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書斎の窓

巻頭のことば

世界システムと日本

第1回 インド・パシフィックの時代

東京大学東洋文化研究所教授 田中明彦〔Tanaka Akihiko〕

 海洋を中心に世界史や国際関係をみる見方がある。近代の欧米の勃興の時代を「大西洋の時代」といったりする言い方である。そして、これに対して、20世紀の後半とりわけ1980年代ころから「太平洋の時代」とか「環太平洋の時代」とか「アジア太平洋の時代」などという呼び方がなされるようになってきた。

 たしかに欧米以外の国のなかで日本だけが高度成長をとげていた1960年代にくらべ、1980年代になると、韓国、台湾、香港、シンガポールがめざましい経済成長をとげ、これに1990年代の東南アジアや中国の経済成長が続くことによって、世界経済の重心が太平洋地域に移りつつあるとの見方を生んだのであった。iPhoneの裏面には“Designed by Apple in California Assembled in China”と刻んであるが、その部品の多くが日本や台湾、韓国で製造されている。iPhoneは、まさに「太平洋」のシンボルなのかもしれない。

 筆者は、3年前に日本の政府開発援助を実施する国際協力機構の理事長を仰せつかって、ODAの実務に携わることになった。この3年間、日本が世界中で行っている国際協力の現場を見て、現地の人々とも話し合ってきた。その経験から浮かび上がってきた重要な海は、インド洋であった。

 東南アジア、南アジア、アフリカのインド洋に面する国々やインド洋に面する国々の奥にある内陸国を訪問してみて、いかにこれらの国々の可能性が大きいかを実感した。これらの国々は、インド洋を通してつながり合っていくことによって、さらにダイナミックな発展をとげるであろうと思った。

 かつてサブサハラアフリカは、貧困と停滞の象徴的地域であるといわれた。近年、サブサハラアフリカは、東アジアに次ぐ経済成長を遂げている。多くの国が、過去10年平均で5パーセント以上の経済成長をとげているし、今後の経済成長の見通しも明るい。もちろん、インド洋を取り囲む国々の開発にとって難問は山積している。絶対貧困人口は依然としてきわめて多いし、乳幼児死亡率や妊産婦死亡率がなかなか低下しないなど保健衛生面の困難もある。内戦や国内政治不安に悩む国々の問題は長期的に継続するであろう。しかし、インド洋を取り囲む相当数の国々において、かつて日本や東南アジアや中国の高度成長に向かう時に存在したようなダイナミズムが存在することは否定できないと思う。

 ルワンダといえば、1990年代なかばに大虐殺が起こった国として覚えている読者も多いと思う。今ルワンダの首都キガリに行けば、ここは20年前のシンガポールかしらと思うほどの清潔感と美しい緑に取り囲まれた町並みに出会うことができる。JICAも支援しているK-LabというICTを駆使した起業家のインキュベーションセンターは、サンフランシスコにあるインキュベーションセンターのような雰囲気に包まれている。

 もちろん課題は多い。とくにルワンダは内陸国であって、タンザニアを通るかウガンダ・ケニアを経由するかしないとインド洋に出られない。現在、JICAは、タンザニアからルワンダにつながる「中央回廊」、ケニアから内陸にはいる「北部回廊」の整備の支援をしている。「北部回廊」のインド洋への出口はモンバサ港である。この港の能力を向上させることで、インド洋からアフリカの内部への物流が画期的に向上する。

 インド洋の反対側では、ミャンマー南部のダウェイというところに深海港を作るという企画がでている。ホーチミンシティからプノンペンを経てバンコックにつながるメコン地域の「南部経済回廊」もJICAの支援しているインフラである。南部経済回廊がバンコクからさらにダウェイにつながると、まさに東アジアはインド洋に出口を持ち、ここからインドをへてモンバサに物流がつながっていく。

 近代以前、インド洋はアジアからアフリカを結ぶ一大交通路であった。21世紀の今日、再びインド洋は世界経済を結ぶ海洋となろうとしている。引き続き重要な「太平洋」について考慮すれば、世界は、いまや「インド・パシフィックの時代」になったといってもよいのではないか。

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