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鼎談

「環境条約の国内実施」について

上智大学 法科大学院教授 北村喜宣
環境省 総合環境政策局長 清水康弘
北海道大学大学院 法学研究科教授 児矢野マリ


北村喜宣
Kitamura Yoshinobu

清水康弘
Shimizu Yasuhiro

児矢野マリ
Koyano Mari



1 児矢野プロジェクトの問題意識

北村 現代社会においては、環境をめぐる様々な現象が地球環境問題として把握され、その解決に向けた取組みが国際規模で展開されています。環境条約は、その具体的措置といえます。

 環境条約は、それ自体で具体的効果を持つものではありません。条約締約国が国内的措置を講じてそれを受けとめ、かつ、的確に執行することで初めて意味を持つことになります。そこで、環境条約の全体像を把握しようとすれば、国際法と国内法の両面からアプローチをする必要があります。

 ところが、この大きな課題に対しては、これまで十分な学問的検討がされてきませんでした。『論究ジュリスト』2013年秋号に収録された特集「環境条約の国内実施――国際法と国内法の関係」は、日本で初めてのまとまった成果といえるでしょう。

 本日は、環境省総合環境政策局長の清水康弘さんをお迎えしました。特集の前提となったプロジェクト(1)の中間成果に対するコメントをいただくことを通じて、論点に関する理解を深めることができればと考えております。

 プロジェクトは、北海道大学の児矢野マリ教授が中心となって立ち上げ、運営されてきました。児矢野プロジェクトの問題意識や研究の狙いをご紹介いただきましょう。

児矢野 私は国際法研究者の立場から、グローバル化した現代社会ではさまざまな分野で国際・国内的レベル相互の規律連関が拡大し深化しつつあり、環境分野はその1つの典型と考えています。これは、科学技術の発達を背景に、今日多くの環境問題が国境を越えるとともに、環境保全は国際社会一般の普遍的価値として認識され、広範囲の関連事象が多様な角度から国際法の規律対象になってきたことによります。そして、この文脈において、多数国間環境条約の国内実施は、きわめて重要な意味をもつと考えています。なぜなら、ここでは環境条約と各国の関連国内法制との「適正な」接合は不可欠であり、この接合問題は条約の国内実施プロセスに尖鋭に顕れるからです。そして、環境条約一般の「動態的進化性」のゆえに、このプロセスは立法・行政を含む法作用、また地方自治体の行政も含めて本来多層的な規律の調整を要し、現実にも複雑な様相を呈するでしょう。条約趣旨の阻害や国内規律の「歪み」が発生する懸念もあります。したがって、そのような問題を回避して現代の環境問題に有効に対処するためには、条約義務の履行如何に収斂され得ない諸問題も射程に含めて、環境条約の国内実施プロセスの動態を多角的に実証分析し、国際・国内的規律の「適正な」連関について理論的・実践的に有益な知見を得ることが必要だろうと考えました。

 当プロジェクトは、このような問題意識を共有する国際法、行政法、環境法、行政学、環境政策論の研究者が集まり、2010年度から始まりました。具体的には、学際的視点を織り交ぜて、共通の基礎概念や認識枠組を組み立て、地球温暖化、オゾン層保護、海洋汚染防止、化学物質・有害廃棄物規制、原子力安全規制、生物多様性・自然保全の各分野について、立法措置だけでなく行政措置も視野に入れて共通指標を使って実証分析を行い、現状を記述的に整理するとともに、国際法、国内法及び行政学の観点から分野横断的に検討し、論点を抽出しました。

2 省庁間関係、行政機関と利益団体との関係

北村 このプロジェクトでは、多くの条約及び国内的措置を検討対象にしました。共通に分析した事項の1つに、条約締結交渉、批准・国内法整備、国内法執行という諸過程において、とりわけ旧環境庁・現環境省が他省庁との間でどのように交渉をしたか、関係業界との間でどのように合意形成を図ったかがありました。

児矢野 この点については、とくにオゾン層保護に関するモントリオール議定書を題材に詳細な分析を行いましたが、その他にも野生動植物国際取引規制ワシントン条約、有害廃棄物越境移動規制バーゼル条約に関して検討しました。そして、省庁間調整では、当時の環境庁による環境政策領域の拡張の試みと挫折の歴史があったと考えています。つまり、環境庁は事業官庁の管轄権を侵害しない範囲で関与権限の獲得を企図したものの、それはなかなか実現に至らなかった面もあり、これが条約実施をめぐる国内法のあり方を既定したのではないかと。たとえば、条約担保法としてのオゾン層保護法、バーゼル法は、省庁間調整を経て新規立法として制定されましたが、ワシントン条約では外為法と関税法、海からの持込みについては水産資源保護法と漁業法で十分であるとして新規立法に至らず、しかしその後、ワシントン条約については国際的な批判を受けて希少種保存法が制定されました。このような省庁間調整は、省庁間で所掌の分担を調整して、既存の政策領域と照らし合わせて新しい政策課題をいかに配置するかという問題であり、条約の国内法化の方式や程度の問題にも密接に関わっていきます。この意味で、条約の国内実施のプロセスで鍵となる要因と理解しています。清水局長は、地球温暖化やオゾン層保護の実務に具体的に関わられたそうですが、この点はいかがでしょうか。

清水 他省庁の権限を侵害しない範囲で法制化したため環境法制が歪んだのではないかという厳しいご指摘をいただいておりますが、私は、必ずしもそういうことではないと思っています。

 まず、地球環境に関する条約は1970年代から出てきた非常に新しい分野であったということを指摘しておきたいと思います。新しい分野であるがゆえに、既に法整備が整っているほかの分野と重複する国内措置の導入が必要となった場合、この部分をどのように調整するかという問題が出てきます。省庁間の力関係でどっちが勝った負けたということではなく、むしろ、新しい国内措置を既存の法体系の中でどのように整合性をもって納めるかという理論的な問題の解決ということになります。

 例えばモントリオール議定書で言えば、フロンの生産量なり輸入量の規制という措置が必要になりました。オゾン層保護という法目的は環境であるが、実施手段は生産量や輸入量をどう規制するかということで、産業政策そのものなわけですね。輸入規制は外為法の貿管令で対応することが通常ですので、環境目的だから全く新しい制度を併存させることにはならないわけです。白紙から構想するわけではなく、既存の法体系を考えたときに、どういう形で環境からの要請を整合的に国内法に入れていくか。そのためには、どういう法律を作るのが一番合理的か、そういうことが主な議論です。

北村 法律案折衝においては、各省設置法の中に、確定した項目としてどのような事項が規定されているかが重要になるのではないでしょうか。日本の法体系において、環境政策はどうしても「後から来る」ものであるがゆえに、先発の法制度との摩擦が不可避という宿命を持っています。他省庁の設置法の壁はそれなりに厚くて高い。これを乗り越えるためには、かなりの知恵を絞る必要がありそうですね。

清水 各省設置法は、2001年の省庁再編のときに考え方の整理がなされ、公害規制については環境省が一元的に行い、その他の分野も環境保全の観点から規制等を行うことになったわけです。しかし、その前の段階では、その辺の整理ができていないわけです。モントリオール議定書の実施法であるオゾン層保護法については、環境庁はある種の排出規制的な手段で実施措置が担保できるのではないかと考えたわけですが、法制局を含めた様々な調整の結果、企業に対する生産規制は通産省が行うということで整理されたということです。

 省庁間の調整プロセスの背景には、例えば産業界であったり、NGOであったり、学者であったり、いろいろなアクターが存在しますが、省庁間の交渉の場にそういう人たちが出てくることは基本的にはないですね。

 また、条約交渉時においては、外務省が中心になって事前調整を行い、最終的には対処方針という形で調整をします。現在の環境問題の国際交渉では、交渉の場にNGO、NPOが出てくるのが非常に特徴的ですね。例えば京都議定書のCOP/MOPなどの場でも、必ずNGO、NPOの代表が発言する機会が与えられるということになっています。

 NGOは、もちろん自国政府に圧力を掛ける活動もしますが、国際交渉の場では国際NGOの構成メンバーとして活動しています。したがって、国内プレーヤーが、国の調整プロセスを飛び越えて直接国際交渉に関わるような、ダイナミックなプロセスが生まれています。

北村 そこでは、国の代表は当然国益を主張します。しかし、NGOの場合はどうなのでしょうか。

清水 「地球益」というと格好よすぎるかもしれませんが、環境NGOは環境保全という理念を共有しているように思われます。ただ、産業界の国際的NGOもあるのです。

北村 国際的であるがゆえに脱国家的といえるかもしれませんが、その主張が「地球益」に直結するとは必ずしもいえないのですね。

清水 環境NGOとは異なって、産業NGOの場合には、個別産業ごとの利益の横つながりという面があります。

児矢野 そうですね。モントリオール議定書の場合には、国境を越えた国際的な業界団体の連合がかなり影響を与えていたということも、プロジェクトでは分析しています。

清水 もう1つ指摘しておきたいのは、モントリオール議定書で、科学の進展が国際世論を動かし、国際条約を作り上げ、それが国内実施につながっていくというパターンが生まれたということです。ノーベル化学賞を受賞したローランド博士は、フロンという非常に有益な物質と思われていたものがオゾン層を破壊していると実証したわけです。科学的事実を突きつけられ、これは何とかしなければならないということで、国際世論が動かされ、条約ができ、議定書ができ、その結果、国内法にいく。

 温暖化についてもIPCCが科学的な知見を出して、それによって国際世論が動かされ、国際法ができ、それが国内実施にいくということだと思います。

北村 締結の次は、批准と国内法整備です。国内法化となると、権利制約や義務賦課が具体的になってきますから、規制を受ける側はなるべくそれを少なくしようとしますし、逆の立場からはなるべく押し込みたいとなる。このプロセスでは、調整が熱を帯びてきますね。

清水 交渉段階よりも国会の批准プロセスの方が、利害関係者がより表面に出てきます。というのは、国会の批准プロセスでは政治家がいろいろな団体の圧力を受けて動くからです。

北村 例えば米国ですと、国内法が制定された後、日本では政省令に相当するものの制定にあたって取消訴訟が提起されたり、個別的決定に対して訴訟が提起されたりする。ところが、日本では、一旦施行されてしまうと比較的おとなしい。立法過程で負けた側が執行過程でリターンマッチを挑むということは少ないようです。

清水 日本の場合は議院内閣制なので、政府に法律の提案権があって、法律という形式が基本になります。国会を通過した法律について違憲だと訴えてもよいのですが、行政の責任というよりも立法府の責任ということになります。アメリカの場合は行政が規則を作って、そこに対する訴訟が多くなりますが、日本では法律で担保されることが執行段階の訴訟が少ない一因ではないかと思いますね。法律に問題がある場合は、むしろ国会で別の法律を通したほうがいいという議論になるのではないでしょうか。

3 環境条約の国内法化

児矢野 環境条約の国内法化について、主に4点、実務的なことをお伺いしたいと思います。1点目は、国内法化の方式として、立法、行政措置、業界の自主規制等、いろいろなものがありますが、立法措置が必要であるという判断は、一般にどのようなタイミングで、また、いかなる基準で、誰が、どのような形で行うのでしょうか。

清水 これは明確ですね。条約の批准は外務省が専管ですが、国会に批准のために条約を提出するに際しては、内閣法制局の審査を経ることになります。内閣法制局の審査において、条文ごとに国内担保措置があるかないかを検証し、担保措置がない場合は、それが特に国民の権利・義務に関わるものであれば、法律による措置が必要であるという結論が出るでしょう。

児矢野 2つ目には、条約実施のための行政措置として、法定計画をいかに考えていくかという点です。つまり、法定計画でいく場合に、施策の総体が条約の求める結果と整合的なものとなることは、必ずしも担保されないのではないかと思うのです。その例が京都議定書です。この点についてはいかがでしょうか。

清水 京都議定書目標達成計画は、かなり特異な例だと思います。これは京都議定書の義務の掛け方に由来すると思います。京都議定書では温室効果ガスの排出量を何パーセント削減するという形で各国に義務を課していますが、それを担保する手段は各国の裁量に任されているという特殊な構造を持っています。このため、日本としては計画の策定によって規定される措置で担保するという道を選んだということだと思います。

児矢野 生物多様性条約の場合には、生物多様性国家戦略が重要な役割を果たしていますね。

清水 生物多様性条約にはそもそも国家戦略を作りなさいという義務があるので、その義務を果たすために国家戦略を策定したわけです。

北村 国会がどの程度の内容を政府に委任するのかという大きな論点があります。形式的には、国民の信託を受けた国会が、法律を通じて、明確な意思のもとに一定事項を政府の裁量に委ねているということになりますか。

清水 そういうふうに理解しています。国会統制の議論で、条約あるいはCOP/MOPの決定などいろいろな国際法上の議論がありますけれども、法的拘束力を持って、かつ、それが国民の権利義務というところで関わってくれば、これは法律という手段しかそれを担保する方法がないので法律でいくと思います。ただ、法的拘束力のない決定や義務など、ある種、行政措置で泳げる部分については、必ずしも法律で担保しないことはあり得る話だと思います。それを国会の法的統制が効かないと解釈するのは違うと思います。日本の国内法でも政省令以下に委任して行政に裁量を認めているものがあります。むしろ実務的な必要性からそうなっていることが多いと思います。

北村 行政法では、「委任の限界」という議論をいたします。白紙委任は無効ですが、いかに枠を決めるかは微妙な問題です。それが適切になされていれば民主的統制は効いているという整理ですね。

児矢野 3つ目として、条約の実施のための国内法として、日本政府が「担保法」、「実施法」、「関連する法」という用語を使っているのをよく見かけるのですが、実務においてこれらはどのように区別されているのでしょうか。

清水 ある国際法の規定が、別に1つの法律ではなく、複数の法律にまたがってもいいから担保されているという意味において、担保法という言い方が一般的ではないかと思います。ある条約に1対1で対応して、その条約を施行するためだけの目的を持った1つの法律を作るのであれば、それは実施法ということでしょう。温暖化対策推進法の京都議定書達成計画の部分は実施法と言えると思います。

北村 私は、ジュリストの論文では「国内措置法ネットワーク」という言葉を用いました。ネットワーク全体が担保法になるという位置づけですね。

清水 そういうことです。

児矢野 最後に、環境条約の国内受容の幅についてお訊きします。日本では、条約によっては、条約義務の厳格な意味での履行にとどまらない「積極的な実施」を行うこともあるようですが、実務においてそのような実施を行う旨の判断は、どのようなタイミングで、誰によって、またいかなる基準でなされるのでしょうか。

清水 法制局的あるいは外務省的に言えば、最低限要求されるのは、厳格な意味での履行措置でよいと思います。ただし、条約に規定がなくても更に進めようという意図を持って対策を行うことがあります。モントリオール議定書では、輸入・生産したフロンは、いずれ放出されるという前提で、フロンの輸入量・生産量を段階的に削減すれば大気中への放出量も削減されるという考え方で義務を課しています。しかし、日本では、それに加え、フロンの回収と破壊を規定する法律まで作りました。これは積極的実施の1つの例です。

北村 そうした積極的実施によって負担を受けるセクターがいれば、その法的根拠を問うでしょう。そうなれば、「良いものは良い」というのでは済まない。

清水 これは、国際法ではなく、日本の貢献のような整理で正当化できるでしょう。オゾン法保護法なりフロン破壊法なりの目的をみると、モントリオール議定書の実施のためではなくオゾン層の保護という一般的な目的になっています。

北村 現在なら、環境基本法5条を根拠にするのかもしれません。しかし、当時はそれがなかった。内閣法制局は、よく認めたものですね。

清水 そうですね。法制局の議論はすごく面白い議論でした。我が国の国民に裨益するものでない限り法律制定というのは認められません、というのです。したがって、貢献と説明してしまいましたが、正確には、オゾン層を保全することによって、世界の国民、人類全体が守られるし、人類の一部である日本人の健康なり生活環境が守られる。だから日本人のためになる。だから規制する法律ができるという論理構成をとります。

北村 それは興味深い論理構成ですね。東京都が環境確保条例で排出権取引を導入したときも、ヒートアイランド対策になるので東京都民にもメリットがあるのだと整理したと聞いています。およそ抽象的公益では、なかなか規制的な効果を持つものはできにくいということですね。

4 条約の進化性

児矢野 環境条約には動態的に進化していくという特性があり、私たちは、環境条約の国内実施にはこれに由来する特徴や課題があるのではないか、と考えています。ここにいう「動態的進化性」とは、環境条約が、時間の経過とともに進展する科学的知見や変化する技術上及び経済上の条件などに応じて、新たに合意を積み重ねてその目的を達成していくことを当初より予定し、現実にも条約体制がそのような発展を遂げていく、というあり方を意味します。これを支えるのは、枠組条約方式に加えて、簡略化された条約改正手続、締約国会議/会合(COP/MOP)の決定を含む非拘束的合意の採択等です。そして、私たちには、国内実施におけるこれらの位置づけが気になります。まず、批准を要しない条約改正方式(opting-out方式)、規制対象物質等を掲載する附属書改正の国内受容のあり方です。これらについては、日本では国会承認を必要としなかったり、バーゼル法のように法律が規制対象を定める附属書名を直接引用する必要はなく、附属書の改正を受諾すれば国内法上の規制対象も変更されたりすることになります。でも、これは国会の民主的統制や手続の透明性の観点からは問題を孕まないでしょうか。この点について、行政官としてはどのようにお考えでしょうか。

清水 どの改正が批准を必要とするかしないか。これは、それぞれの条約に規定されているし、そういう前提をもって国会は批准しているので、附属書について改正があったときに批准しないことも了解しているという意味で言えば、先ほどの委任の範囲を限定して国会が承認している、そういう論理につながると思います。

北村 例えば純粋国内法でも、「政令で定める物質」と規定します。決定にあたってパブリックコメントはするけれども、基本的に行政に委任していることになる。それは正に個別条文がそこにあるからこそ、行政立法に委任できるというロジックになりますね。

清水 そうなります。

5 COP/MOP決定の採択

北村 COP/MOPの決定についても、国内法的にそういうものは拘束力を持つとみなすのだという文言を担保法に入れることは、技術的にはかなり難しいことなのでしょうか。

清水 それは難しいと思います。COP/MOP決定は、基本的に法的拘策力がないということで動いています。もちろん、COP/MOP決定であっても交渉なので、我々としては国内法に沿う形で議論しますし、国内法との関係というより、むしろ政策との関係かもしれませんが、許容できないものであれば採択に当たって反対の宣言をする。そういうことも含めて対応することになるので、国内法との整合は取られています。

 もう1つは、批准という手続を取るとなると、ものすごく時間がかかります。最低2、3年、場合によっては5年です。批准を要する条約改正で、発効要件があるものはさらに時間がかかる可能性があります。ですから実務の面からすると、少なくとも技術的な部分については批准なしに円滑な実施をしたほうが、対策の推進につながる面もあるわけです。

児矢野 要するに、国会承認による民主的統制が及ばないことについては、実務的な要請があるからいたし方ないということでしょうか。

北村 このあたりは、パブリックコメントの対象として考えているのですか。

清水 もし附属書の改定によって国内法の条文改定が出れば、当然、かかります。

北村 現行のパブリックコメント制度の対象は命令等です。端的に言えば、政省令相当マターであれば、かかってくるというのは普通の解釈だと思います。そうすると、そうした状況になるかぎりにおいて、パブリックコメントをするということは対応としてあり得ますか。

清水 そうですね、あり得ます。

児矢野 非拘束的合意としてのCOP/MOPの決定については、その採択時には国内法・政策を意識しながら交渉されているということですね。それでは、採択された個別のCOP/MOPの決定を国内で受容し実施することについての判断、少なくとも行政措置の運用レベルでそれを組み込むか否かの判断は、実務においては、どのプロセスで、またいかなる基準でなされるのでしょうか。相場感といったものがあるのでしょうか。

清水 基本的には全部実施しているという理解ですが、実施が緩いのではないかと観点の指摘かと思います。温暖化対策のCOP/MOP決定は森林の吸収量のカウント方法など技術的な細目にわたることが多いです。日本の場合はCOP/MOPの決定は極力守っています。

北村 国内担保法が制定されたとして、法解釈は不可避です。その際、国内法の解釈に条約を持ち出してくるということも考えられないではありません。行政部内の整理はどうなっていますか。

清水 条約の規定からみて、国内法の規定はどこまで許容されるかという範囲の中で作っています。ですから、実態としては、条約ではなく法律の条文を基準に運用するというのが基本です。

 ただ、条約自体の解釈がいろいろな形で動いていくことがあるので、場合によっては現行法の運用なり解釈が条約とずれることがあり得るというのは否定できません。ずれた場合は法律改正という手段によって、それを是正するしか方法がないと思っています。

北村 国内法では、基本法であっても一般法と同等の法的効力しかありません。しかし、法体系上は、基本法は一般法の解釈にあたっての指針を提供すると整理します。この点で、環境基本法はどうなのでしょうか。

清水 環境基本法は、プログラム規定が多いので、実施法は個別の条文にぶら下がって付くような形になります。例えば環境影響評価の規定がありますし、環境税とか補助金の規定もありますが、それが実際、作用法として出てくるのは個別法が出てきたときということなので、その個別法の解釈に当たって、翻って環境基本法を参照するというのは少ないと思います。

6 国と自治体の関係

北村 国際関係において、条約の実施主体は国家です。これを国内的にみれば、国が実施主体である場合がほとんどです。確かに、国際的義務を果たすにふさわしい行政主体はとなれば、自治体よりは国でしょう。ただ、分権時代には、国と自治体との適切な役割分担が求められています。もちろん、かつての機関委任事務や団体委任事務のように、国の事務を自治体行政庁や自治体に義務付けることはできません。しかし、国の行政だけで完結的に条約の実施が可能かどうか、対外的に十全たる責任を負えるのかどうか。環境条約の実施における国・自治体関係、両者の役割分担のあり方をどのように考えればよろしいでしょうか。

清水 おっしゃるように国の責務を果たすのは国の機関であるべきで、地方公共団体にやってもらうならば、理論的には、昔なら機関委任事務、今で言えば法定受託事務という形になるでしょう。ただ、実態を言うと、地球温暖化対策法では温暖化関係の地方公共団体の事務は自治事務になっています。

北村 そうですね。地球温暖化対策法は、都道府県・市町村が登場するという意味で、珍しい条約担保法です。

清水 これをどう解釈したらいいのかということですが、コマの理論で説明できるかもしれません。環境基本法5条では、「地球環境保全が人類共通の課題であるとともに国民の健康で文化的な生活を将来にわたって確保する上での課題である」と書いてあります。つまり地球環境問題というのは、人類全体にも日本国民にも問題と言っているのですが、さらに敷衍すれば地方でも個人レベルでも問題だということで、地球環境問題が各レベルを串刺しにしているイメージです。

 環境基本法7条では、地方公共団体も地球環境保全の理念にのっとって施策を実施する責務があると明確に規定されているわけです。ですから、国と地方公共団体が対立する分権の文脈ではなく、むしろ、国も地方も個人にも共通する問題として対策をとってもらいたいと思います。

北村 この環境基本法ができたのは1993年ですから、分権前だったのです。現時点においてどう再規定するかというのは、結構、大きな問題です。

清水 確かにそうですね。

北村 環境基本法の改正課題は、多くあります。しかし震災もあったものですから、まだ上がってきていない。新しい環境基本法の内容については、環境法学としても理論的検討をしなければならない点です。

7 プロジェクトの今後

北村 私たちのプロジェクトは相当時間をかけてやってきたのですが、まだまだ検討すべき課題は多いと感じています。児矢野先生に、将来、どういうことが課題としてあるかご紹介いただいた後、清水さんからそれに対するコメントを頂戴いたします。

児矢野 私たちはこれまで、既に述べたように学際的な実証分析と整理を行い、日本ではおおむね「最低限の」国内実施により条約義務の明確な不履行は免れているという、全体傾向を明らかにしてきました。けれども、冒頭に述べた問題意識に応え、国際・国内的環境規律の解明と検証を十分に行うには、まだ至っていません。これはなぜかというと、環境条約の「動態的進化性」に十分配慮したうえで、先ほど述べた「ミニマリズム」の位相とその含意、条約の受容による既存の国内法・政策体系の変容と実質的な「歪み」の態様とその含意等に着目して実証分析を行う作業が不十分だからではないかと、思っています。ここにはアプローチや方法論の問題もあって、これまでの作業では、全体的に公法的アプローチによる汚染規制の分析に偏り、「動態的進化性」が相対的に顕著な条約を多く抱える生物多様性・自然保護分野の包括的分析とともに、環境分野で考察が不可欠な損害賠償分野に必要な私法的アプローチに欠けることや、他分野との連関を環境以外の分野からの視点で捉えていないこと、また、他分野・外国との比較といった、環境分野における日本の条約実施の特徴を把握する手段に欠けること等、いろいろな弱点があると思います。とくに、国内法の執行面や複層的な政策執行過程の動態に深く踏み込んだ実証分析とともに、諸外国や環境以外の分野との比較の手法を導入して、相対的な視点から「日本」の「環境」条約の実施プロセスを把握することが重要と考えています。綿密な動態分析による国内実施プロセスの全体像の解明と、国際・国内的規律の「適正な」連関の検討が大きな課題です。そして、長期的には、現代における国際法と国内法の規律連関をめぐる理論研究に貢献するとともに、日本国内外における実務に対しても何らかの示唆を含むような、実践的にも有意な研究成果を挙げることができれば良いと考えています。

清水 条約で要請される対策は新しい分野であり、最初から白地に書けば全く問題なくできることが既にそこに既存の法律があるから、日本の法律体系の中でどう整合的に規定していくか、そういう問題が起きています。私は環境分野だけが特別とは全く思っていなくて、相対化する議論をしていただければと思います。

 それから、最近、貿易と環境という問題が、多国間環境条約との関係で問題になってきています。モントリオール議定書やワシントン条約では、貿易規制が1つの環境保全の手段として用いられています。貿易サイドからはそれが世界経済にどういう歪みを与えるかとの議論が出てきています。そうした課題を扱うことができれば有意義と思いますが、ちょっと研究の枠組みからみて広いですかね。

北村 貴重なご示唆を様々いただくことができて、有意義な機会でした。本日は、どうもありがとうございました。



(1) 「環境条約の日本における国内実施に関する学際的研究──国際・国内レベルでの規律の関連」(科学研究費基盤研究(A)、児矢野マリ代表)三井物産環境基金助成研究「持続可能な社会構築を推進するための国際環境条約の実効性確保に関する研究」(研究代表者:児矢野マリ)

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