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連載

ドイツ・ケルンから考えた日本――ケルン文化会館長異聞

第2回 ドイツ鉄道の旅 ドイツ自慢の超特急の現実は……?

千葉大学専門法務研究科名誉教授 手塚和彰〔Tezuka Kazuaki〕

 ドイツ(ドイツ鉄道:Deutsche Bahn AG.DB)は日本の新幹線に遅れること約20年、2004年以来、超特急のための新線を一部で作るなどして、全国の幹線でこれを走らせている。この車輛は、ICE(Inter City Express)と呼ばれ、かなりのスピードアップと快適な旅ができるようになったとされている。

 この車輛は、日本の新幹線やフランスの新幹線などとともに、中国の新幹線への激しい売り込み競争をした結果、北京、上海間をはじめとする新幹線網に採用されたことはよく知られている。しかし、中国新幹線は、開通後間もなく脱線転覆事故を起こし多数の死傷者を出した。しかも、原因が究明されないまま、脱線車両が片づけられている。

 ところで、日本のガイドブックや鉄道についての本には、書かれていないことも多数ある。たとえば、2012年現在、この自慢の新幹線がほとんど遅れたり、場合によっては、予定された列車が寸前にキャンセルされたりの状況が続出している。その一端は、新線が、在来線とつながっているため、在来線の遅れが、そのままICEに及んだりしていることもあるが、重要な原因はほかにある。

 私が最近経験した例を出してみよう。

 

 〈その1〉超特急の名前が泣く大幅遅れ――1時間の予定が5時間新幹線に缶詰になる

 2012年10月25日フランクフルトでの所用を終え、フランクフルト中央駅から18時10分発のICEで、ケルンには19時21分に着く予定であった。ところが、次のフランクフルト空港駅をほぼ定刻の8時25分に出て10分ほどで止まってしまった。モーターの故障だとのアナウンスがあり、25分後に何とか応急処理した様子で、のろのろと走り出す。途中の通過駅で、またストップ。あとからのICEを2台やり過ごして、また、のろのろ運転で、ケルン直前では、完全にストップしてしまう。この時点で、すでに2時間経過。その先がいつ動くのか分からず、アナウンスでは「今故障を直しているので、もうしばらくの御理解、御辛抱を」と再三いう。車内では、周辺の乗客もあきらめ顔で、「今夜はここで寝るのかな、これだけ待ちくたびれると疲れているので、眠れるぞ」などと冗談を言い合ったりしている。車掌が飲み物を配りだし、遅れに対する汽車賃の幾分かの払い戻し請求書を配ったりする(なお、最近、EU裁判所判決で、交通機関の遅れに対し、必ず補償することを命ずる判決が出ている)。結局、この汽車はケルンに22時58分にようやくたどり着いたのである。つまり、時刻表では1時間13分の予定のところを3時間37分遅れで、4時間50分かかったことになる。

 

 〈その2〉ときには、逆に、得する時もある

 こうした列車の遅れも、逆に、変なプラス効果をもたらす時もある。その翌々日(10月27日)、ケルンからミュンヘンへの出張をするため、朝7時55分発のケルン発、ミュンヘン行きICEに乗ろうとした。タクシーを呼ぶが、日曜日にもかかわらず来ないので、予定の汽車に乗るのをあきらめ、1時間後のつぎのICEに乗るつもりで、バスと地下鉄で、35分後に中央駅に着くと、何と乗るはずの列車が45分遅れでホームにいるではないか。それに乗り、ミュンヘンまでの長旅であったが、途中45分の遅れを取り返し、ミュンヘンには、10分少しの遅れで着いたのである。こうなると、列車ダイヤは全く当てにならず、出たところ勝負である。

ケルン中央駅よりライン河鉄橋(ホーエンツォレルン橋)を渡るICE

 なお、時々ダイヤの遅れで、出発ホームがくるくると変わり、予定と異なる列車が入ってくることがある。注意していないと、とんでもない方向に向かう汽車に乗ることになりかねないので、注意されたい。

 ところで、先の遅れは、完全に車両の点検や整備の不備によるものであるが、ドイツの新幹線の列車を独占受注し、納入するジーメンス(Siemens AG)社の納期どおりの列車の納入が行われなかった結果、車両を整備工場で、きちんと点検整備するためには、車両不足で休ませたりするゆとりがなく、あるいは、廃止すべき古い車両を走らせなければならないという事情があるという。現在253編成(1編成は8両編成、混雑区間では、これを2編成、つまり16両で運転する)が稼働しているが、慢性的な車両不足を呈してきた。そのため、新型車両が発注され、このクリスマスシーズンに間に合うように納入される予定であった。また、2010年の納入予定の第3世代のICE16編成をもって、マルセイユやロンドン(2013年)まで乗り込む予定であった。しかし、この納入が遅れ、この構想が実現できず、その上、2012年の冬の車両のやりくりがつかず、とりわけ、クリスマスシーズンの列車の遅れは避けられないという報道(Handelsblatt, 1‌6. Oktober 2012; Die Welt, 1‌0. Oktober, 2012)があったが、早速、それを経験せざるをえなかった。

 

〈その3〉25分で着くのに、1時間待ち

 12月2日の日曜日、所用を終えて、夕方デュッセルドルフ中央駅からの帰途である。17時50分頃着き、切符を買う。18時21分発のICE(ケルンメッセ駅18時42分着)があるのでと思い、列車のダイヤの一覧の掲示を見ると、何と、この列車はキャンセルされたとのこと。それに代わっての列車は18時27分発のIC(急行、ケルン着18時50分)があるので、それでどうぞとの表示もある。この列車も、何と45分遅れであるとの表示。次の18時32分発のIC(特急、ケルン着18時58分)も15分遅れである。しかし、寒いホームと地下道とを行き来しながら、結局、18時40分(これも少し遅れた)の近距離快速(RE)に乗り、ケルンに帰る。何と、最初のICEが、きちんと着けば、18時45分頃には帰れたのを、19時25分頃、ケルン着。つまり、デュッセルドルフ中央駅に入って、最短時間25分位で着けるところを、1時間半かかったことになる。しかし、このときの私は近距離であったので我慢ができたのだが、先のキャンセルされた列車はミュンヘン行きであったのだから、次の列車は1時間以上待たなくてはならない。こうしたケースでは、その列車に席を予約した場合、その座席指定もキャンセルとなってしまい、踏んだり蹴ったりである。まさに我慢強いドイツ人(気の短い日本人も郷に入れば……で仕方ない)ならではの話で、ガイドブックに書いてあるのとは相違し、昨今の汽車の旅は難しいのである。

 こうしてみると、日本をよく知るドイツの友人はよくいうのだが、日本の新幹線はすごいね、3分おきのダイヤで、遅れはほとんどないし、第一、車両がきれいだね、と。そういえば、ICEは、車両の中だけでなく、外も薄汚れていることが多い。相変わらず、日本の新幹線はドイツ人とて、うらやましい存在なのである。ただ、日本人がドイツを旅行するときに、ユーレル・パスやジャーマン・レールパスで、どの列車にも乗れるのに、外国人が新幹線でジャパンレール・パスを使おうとすれば、「のぞみ」には乗れず、「ひかり」と「こだま」にしか乗れないのである。よく、「ひかり」に乗る友人いわく、「ひかり」、「こだま」はお年寄りと外人さんばっかりですよと。観光立国を目指す日本にとって、考えさせられるところである。JR東海はじめ、新幹線の経営会社には、この点の改善を望むところである。

 

 話をドイツに戻すと、この間、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn AG)の経営分離が行われ、近距離については、1部はドイツ鉄道(DB)、1部は地域毎の第3セクターが設立されて、これが小さい2・3両編成の汽車・電車を走らせている。その間、日本も国鉄民営化の後、第3セクターの設立等があった時期と同じように、かつてのドイツ鉄道の従業員が、身分上、第3セクターなどに移る結果となった。

 2011年には、この鉄道従業員の組合のうち、運転手の組合が、幹線を走るドイツ鉄道の運転手と地域鉄道や第3セクターの運転手との同一賃金を求めてストライキを続けた。これは、日本でかつて1980年代までよく行われた国労、動労のストライキを思い出させることになった。ドイツの友人からは、日本もこういうストライキがあるのかと聞かれたので、かつてのことを話した。

 同様に、空港の労働者(この労働者はベルディー:Verdiというドイツ最大の産業別組合の組合員)のうち、地上誘導員のストなどが行われ、空の便(とりわけ国内便)の遅れや、キャンセルが続出したのは、2011年春のことである。

 労使関係、労働法の角度から論ずると、かつては、産業別の労働協約があり、これに拘束されており、ある職種や職場の労働者が、使用者と交渉し、ストライキをすることは禁じられていた。しかし、連邦労働裁判所が、一定職種の労働者、一部の職場の組織の交渉、協約締結権を認め、ストライキも可能という判決を出して以来、右のようなストライキが、空港や、鉄道全体を揺るがせることになったのである。

 2012年も押し迫った12月9日、1泊でベルリンに出張した。この際には、ケルン・ボン地区(冬はドイツでもっとも暖かい)は、雨であったが、ベルリンなどよそは雪模様で、乗る予定の便がキャンセルされ、空港で2時間半待ちであった。さらには、翌日の帰路では、空港のセキュリティー(やはり、Verdi所属の分会)のストライキがあり、やはり、ベルリン・テーゲル空港で2時間半待ちとなった。同じ会議に参加した、デュッセルドルフ在住のF氏は賢明にも、往復汽車でほとんど遅れがなかったという。

 どうぞ、日本からの旅行者には、こうした交通事情をよく理解の上、ドイツの旅をお楽しみいただきたい。

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