が公開されていませんし、補助金頼みの産業では、事業者が本当のコスト情報を公開したがらないということもあるように思います(補助金に見合った価格になっている)。そもそも貧弱な貯留槽などの自然条件が問題であれば、普及はコスト低下につながりません。競争の欠如に起因する超過利潤が原因であれば、市場拡大による参入者の増大は確かに効果がありますが、FITや補助金で潤っている内は、コスト削減の努力がおろそかになる危険性があります。

 さらに問題に思えるのは、現在の政策が、小型地熱発電に傾斜的に恩恵を与えているようにみえることです。先ほどの環境省による国立・国定公園の規制緩和でも、温泉水を用いるような小型のバイナリー発電を推奨しています。環境との調和、地産地消という言葉と確かに馴染みがよく、受け入れられやすいのかもしれませんが、環境/エネルギー/産業発展を同時に追求するという目的とはかけ離れているように思います。

 次回はこの点のお話をしたいと思います。

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