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自著を語る

著者解題

『国家作用の本質と体系I――総則・物権編』

京都大学大学院法学研究科教授 仲野武志〔NAKANO, Takeshi〕

仲野武志/著
A5判,486頁,
本体7,600円+税

本書の視座

 国家は、法律に根拠があれば、私人の権利利益を侵害することができる。しかしながら、立法者といえども万能でなく、憲法の許容する限度を超えて私人の権利利益を侵害する法律は違憲・無効とされる。たとえば、検閲や拷問を認める法律のように。

 ところが、財産権を侵害する法律については、その憲法上の許容限度は必ずしも明瞭でない。財産権を侵害する法律のテクストが憲法29条のテクストに反するのはいかなる場合かという問題については、森林法違憲判決等を手がかりに、憲法学界で多々議論が展開されているところである。

 これに対し、本書では、やや視角を変えて、私権を形成する諸々の国家作用を網羅的に取り上げ、いかなる理論的根拠によって正当化されているかという観点からそれらを類型化するとともに、どの類型のコンテクストにも収まりきらない、いわば相場から突出した法律テクストをあぶり出すという戦略がとられている。

 サンティ・ロマーノいわく、法秩序(ordinamento giuridico)は個々の規範の集積にとどまらない実在であり、個々の規範の解釈、場合によっては効力までもが、それによって決せられる(1)。わが国の内閣法制局による法令審査でも、法令案と既存法体系との整合性の審査に、最大の力点がおかれている(2)

 それにもかかわらず、法律のテクストが諸法律のコンテクストに反しないかという視座から現行法制を分野横断的に通覧した研究は、これまでほとんど現れなかった。本書は、ささやかながら、その欠を埋めようとする試みである。

私権形成的な国家作用とは

 「私権」とは、狭義には物権及び債権を指すが、本書ではより広義に、両者の主体たる資格(人・法人)、前者の客体たる資格(物)、両者の発生原因たる精神行為(法律行為)及び時効の利益も含めて用いている(3)

 本書でいう「形成」とは、(私権を)私人の意に反して発生させ、変更し、又は消滅させることを指す(4)。これは法的な行為であって事実行為でない。「物を発生させる」作用とは、空気から窒素肥料を合成することでなく、たとえば既存の筆界を無視して土地の境界を決定することをいう。

 本書でいう「国家作用」は、行政行為に加え、措置法律(特定の人又は物に適用される法律)及び非訟事件の裁判等も含めて用いている。措置法律は(形式的には立法作用だが)法律の形式を借りた行政行為ともいえるし、非訟事件の裁判も(形式的には司法作用だが)実質的には行政作用とされるからである。但し、筆者は私法学を専門としないため、非訟事件の裁判等については、行政行為との必要最小限の対比を行ったにすぎない。

 本書が特に「私権」を「形成」する作用を考察対象に選んだのは、それらが許認可等に基づく地位を侵害するより深刻であり、かつ、命令的な作用より法律構成として直截であるため、あらゆる侵害作用の中で最も厳密に立法されなければならないと考えられるからである。したがって、私権形成的な国家作用の許容範囲が解明されれば、残余の作用の許容範囲については、かなりの部分が自ずと浮かび上がってくることであろう。

 本書では、立法例を遺漏・重複なく俎上に載せるため、民法に規定されている順序で私権を取り上げ、それぞれの私権を発生させ、変更し、消滅させる立法作用、行政作用及び司法作用という類型ごとに検討を進めている。そして、各類型に該当する立法例が、旧法令も含めて悉皆的かつ系統的に分析された後、正当化根拠別に再分類されている。このような組替えによって得られた立法例の類型こそが、本書がめざす新たな行政法各論体系の構成要素となるのである。

 副題や目次(編名・章名)を一瞥して、民法の本かと早合点される向きがあるやに聞くが、本書はあくまでも行政法の分析のため民法の目次を借りたものにすぎない。検討の前提として私法上の論点にふれた箇所もあるが、いずれも判例を基礎としている。これは、現行法制のコンテクストを言語化するという、本書の課題に由来するものである。

 私法学説については、特に行政法と関わりの深い論点(たとえば本書169頁註[93]参照)を除き、その学説を初めて提唱した文献しか掲げていない。例えば境界確定訴訟を形式的形成訴訟とする学説は、山田正三博士を嚆矢とし、兼子一博士らがこれに続くが、本書では兼子博士以降の文献を挙げるのは省略した(本書79頁註[30]参照)。ひとえに紙幅の都合によるものであり、ご寛恕願えれば幸いである。

続巻との関係

 債権を形成する国家作用については、目下、民法債権編の改正作業が大詰めを迎えているため、本書への収録を見合わせざるをえなかった。債権編と関連の深い意思表示等についても同様である。これらについては、改正結果を反映させた上で、続巻として公表する予定である。

 債権編を通じた全体のまとめについても、続巻に先送りされている。本書だけのまとめを設けなかったのは、たとえば地上権・賃貸借契約を形成する作用のように、物権・債権編に分かれながらも、正当化根拠を同じくする立法例が存在するからである。もっとも、各項目の末尾に設けた小括を比較参照すれば、総則・物権編だけでも、正当化根拠に一定のパターン性があることが了知されるであろう。

 これまでほとんど注目されてこなかった立法例としては、私法的構成を用いて私権を侵害する行政作用がある(国税の優先権、物上代位等)。これらを正当に評価するためには、債権編を含めたすべての立法例の分析が欠かせない。筆者としては、1日も早く債権法の改正が実現することを願うばかりである。

衆議院事務局・総務省行政管理局へのお願い

 本書では、現憲法下の法律の条文については、法律番号を手がかりに衆議院ウェブサイトで参照可能であるため、掲載を省略している。しかしながら、本書の刊行直後に、凡例に掲げたURLが変更されてしまった。現時点のもの(衆議院トップページ→立法情報→制定法律情報[http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/menu.htm])は、国会の回次のみで会期を表示しておらず、きわめて使い勝手の悪いものとなっている。

 読者には、これに代えて、国立国会図書館・日本法令索引トップページ(http://hourei.ndl.go.jp/SearchSys/)→制定法令→法律番号を入力・検索→被改正法令→関連情報へのリンク(衆議院 制定法律)という方法を紹介しておきたい。

 衆議院事務局の諸賢におかれては、法律番号を入力すればただちに条文が参照できるよう、改善を希望する次第である。

 併せて、昨年度までのウェブサイトでは、「詳細な検索」というページがあり、制定法律に絞った検索が可能であったが、現時点では、いったんサイト内検索をかけた上で、検索結果を制定法律に限定するという2度手間を余儀なくされている。検索結果が法律番号順に表示されず、改行時の字下げも法令全書どおりでなく、まちまちとなっている点は、従来のとおりである。これでは、立法例の先後関係を突き止めるのにも一苦労である。こうした点についても、是正をお願いしたい。

 ついでながら、総務省行政管理局・法令データ提供システム(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)は、霞ヶ関の部内用では、法令用語検索の検索単位が「本則中の条単位」まででなく「本則・附則中の項単位」までとなっており、NOT検索も利用可能である。これらのサービスは、長らく一般国民に開放されないまま、今日に至っている。同局の諸賢におかれては、国の法令を少しでも国民から遠ざけることのないよう、改善を希望する次第である。

 

(1)参照、拙著『公権力の行使概念の研究』(有斐閣)223頁。

(2)参照、拙稿「内閣法制局の印象と公法学の課題」北大法学論集61巻6号191頁。

(3)本書では、人格権を扱わなかった。人格権のうち名誉権等は、それ自体として財産的でないため本書の範囲外であり、土地所有者たる資格等と重複して認められるものについても、それを形成する国家作用を観念すること(大阪空港判決の伊藤補足意見につき本書10頁参照)は困難なためである(物権から物権的請求権を剥奪するのが物権性そのものを否定するに等しいのと同じく、人から人格権を剥奪するのは人たることを否定するに等しいからである。)。よって、公共事業の実施に当たり人格権に基づく妨害排除請求を封ずるには、事業損失が及ぶ区域に存する土地所有権そのものを消滅させるほかなさそうである。もっとも、収用適格事業のために事業区域外の土地を収用することは、附帯事業(土地収用法3条35号)としてのみ許容されるが、これには単なる緩衝地帯は含まれない(超過収用の禁止)。そこで、市町村が都市計画事業として緑地を整備し、公害防止事業費事業者負担法によりその費用を事業者に負担させるといった方法がありえよう。

(4)法人を形成する国家作用としては、さしあたり法人を設立し、目的を変更し、解散させる作用のみに限った。これは、制定時の民法第1編第2章(法人)の内容に対応したものである。このほか、株主総会等の決議や役員の任命については、続巻の意思表示や委任契約の章で取り上げる予定である。

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