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連載

経営学者が考える環境・エネルギー問題

第3回 太陽光発電の普及(2)中国太陽電池産業急成長のメカニズムI

一橋大学イノベーション研究センター教授 青島矢一〔Aoshima Yaichi〕

はじめに

 前回は、固定価格買取制度(FIT)における破格に高い調達価格の設定が、長期的に国民の過大な負担を課すにとどまらず、産業政策上も好ましくない結果をもたらす可能性があることを指摘しました。そのように私が考えた背景には中国での現地調査があります。私は2011年から中国の太陽電池産業の一大集積地である無錫市において、詳細なフィールド調査を行っています。その過程で、中国の太陽電池製造企業の競争力が、政府による経済支援、外部からの汎用プロセスの大量購入、安い人件費といった、一般にいわれるような外部要因で片付けることができないことがわかりました。

 これらが競争力の主たる源泉なのであれば、FITを含む政策による一時的な産業保護は、企業競争力の維持という点で一定の意味をもつかもしれません。しかし、後述するように、中国の太陽電池産業の強さは、それら外部の要因だけでなく、むしろそれ以上に、企業や産業の内部要因に帰することができます。そうであれば、日本の太陽電池企業が中国企業と競争するためには、企業内部から競争力を強化しなければならないということになるのですが、破格に高い調達価格による一時的な国内企業の保護は、多少の延命には貢献しても、決して本質的な競争力強化にはつながりません。この状況は今もって変わっていないと思っています。

 実際、日本企業の太陽電池事業は、2013年度には大幅増益となりましたが、2014年度については、逆に大幅な減益予測となっています。国内トップのシャープの太陽電池事業は、2013年度(2014年3月決算)に前年度の赤字から一転して324億円の営業利益を計上し、売上高営業利益率も7%まで上昇しました。しかし、それが、2014年度の予測では1億円にまで減少すると発表されています。急速な円安によって輸入品に対する価格競争力が増大することが期待されるにも関わらず、現実にはそうはなっていません。日本企業は、既に材料、セル、モジュールの多くを海外からの輸入に頼っているので、円安はむしろ逆風となっているのが実態です。現状を見る限り、将来における多大な国民負担に支えられるFITの産業支援の効果は極めて短期的であるようにみえます。

 中国企業/産業の発展メカニズムを理解するにつれて、私は、中国企業と同じ土俵で日本企業が競争することは好ましくないと考えるようになりました。そして同じ土俵での競争を念頭においた政策誘導の効果は、国民負担の割に、極めて限定的なものであると思いました。エネルギーの安定供給と環境問題を解決しつつ、将来的な国富を考えるのであれば、一時的に国内企業を保護するのではなく、むしろ、中国製の安価な太陽電池を使って効率的に太陽光発電施設を設置するよう努力した、競争力ある企業のみが利益を享受できる程度に調達価格を設定すべきであったと思います。当時、中国企業は多くの在庫を抱えており、円高もあって、極めて安価に太陽電池を調達することができました。それを利用しない手はありません。国内企業の競争力強化は、研究開発支援など、別の方法で行うべきだと思いました。

 中国企業と同じ土俵で戦うべきではないと思ったのは、中国太陽電池産業に急発展をもたらしたメカニズムそのものが、必然的に熾烈な価格競争を引き起こし、中国企業でさえどこも利益を得ることができないというような状況になっていたからです。それは、経済学の初歩的な教科書が教える「完全競争」状態に近いと感じました。そこに企業の余剰利潤はありません。中国がそのような状況にある中で、少なくとも現状の技術を前提とした太陽電池産業で日本企業が国際競争に勝てるとは到底思えません。であれば、中国企業のコストダウン努力(それに一部の政府支援)の恩恵を最大限に享受して、効率的に環境とエネルギー問題を解決するような政策の方が好ましいと思ったわけです。

 こうした結論を導く背景として、中国太陽電池産業の発展メカニズムと競争力の源泉、そしてその脆さについて、2回にわたってお話したいと思います。

太陽電池産業における中国企業の急成長

 太陽電池産業において特筆すべきは、先端的なハイテク産業であるにもかかわらず、実質的な市場の立ち上がりとともに、中国/台湾企業が一気に世界市場を席巻してしまったことです。世界の発電容量が7・5GW程度と、まだ小さかった2006年時点で市場を支配していたのは日本企業でした(トップはシャープ)。しかしその後、FITによってドイツを中心とした欧州市場が立ち上がると、シャープはトップの座をドイツのQセルズに明け渡すことになります。しかし、ドイツの国内政策の恩恵を一時的に受けたQセルズの好調も2008年までのことで、その後同社の経営状況は急速に悪化し、最終的には2012年に経営破綻します。代わって世界一の座についたのが中国のサンテックパワーでした。2006年に7.5GWだった世界の発電容量は、2011年にはその10倍近い72GWにまで成長し、世界の太陽電池セル生産の75%が中国/台湾企業によって行われることになりました。

 中国企業の急成長に対する一般的な説明の1つは、中国政府による手厚い保護政策によるというものです。この解釈に基づいて、米国は、中国製太陽電池に高い反ダンピング課税をかけています。確かに、中国政府は太陽電池企業に対する低金利の融資を誘導してきましたし、土地についても無償に近い条件で提供してきました。しかしこれらの恩恵を主として受けることができたのは初期段階に事業を始めた大手メーカーです。中国には無数の中小企業があり、それら中小企業が価格低下を主導していますし、また、大手企業に対してOEM供給もしてきました。そうした中小企業は必ずしも政府支援の恩恵を大きく受けていたわけではありません。人件費の安さを成長の原因にあげる人もいますが、セル製造は装置生産ですし、組み立てが発生するモジュール製造でも、そのコストの多くは材料費です。人件費抑制は重要ではありますが、製品コストに何十パーセントという差をもたらすものではありません。

 急成長に対するもう1つの説明は、政府支援によって手にした豊富な資金をもって、製造ライン全体を一括して提供する欧州のターンキーソリューション(TKS)企業からノウハウごと購入してきたというものです。しかしこれは事実に反します。主要なTKS企業であるドイツのCentrotherm社とSchmidt社を訪問しましたが、中国企業はTKS契約は結ばないという話でした。これは中国側での調査結果とも符合しています。

 政府の支援が後押ししていたことを否定する訳ではありませんが、土地と資金の提供だけでは急成長を説明することはできそうにありません。TKS企業に依存しないとするなら、少なくとも、製造ラインを組み上げて最適化するためのプロセス技術が必要になります。また輸出先の各国の品質基準を満たすための品質管理や改善ノウハウも必要です。材料が大きなウェイトを占めるこの産業においては調達や購買に関する情報や能力も必要になります。

 産業が急速に発展するためには、技術力、資金力、マネジメント力におけるボトルネックを解消しなければなりません。資金面でのボトルネック解消において政府の後押しが有効に機能したのかもしれません。しかし、技術とマネジメントのボトルネックは政府支援だけでは克服できません。中国の太陽電池産業発展の初期段階ではプロセス技術をもつ技術者とマネジメント力をもつ経営者が決定的に不足していたと思います。その希少性を克服するプロセスにこそ、中国太陽電池産業の急速な発展のメカニズムがあったと思われます。

希少資源克服のメカニズムとその帰結

 紙面が限られているので、今回は、中国の太陽電池産業が希少資源(技術とマネジメント)を克服してきた6つのメカニズムをリストアップするにとどめ、それらについての詳細は次回に説明したいと思います。

 

(1) 海外留学者を介したプロセス技術の移転

(2) 製造装置を通じた技術移転と国産化装置の伝播

(3) 大手企業での人材育成とスピンアウト

(4) 企業間人材移動による技術情報とベンダー情報の伝播

(5) 友人ネットワークを介した情報移転と相互学習

(6) 社長の請負によるマネジメントの伝播

 

 これら6つのメカニズムによって、中国の太陽電池産業では、希少資源である技術情報(力)とマネジメント情報(力)が、企業の枠を超えて効率よく利用されています。ボトルネック資源があたかも公共財であるかのように産業内で多重利用されています。それが、急成長をもたらしたメカニズムの本質であるというのが、私が調査から得た今のところの仮説です。

 希少資源の克服を通じて急成長は成し遂げることができた一方で、情報伝播や相互学習の結果、企業間の差異はほとんどなくなりました。だからこそ熾烈な価格競争となり、急速な価格下落が実現されたわけですが、企業にはほとんど利潤が残らないという状況となっています。一時は世界一となったサンテックパワーも2013年には経営破綻し、多くの中小モジュールメーカーも次々と市場から撤退しています。

 私は、中国の無錫で開催される再生可能エネルギーのEXPOに3年続けて参加しましたが、昨年(2013年)とは様変わりしており、今年(2014年)は、モジュール専業企業の展示は見かけませんでした。展示していた企業のほとんどは発電所建設を手がける垂直統合企業です。モジュールとセルは汎用材となり、既に収益の源泉にはなりえないということを意味しています。

 中国企業のおかげで、太陽電池の価格は急落し、世界に太陽光発電が普及し、今や代替電源として考慮に値するレベルにまでなりました。しかし当の中国企業がそれで大きな利益を上げたかといえばそうではありません。

 中国企業にインタビュー調査を始めた頃、「不思議だな」と思ったことがあります。1つは、製品コストの内訳まで細かく教えてくれることです。日本企業ではありえないことです。お互いに知っていることなので、あえて隠すまでもないということのようです。技術情報も購買情報も筒抜けですから原価構造も推察がつきます。スポット価格も契約価格も共有情報としてウェブページで共有されているのがこの業界です。コスト以外で企業間の差別化余地がほとんどありません。

 もう1つ不思議だと思ったのは、インタビューの間に競合企業の話がほとんどでないことです。話がでるのは、数カ月後の予想価格と、その価格を実現する方法についてです。経済学がいう「プライステイカー」を思い出しました。冒頭で「完全競争」状態に近いと感じたというのはこのことです。

 このような産業において、中国企業と同じ土俵(セルやモジュール)で日本の太陽電池企業は本当に戦う意義があるのか。それを前提とした保護政策に意味があるのか。FITの高い調達価格に反対しているとき、私は、そのように考えたわけです。

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