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書斎の窓

自著を語る

『ビギナーズ地域福祉』

住民・市民に見える地域の福祉を

関西学院大学人間福祉学部教授 牧里毎治〔Makisato Tsuneji〕

牧里毎治・杉岡直人・森本佳樹/編
四六判,360頁,
本体2,200円+税

 本書に「ビギナーズ地域福祉」と表題をつけたが、その趣旨は、初心に返って地域福祉を語ろう、初心者の視点から地域福祉を論じてみたいという願望からきている。地域福祉がなにであるかは、1970年以降論じられてはきたが、全容を示す定説があるというわけではない。いまだに混沌とはしているが、2000年の社会福祉法成立以降、法制的には地域福祉を実体的に把握することは可能になったとはいえる。法律に書かれている定義の解釈は別として、地域福祉なるものを原理的な体系と捉えるか、事業や活動といった実態として考えるかはそれぞれの論者に任されている。

 本書が企画されてから出版に漕ぎ着けるまで、紆余曲折しながら時間ばかり浪費してしまった。当初は編者である執筆者3人に加えてもう1人執筆者を予定していたのであるが、さまざまな事情が重なって、あらたな執筆者を加えて7人の共同作業として、本書がやっと出来上がったというのが偽らざる経過である。当初のねらいは、これまで地域福祉研究に関わりのあった4人でそれぞれの視点から、地域福祉をはじめて学ぶ者の視点から分かりやすい地域福祉論を書き上げようという企画からはじまった。社会学、コミュニティワーク論、情報論、財政論など多角的に地域福祉を捉え、それぞれの領域での説明を加えながら論じるというスタイルをとった。地域福祉を定義し、地域福祉の対象、方法、展開、基盤を論述するというオーソドックスな編集にはなっていないところに見られるように、執筆者がそれぞれ思い描く地域福祉なるものに縛りをかけないで語りかけている。執筆者が地域福祉をどのように描いているかは、読者が読み解く楽しみとして残してあるが、正直に告白すると、地域福祉を統一したコンセプトとしては固めることができなかったのだ。

 さて、ビギナーズとしての視点からといっても、どのような見方をするのかが明示されなければ、初心者はどこから手を付けていいのかわからないだろう。わかりやすくする常套手段は事例で説明するという手法をつかうのだが、実は分かったようで事例に偏った理解をしてしまう罠もある。専門用語を避けて、できるだけ日常的に使っている平易な言葉で語るというのにも限界があって、日常生活世界と専門的・抽象的ワールドを橋渡しするのもそう簡単ではない。ここでは、読者が1人の住民として地域福祉なるものに向き合ったとき、地域社会と地域福祉をどう理解するのか、地域福祉はだれがどのように進めているのか、地域福祉を推進する情報や計画はどのようになっているのか、そして地域福祉の財源はどうなっているのかという4つの領域に答えるという編成になった。

 住民あるいは市民の1人として、地域社会や地域福祉に向かう見方を編者はどのように考えているかを序章に用意させてもらった。読者は、まず序章からひもといていただけるものだと思っているが、初心者には付き合いにくい福祉と地域についてなじみやすいように住民目線から地域福祉のアウトラインを述べたつもりである。世代にもよるが、地域社会に関しては若い世代ほど馴染みが薄い。自治会や町内会の担い手や参加者が高齢者に偏っていて、最近ではPTAの活動にも老人クラブにも衰退の兆しがみられるという。要するに地縁系の住民団体は軒並み苦戦しているということなのである。住民として市民として地域に関わることはどういう意義があるのか、暮らしに困ったひとを包み込む福祉のまちを創るという意味はなんだろうという最初の一歩に言及してある。

 すでにお気づきのように、本書は4部構成にしつらえてある。第1部では地域福祉の対象でもある地域社会がどのように変化してきたか、そのなかで地域福祉はどのような発展をとげてきたのか、またこれからの地域福祉はなにをめざしているのかを書き込んである。第2部は、住民・市民の地域での福祉活動を支援してくれる専門職や地域福祉に関わる仕事をしている人たちがどのような職種なのか、どういう職場、組織の下で働いているのかということが書いてある。第3部は、住民・市民がおこなう地域福祉活動と専門職やケア職員、行政職などが仕事としておこなう地域福祉事業を融合させたものを地域福祉実践と呼ぶとすれば、その地域福祉実践をささえる仕組みや基盤整備はどのようになっているかについて解説してある。最後の第4章には、地域福祉を営む、あるいは推進する財源はどうなっているのか、資金の考え方や財源の種類、そして公的財源と民間財源について具体的に説明してある。

 もう少し面白く読むために4部構成ごとに案内をしてみよう。第1部の読み方は、地域社会を単なる空間として考えるのでなく、地理的、歴史的に制約のある地域社会が全体社会の影響を受けて、地域福祉がどのように形成されてきたか、そして福祉コミュニティなる理想にむかってどういう取組がされているのかを意識するように仕立ててある。エピソードのように地域福祉の歴史が語られる箇所もあるが、とかく地域福祉は国や自治体の政策として認識されやすいが、地域福祉政策が無い時代にも民間の地域における福祉活動の歴史があることに気づかされるだろう。政策として地域福祉が語られるようになるのは、1970年代以降であるが、実は地域福祉の実体をどのように規定するかで、地域福祉の歴史を遡る源流探しも可能となる。民間の活動としての地域福祉が先行して存在しており、政府や自治体が取り組まない地域福祉もあったという見方や考え方は、地域福祉政策に先んじて地域福祉活動が先駆的・開拓的に存在していたという理解に導く。福祉問題や福祉ニーズは、局地的だが地域社会に顕在化し、地域社会に内在している志の高い人物や組織の取組から地域福祉実践は開花していくのである。いささか脇道にそれてしまったが、第1部の重要ポイントは、地域社会が住民・市民にとっての日常生活圏であるとともに支え合いの共生文化の空間だということであろう。地域社会を福祉コミュニティに変化させることこそ地域福祉なのだということに気づくはずである。

 第2部の読み取ってほしいポイントは、地域福祉の主体は住民・市民ではあるけれど、住民・市民の社会参加、社会貢献を促進する職業人としてコミュニティワーカーなる人々が必要なのだという認識を深めることである。住民・市民が連帯して地域社会の問題に立ち向かう時、みずからの内発的力を発揮する民間集団が必要なのだが、地域社会がその絆や問題解決力を失いつつある今日、住民・市民だけでは解決困難になってきている。住民主体・市民主体の原則を守りながらも、側面的援助および後方的支援をしてくれるコミュニティワーカーは、無縁社会に立ち向かう心強い存在であるだろう。住民・市民を束ねたり、問題解決の動機や志を高めてくれるコミュニティーワーカーは、もっぱら市区町村における社会福祉協議会の専門職員として活躍してきたが、時代の変化や地域社会の変容に対応できず、自らの専門的任務と役割を見失なってきているところもある。産業構造や人口構成の社会変動に影響を受け、雇用・就労環境の変化や家族の変容、住民・市民の価値観の多様化とライフスタイルの変化など地域社会も大きく変わってきた。地縁型組織にばかり固執するのではなくNPOなどの新しいテーマ型で動く組織も視野に入れたコミュニティワークが必要とされているのである。

 第3部では地域福祉を推進する基盤整備という観点から福祉の情報化および福祉の計画化に焦点を当てて、推進条件の整備拡充が重要であることを述べている。もっぱら行政や社会福祉協議会が中心的に担う部分の説明になっているが、実は、住民・市民の地域福祉活動や住民・市民が受益するサービスの広がりと質の拡充は、間接的にも直接的にも地域福祉の計画化や情報化と密接不可分に結びついているのである。地域福祉が社会福祉基礎構造改革の中核として福祉政策に登場してきた背景には、住民・市民の福祉への参加が基本理念として据えられ、その具体的施策の一環として市町村における計画策定、サービス評価や苦情解決、権利擁護などが提起されてきた。住民・市民の参加促進の視点に立てば、市区町村の福祉サービス、地域福祉水準を向上させるためには、地域福祉計画の策定や進行管理に住民・市民が関心をもって参加・参画するかどうかが重要なポイントとなる。

 第4部であるが、ここで読み取って欲しいことは、地域福祉にかかわる財政や財源構造を理解しないと、これからの地域福祉実践は立ちゆかなくなるという危機感である。これまでの社会福祉事業は地域福祉行政を含めて財源や財政のことを余り考えないで語ってきたきらいがある。中央集権的に社会福祉行政が進められてきた時代ならともかく、財政事情も厳しくなり、地方分権のかけ声とともに財源削減、そしてサービスの民営化や民間委託が進むなか、事業や活動の財源裏付けと安定的な財源確保がなければ、持続可能な地域福祉実践は存在しなくなるだろう。その意味では公的財源のみならず民間財源がどのような実態にあるのかを学ぶべきだろう。多少苦手で避けてきた財源問題もこれからの地域福祉論には欠かすことができない。

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