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連載

スポーツ法とEU法

第6回 個人・団体・EU(その1)

四天王寺大学経営学部講師 春名麻季〔Haruna Maki〕

加盟国と個人を基礎にするEU

 今回と次回は、井上教授に代わり、同じ研究テーマについて共同研究に携わった春名が担当する。井上教授と同じく憲法を専門にするかたわら、EU法、特にEUの基本権についての研究にも従事することから、筆者の担当では、どちらかというとEUにおける個人と団体の関係を基本権ないしはEC時代からの基本的自由の観点の下に、プロ・サッカーの状況を検討することが主たる内容になる。

 EUは共通の目的(概括的にいうと欧州の平和の構築・維持)の下に条約加盟国によって設立された団体であり(欧州連合条約1条)、その理念は「人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティに属する人の権利を含む人権の尊重という価値」(同条約2条)にあり、すべての加盟国の構成員(=国民)はEU市民として平等の地位を有する(同条約9条)ものとされている。これらの構成や条文からも分かるように、EUは、人権尊重(それはEU自身がEU基本権憲章とヨーロッパ人権条約による拘束の下にある点(同条約6条)にもあらわれる)の原理に基づく超国家的共同体であって、その存立基盤は加盟国とEU市民としての加盟国の構成員(=国民)にある点が確認できる。そのために、EUは、加盟国に対して、それと同時にEU市民に対して、条約により付与された一定の権限を行使する公的機関になり、加盟国と市民の間に位置する諸団体は、EUの構成母体というよりも、その規律対象になる存在と考えられている。

 問題は、EUが、直接にはEU市民としての個人を母体にして下から超国家的共同体の形成を目指すものではなく、加盟国という個人を包摂する団体を基礎に当該共同体を形成するものと考えられていることである。そのために、EU自身が、自らの存立基盤としてどちらに重点を置き、加盟国とは異なる独自の活動を誰に対してどこまで展開できるのかという点は検討課題になる。この点で、すでに何度か触れられている欧州サッカー連盟(UEFA)の仕組み(すなわち、加盟各国協会を構成母体としながら、各国協会の下部団体としてのリーグやリーグを構成するクラブ、そしてクラブに所属する個人としての選手をも規律対象にするシステム)との類似性において、EUという超国家的共同体は、加盟国の権限を飛び越えて、EU域内に存在する団体に対してどこまで規律を及ぼすことができるのかが問われるのである。

EUから見れば加盟国も一種の団体

 その出発点において欧州での経済統合を目指していたことから、ECは、域内に存在する経済活動を主たる内容にする団体に対しても、その規制権限を直接行使することを予定していた。これは、EUになっても変わることはない。ただ、そのために、域内の統一市場における経済活動は、団体によるものであれ個人によるものであれ、すべてEUの規制対象になる。プロ・スポーツも、その経済性が認められる範囲内でEUの規制対象として、直接、EUによる規律に服する。UEFAも例外ではなく、また、加盟国リーグを運営する団体も、加盟各国のリーグを構成するクラブも、それが経済活動の主体として登場する限り、EUから見れば規律対象として存在するものになる。

 この点は、加盟国そのものも例外ではない。すなわち、加盟国が国家活動として経済活動を行う限り、それはEUの規制対象になる。例えば、欧州司法裁判所の判例によると、国家による独占的経済活動は、EU法の下でよほどの正当化理由が示されない限り許されないこととされている(例えば、欧州司法裁判所の2003年11月6日のGambelli判決は、イタリアにおけるスポーツ・クジの国家独占が、EU法の下で自由な開業の権利、サービスの自由な展開を制限する違法なものと判断された)。その意味で、加盟国も、EUから見れば規制対象となる活動を行う私的団体と同じ存在になる。

 しかし、加盟国が国家として経済活動を行う事例はそれほど多くない。それは、特に90年代以降の民営化(Privatisierung)によって一層減少している。しかし、加盟国もやはりEUから見れば域内の統一市場形成にとっての障害となり得る団体であることに変わりはなく、それは経済活動の主体としてよりも、公権力による規制主体としての本来の姿においてである。すなわち、加盟国がEUの規制対象となるのは、まさに個人や私的団体の経済活動を規制すること、あるいは規制しないことによって域内の統一市場形成に障害となる場合である。ただ、加盟国による規制自体は、加盟国憲法の保障する基本権(特に経済活動の自由)に対する介入行為として、加盟国内での憲法問題を提起することはいうまでもない(上記のスポーツ・クジの国家独占は、それが個人や私的団体による活動を禁止するものである限り、加盟国憲法によって保障される自由な経済活動への介入行為になる)。そのために、EUは、個人の経済活動を妨害する私的団体に対して規制をかけない加盟国に対して、その直接的権限を行使することがある(すなわち、加盟国の不作為がEU法の下で違法とされることがある)。要するに、少なくともEC時代からの欧州の経済統合という目標達成のために、EUは、個人や私的団体と同じレベルで、あるいはそれ以上に公権力主体として、加盟国も自らの規制対象となる団体との見方をとり得るということである。

EUから見た団体と個人の関係

 以上のように、EUから見れば加盟国も私的団体と同じように規制対象たる存在であるならば、EUとEU市民である個人との間には、多層的に様々な性質の異なる団体が存在することになる。そして、EUが加盟国と加盟国の構成員(=国民)の関係を規律し得るのであれば、それと同じように私的団体と当該団体の構成メンバーとなる個人との関係も当然に規律し得るものでなければならない。そこでは、EUは、加盟国の権限とは別に、独自の権限として私的団体と構成メンバーとなる個人の間の関係を直接規律し得ることになる。しかし、本当にEUは、公権力機関として、加盟国の規制権限とは別に団体と個人の関係をいかなる場合にも規律する権限を持つのかは問題になる。

 この点に関連して、特に重要なのが、EUは、域内の統一市場形成のために市民に条約上認めた基本的自由(域内での移動の自由と差別禁止)を第三者としての団体が侵害する場合にも、直接その権限を行使して、基本的自由の回復措置をとることができるという点である。EU市民としての個人の側から見れば、欧州連合運営条約で保障される基本的自由と差別の禁止(同条約45条、54条)は、加盟国による措置であろうと、第三者たる私的団体による措置であろうと、EUに対してその排除を求めることができる重要な権利として保障された、ある種の切り札のような法的手段とみなされる。その結果、たとえ公権力による規制措置ではなく、私的団体によるある意味での任意的措置にすぎないとしても、それが強制力を持って執行され得るような性質のものである限り、特段の正当化理由がなければ、個人の基本的自由に対する制限や差別行為は、EU法の下で許されない措置として排除され得ることになる。

 EU法の妥当領域という観点で見れば、たとえそれが欧州統合を目指すEUにとっての原型的モデルになるとしても、UEFAによる規制もEU法の規律に服する。もちろんその場合、UEFAは、直接個人である選手に対して規制をかけるのではなく、UEFA加盟の各国協会や各国リーグの運営主体に対してその規制措置の実施を義務づけるにすぎない。言い換えれば、UEFAが直接個人としての選手を規律するわけではなく、UEFAの規律対象は加盟各国の協会等になり、選手を規律するのは各国協会やリーグの運営主体、そしてその構成団体となる選手の所属するクラブになるということである。しかし、選手とクラブの関係は、選手契約という私法上の法律行為に基づくものであって、そこには当事者の意思の合致、両者の合意という私的自治の原則の妥当する領域に属する法律関係にすぎないとの特徴が登場する。通常の場合、私法上の法律行為、すなわち契約が違法として問題になるのは、その内容が公序良俗に反するものとみなされる場合である。そして、このような問題は、加盟国の民事法によってコントロールできるものであって、EUの出番を待つまでもないといえる。

 そうだとすれば、EUが私的団体と個人の関係を規律し得るというのは、単なる理念上の想定にすぎないということになるのだろうか。同じように、UEFAと加盟各国の協会等との関係も、欧州での最上部機関への下部機関の加盟という私法上の法律関係にすぎず、選手とクラブの関係と同じ性質のものとして、現実にはEUの出番のない領域にすぎないといえるのであろうか。そして、そうだとすれば、EUから見れば、UEFAやその下で組織づけられているヨーロッパ・サッカーは私的な団体による自律的組織であり、その内部の諸関係にEUは関与し得ないものになってしまうのである。

上部団体による下部組織の統制

 しかし、UEFAによるヨーロッパ・サッカーの組織は、最上部団体としてのUEFAが加盟各国協会等を統括して統一体を形成するという点で、加盟国を統制しながら欧州統合を目指すEUが原型的モデルにするだけのことはある。そこでは、加盟各国の協会や各国リーグの運営主体がそれぞれの国の法秩序の下での法形式で設立されるという多様性は認めながらも、その活動内容については、UEFAという加盟国の枠を超えて欧州レベルで設置される上部団体の定める統一的ルールに従うことが求められる。そのために、UEFAの定める統一的ルールは、加盟国のそれぞれの法秩序の枠内で対処し得るような性質のものではなくなっている。そこに、EUの登場する場面がある。言い換えれば、EUによる欧州統合の原型的モデルを、EU自身がコントロールする場面が現れるということである。

 このEUによるUEFAの統一的ルールのコントロールは、UEFAによる加盟各国協会等との関係で登場するわけではなく、それらに対する統制を通じて展開される、まさに選手という個人の活動との関係で提起される。すなわち、UEFAによって定められた内容が、EUの目標達成との関係でEU市民としての個人に保障する法的手段によって攻撃を受けるということである。それは、加盟各国協会や各国リーグの運営主体、リーグを構成するクラブによる、国内法上の問題としての団体・個人の関係ではなく、EUから見た団体・個人の関係で発生する法的問題ということができる。次回は、このEU法の下で取り上げられる欧州レベルで設置された私的団体とEU市民としての個人の関係を検討する。

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