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連載

経営学者が考える環境・エネルギー問題

第2回 太陽光発電の普及(1)固定価格買い取り制度の影響

一橋大学イノベーション研究センター教授 青島矢一〔Aoshima Yaichi〕

はじめに

 前回は、経営学者として私が環境/エネルギー問題に関わるようになったきっかけを説明し、「エコポイント制度」を事例に、環境/エネルギー政策において見落とされがちな側面を、経営学がどのように埋めることができるのかをお話しました。今回は、太陽光発電システムの普及促進政策として2012年7月から始まった全量固定価格買い取り制度(FIT)を取り上げたいと思います。私が、太陽光発電に対するFITに注目したのは、TV産業においてエコポイント制度が企業にもたらした影響の構図と同じ構図をそこに見たからです。再生可能エネルギーである太陽光発電の普及自体は確かに良さそうに見えます。しかし、大きな国民負担を強いるFIT政策の先には、企業競争力の増大を介した富の還元のシナリオがなければいけません。そのシナリオがどうにも描けませんでした。そしてそこに経営学者として貢献できる部分があると思いました。

日本のエネルギー政策の転換

 2011年3月の東日本大震災による福島第一原発の事故は、日本のエネルギー政策を大きく転換させました。原発事故以前の2009年に公表された資源エネルギー庁の「長期エネルギー見通し」では、2030年には電力消費全体の49%を原発でまかなうことが想定されていました。これは、京都議定書以来課題となってきた温室効果ガス削減のためにも必要なシナリオだったと思います。このシナリオが福島の原発事故で一気に吹き飛んでしまったのです。将来的な原発稼働の是非は国民的な議論に委ねられましたが、少なくとも当面、日本が原発に依存できないことは明らかでした。だからといって火力発電による埋め合わせを続けるわけにもいきません。温室効果ガスの削減は変わらず求められているし、大量の化石燃料の輸入が電力コストを押し上げることは経済的には大きな痛手です。日本は、「電力の安定供給」、「温室効果ガスの削減」、「経済成長の実現」という相互に矛盾しがちな3つの目標を同時に達成するために、極めて難しい連立方程式を解かなければならなくなったわけです。

 その難しい連立方程式を、いとも簡単に解いてくれそうな方法が、再生可能エネルギーの普及政策です。温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーが原発の減少分を補い、さらに、再エネ・省エネ産業が発展すれば、3つの課題は同時に解決できそうです。そこで政府は、再生可能エネルギーの拡大を目標にかかげ、その実現のために早急にFITの導入をすることに決めました。FITは、再生可能エネルギー由来の電力を、電力会社が一定期間固定価格で買い取ることを義務づける制度です。

高い調達価格が産業にもたらすもの

 2012年7月に施行を予定されたFITの調達(買い取り)価格が2012年春に議論されている頃から、私は、FITによる高い調達価格には反対してきました。FITという制度そのものの意義を否定するわけではありません。ただ、高すぎる調達価格は、TV産業におけるエコポイントと同じように、産業の発展と企業競争力の向上にとって悪影響を与えると思ったからです。

 太陽光発電に対する初年度(2012年度)調達価格は、40円/kWh(税抜き)で、買い取り期間は20年と決まりました。国際的にみると破格の買い取り条件です。この発表を新聞で読んだとき、私は強い危機感を感じました。当時、太陽光発電の先進国であるドイツの調達価格は、既に20円/kWhを下回っていました。中国やインドでも10円/kWh台でしたから、日本の調達価格がいかに高いのかがわかります。

 高い調達価格は、非効率な国内企業を一時的には保護するかもしれません。しかし、起きうる企業行動を読み解けば、それが、以下の3つの点から、長期的な産業/企業競争力に悪影響を与える可能性があることが想像できました。

 

1.破格の調達価格は、太陽光発電導入のブームを引き起こし、当面は国内企業に利潤をもたらすが、同時に輸入品の急増も引き起こし、(国内企業のコスト削減努力が緩慢になることも相まって)調達価格が下がった段階で日本企業は大きな痛手を被る危険性が高い。

2.急速な需要拡大へ対応するため、既存技術の改良に当面注力するため、次世代技術の開発が遅れる危険性がある。既存技術(結晶シリコン系太陽電池)では既に中国企業が高い競争力をもっており、次世代技術開発の遅れは、長期的に企業競争力を削ぐ可能性がある。

3.高い調達価格での太陽光の急速な普及による電気代の増加は、国内を拠点とする企業競争力を削ぐことになる。

 

 1つめが、エコポイント制度がTV産業に与えた影響の構図と同じです。なぜ、同じことが起きると考えたのか。それは、薄型TVと同様に、太陽電池の技術が既に汎用化されており、多くの企業が熾烈な価格競争を繰り広げていたからです。コモディティ化の進展はTV産業以上です。私が訪問した中国の太陽電池企業のいくつかは、とてもきれいとはいえない町工場でシリコンウェハや太陽電池モジュールの生産を行っていましたが、それでも大手の有名ブランド向けに製品を出荷していました。技術開発はほとんど行わず、ひたすら、市場価格の下落に追従すべくコストダウンに腐心していました。その結果、2012年の時点で既に中国の太陽光発電システムの単価は10〜12元/wまで低下していました(現在は7元/wくらいです)。当時の為替レートで計算すれば、120〜150円/wといったところでしょうか。電力単価に換算すると10〜12円/kWh程度になります。ここからも40円/kWhという日本の調達価格が海外の常識から大きく乖離していることがわかります。

 TV産業では台湾を中心に分業体制が築かれており、安価なTVを供給できる体制が整いつつありました。それゆえ政策誘導によって拡大した日本市場に多くの海外製品が流れ込みました。太陽電池についても同じことが起きることは容易に想像できました。状況は、薄型TV産業以上にひどくなるだろうと思いました。太陽電池産業の参入障壁は低く、資金さえあれば、製造装置を購入して、生産技術者を引き抜いて、簡単に起業することができます。こうして起業した多くの企業が熾烈な価格競争を行っていました。さらに日本にとって問題だと思ったことは、太陽電池産業では、製造装置でも材料でも日本企業が競争力を失っていたことです。薄型TVではパネルでの競争力は低くても、製造装置や材料の多くは日本企業が供給していました。だから海外のTVメーカーの成長は日本の産業にとっても部分的には恩恵がありました。太陽電池産業ではその恩恵もほとんどありません。だから破格の調達価格で国内市場を急拡大することは決して、日本の産業のためにならないと考えたわけです。

 国内市場の拡大によって、規模の経済性が働き、コストダウンによって太陽光発電の経済性が高まり、日本企業の競争力向上にもつながるという考え方もあります。実際、FITの導入検討過程では、そのような論理が展開されていました。しかし簡単には受け入れがたい論理です。海外における太陽電池の価格は既に大幅に低下していました。日本市場の拡大が国際市場における価格低下をもたらすとは思えません。そもそも、太陽電池のコストの過半は材料費であり変動費です。だから大量生産によるコストダウンには自ずと限界があります。近年の急速なコストダウンの多くは上流のシリコン価格下落によるものです。また、たとえ日本市場の拡大が規模の経済性をもたらすとしても、その恩恵は日本企業だけに限ったことではありません。日本市場から海外企業を排除する保護政策でもない限り、日本市場における普及拡大政策が、日本企業の相対的競争力につながるとは思えません(そうした保護政策が効率的な再生可能エネルギーの普及にとって足かせになることは明らかです)。

現状について

 実際に、上記のような推論どおりになったのかというと、それはまだわかりません。論理は正しくても、現実には様々な要因がかかわってきます。高い調達価格のおかげで、予想通り、日本では太陽光発電のブームが起きました。2014年3月には1ヶ月で2,500万kWもの設備が認定されました。FIT施行から2014年5月末時点までの累計ですと6,500万kWです。そのうち、実際に運転開始しているのはまだ1,000万kW強ですが、認定された設備は、すべてではないにせよ、今後順次速やかに稼働を始めるはずです。太陽光発電先進国であるドイツにおける太陽光発電設備の累計の導入量が3,600万kW程度であることを考えると、日本におけるブームの大きさがわかります。こうしたブームに支えられて、日本の太陽電池企業や施工業者は、現状、利益を享受しています。これまでは、海外製太陽電池を使ったプロジェクトには資金がつきにくいとか、日本での製品の認証に時間がかかるなど、海外企業に対しては一定の参入障壁がありましたし、円安の進行や、事業目的でない家庭用システムでは日本ブランドが好まれるということからも、海外製の国内浸透は私の予想よりは緩やかでしたが、それでも既に7割近くは海外生産品となっています。高い調達価格が決まっている設備が一巡して、海外のように調達価格が下がったときには、薄型TVと同じようなことが起きる可能性が高いです。ただし日本企業もそのことは理解しており、国内市場の拡大にあわせた設備投資は控え、海外企業からの調達を増やしています。

環境/エネルギー政策を考える3つの問い

 環境/エネルギー政策を考える上では、(1)その対策は環境/エネルギー問題の解決にどの程度寄与できるのか(技術的側面)、(2)その対策は、国民負担の少ない経済的な対策であるか(経済性)、(3)その対策は、長期的な産業発展を通じた富の還元をもたらすか(産業競争力)、の3つをバランスよく考える必要があります。前回の省エネ家電も、今回の太陽光発電も、確かにエネルギー/環境問題の解決に寄与する技術だといえます。しかし、それが経済的であるかといわれれば、ノーといわざるをえません。例えば、FITで設備認定された6,500万kWのシステムがすべて稼働したら、年間の買い取り額は2兆円を超えてしまいます。これがすべて国民負担になるわけではありませんが(運転開始時期や回避可能原価などを考慮する必要がある)、それでも膨大な負担であることにはかわりありません。このように経済性が低い政策には、「環境/エネルギー」だからという言い訳がつくことが多いのですが、環境/エネルギー問題も結局は経済的な問題に帰着します。もう1つの言い訳は、「企業の競争力につながるから」というものです。しかし多くの政策はこの部分の分析がおろそかになっています。こここそ経営学者が、現実に即した詳細な分析をした上で、貢献すべきところだと思っています。少なくとも、FITによる高い調達価格は、企業競争力を高めるとは考えにくいというのが私の結論だったわけです。その結論を強く支えたのが、中国における幾度にも渡るフィールド調査から判明した、中国企業の強さともろさの源泉にありました。その点は次回お話ししたいと思います。

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