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水町勇一郎[著]『労働法』<2007年9月刊>(評者:水谷英夫弁護士)=『書斎の窓』2008年4月号に掲載= 更新日:2008年11月13日

 1980年代に登場した「グローバリゼーション」/新自由主義は,「近代」が前提としていた資本主義/市民社会/国民国家のワク組みに大きな変動をもたらしつつある。1989年のベルリンの壁崩壊にはじまるソ連邦の解体や中国の市場経済導入など旧社会主義国の経済システムの解体に伴い,旧ソ連,東欧などの諸地域には急進的自由主義的改革,自由市場の導入が行われ,世界経済は単一の資本主義/市場経済の世界へと変容をとげ,アメリカを中心とした「グローバリゼーション」の進展による,モノ,ヒト,カネの国境を越えた移動が一気に強まることとなり,さらに同じ頃に登場した「新自由主義」のイデオロギーは,「近代」が前提としている市民社会や国家のあり方を大きく揺すぶっている。
 サッチャリズムやレーガノミックス,小泉改革にみられるように,国家による福祉/公共サービスの縮小(「小さな政府」,民営化)や大幅な規制緩和,市場原理主義を特徴とする経済政策である「新自由主義」は,前述したグローバリゼーションのもと,世界規模に拡大した多国籍企業間の競争を激化させ,このような市場の力が社会のすみずみまで浸透し,人々の貧富の差の拡大や,外国人労働者の国境を越えた移動などは,安定的で同質的な市民社会を前提として成立している「国民」国家の概念を大きく揺るがすようになり,今日いわば「包摂型」社会から「排除型」社会へと進行しつつあるかの様相を呈している。
 ひるがえってわが国では,バブル経済の崩壊に続く「失われた10~15年」の中で,経済のグローバル化/IT化に伴って,九〇年代後半以降,雇用・雇用法制においては労働者派遣法改正などによる規制緩和が進展し,2006年にはその総仕上げともいえる「労働ビックバン」なるものがもちだされるに至っている。
 他方では,産業・雇用構造の変動・変容は,2005年ころから大量のフリーターや派遣社員などの非正規雇用をもたらし,しかも正規社員も収入が上がらず,若者や高齢者の経済状態の悪化とともにいわゆる「ワーキングプア」を生み出すとともに,依然として広範に残存する性別役割分業意識の中で,介護・育児責任を負う女性にとっては,働きやすい環境が整われないままパートなどの劣悪な雇用環境に放置され,さらには世界的な大企業の製造現場での「偽装請負」による違法派遣や無権利きわまりない「日雇い派遣」まで広がっている。今日このような現状に対して,労働法・労働法学はどのように対峙していくかが問われているのである。

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 さて,このような中で,今日まで『パートタイム労働の法律政策』(1997年),『労働社会の変容と再生――フランス労働法制の歴史と理論』(2001年),『集団の再生――アメリカ労働法制の歴史と理論』(2005年)(いずれも有斐閣),『集団か個人か?変わる労働の法』(編著,勁草書房,2006年)など,深い歴史研究と概博な知見に基づいて,労働法学にチャレンジングな問題提起を行ってきた鬼才が,今回待望の体系書である『労働法』を世に問うこととなった。
 著者はみずから本書を「労働法の教科書」と位置づけたうえで,その特徴として「労働法の初心者から実務家・研究者まで,幅広く読まれうる」ことと,「労働法の背景にある歴史や社会などの基盤を踏まえた」ことを志向することの二点をあげている。いうまでもなく一般に法学の分野による「教科書」なるものは,大学教授等の法学者が,それぞれの学識に基づいて体系的に著述した専門書であるとともに,司法試験等の資格試験や実務家等の学習の参考に資する意味の基本書としての性格を有するものであるが,著者がみずからあげる二つの特徴は,まぎれもなくその意味での教科書と呼ぶにふさわしいものであろう。そこで以下に上記二点の特徴を踏まえつつ評著の感想を述べることにしよう。

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 第1は,本書の執筆形式にかかわるものである。本書は各章の最初に事例をあげつつ,それに対して導き出される可能性を追求することにより問題の核心に接近し,さらには問題関心を広めるという手法を採用している。近時,このような手法を取り入れた教科書・基本書が増えつつあるが,それは単に読者のためのわかりやすさや,読みやすさにつきるものではない。
 近年法科大学院の発足に伴って,法理論を深く理解するためには,従来のように教員が学生に一方的に知識を伝授するだけでは不十分とされ,学生が主体的に学問に取り組む目的のもとに,教員と学生が一問一答形式で双方向型の講義を行ういわゆるソクラテス・メソッドや,具体的法律問題を取り上げながら学生が適切な解決方法を模索する方向に教員が導くプロブレム・メソッドなどが取り入れられるようになってきており,本書もまたこのような要請に応えようとする意図を有していることは明らかであろう。
 しかしながら,本書の意図はそれに尽きるものではない。労働法の学習をする際,例えば最近問題となっているコンビニエンスストアの店長が「管理職」か否かをはじめ,プロ野球選手が労働者であるか否かなどについて何を基準にして判断するかは,一般的にはその前提として,統一的な原理により総合的・体系的に把握される独自の法領域としての労働法の内容を明らかにすることが必要とされようが,前述した通り,グローバリズムに伴い急速に変化しつつある雇傭関係やそれを規律する労働法制の多様性ともあいまって,一義的に確定されうるものではない。
 このような課題に応えるために,労働法上の文言を抽象的に定義づけて説明してみても,それ自体不十分さを免れるものでないばかりか,労働法の実質的内容を明らかにしたことにもならないであろう。そこでいわば「現象から本質をみる」という機態的考察が必要とされることになり,本書が,事例を通して理解を深める手法を採用しているのは,このような法学方法論をとっているものといえよう。

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 第2は,本書の構成にかかわるものである。本書の構成は,初めに,第1編 労働法の歴史と機能,第2編 労働法総論,第3編 雇用関係法,第4編 労使関係法,第5編 労働市場法,第6編 労働紛争解決法,むすび,からなるものである。労働法はこれまでもいくつかの体系化の試みがなされてきており,最近は,従来の,労働保護法や労働契約等を規律する個別的労働関係法と労働組合の活動や団体交渉,労働協約などとを規律する集団的労使関係法の二分野に加えて,新たに雇用保障や雇用対策などを規律する労働市場法と労使関係をめぐる紛争を規律する労働紛争法の二分野が注目されるようになるにつれ,労働法の教科書も以上のような分野を前提としつつさまざまな工夫をするようになってきており,本書も基本的にはこのような立場を踏襲したものである(第3~6編)。
 しかしながら,本書の構成はそれに尽きるものではなく,本書の特色の一つとして著者自身が述べるとおり,労働法の歴史と機能に一編を割いて考察を加えていることである。すなわち,第1編 第1章 労働法の歴史では,1労働法の誕生――「集団」の発明,2労働法の発展――「黄金の循環」,3労働法の危機――「フォード・モデル」の解体,4労働法の未来――労働法はどこへいくのか? という印象的な文言で叙述され,第2章労働法の機能では,1労働法の背景にある社会システム,2社会システムと労働法,というテーマが,古今東西の著名な文献を縦横に駆使して語られており,従来の著者の手法の一つである,法を歴史の中に位置づけ機能的に考察するという方法論がみごとに展開されている。
 「理性的なものは現実的なものであり,現実的なものは理性的なものである」とはヘーゲルの有名な文言であるが,この文言に表されるように,社会の現実の中に法規範がどのようにして具現化されているのかを明らかにすること,すなわち,労働法の理念・概念は何かを明らかにすることが労働法の究極の課題であるが,著者はそれを労働法の形成過程の中にとらえる姿勢を鮮明にしているといえよう。
 労働法が何よりも「労働に関する法」である以上,そこでは当然のことながら「対象」としての「労働とは何か」,「主体」としての「労働者は何か」が明らかにされなければならないが,それらは歴史的に生成・発展・変容していくものであり,それに伴って,労働法も変容(メタモルフォーゼ)せざるを得ないのであり,その意味では,労働法の理念・概念は労働法の形成過程の中に歴史的に示されているのであり,本書は,法を歴史の中で把握する必要性を我々に語りかけているといえよう。
 第3は,本書の内容にかかわるものである。現代社会の急激な変容は,労働法が対象とする「労働」「労働者」「労使関係」像の変容を迫ることとなっているが,著者はこの点について,前述した第1編 第1章4労働法の未来で「集団より個人重視」vs「個人より集団重視」の二つの相対立するアプローチをあげつつ,他方では主として手続的規制を重視しつつ,内発的・文脈的に問題解決を図ろうとするいわゆるポストモダンアプローチを紹介している。著者の含意するところは,むすび,にもあげられているように,市場による調整を重視するアメリカ型かグローバな中での固有の価値を重視するEU・ヨーロッパ型か,それとも第三の型かというテーマに繋がるものである(著者は第3の型を模索している。『世界』2007年3月号,71頁)。
 このような問題群は,雇用世界におけるいわばナラティブ(物語)をどのようなものとして構想するかというテーマでもあり,アメリカ発のグローバリゼーションの中で進展している「労働の商品化」現象に対して,それに対する対抗軸としての「労働の人間化」という社会・労働政策の位置づけに関わる問題でもあろう。
 このテーマを考えるに際しては,かつてアメリカ発のフォーディズムが,主としてブルーカラーにおける「労働の商品化」をもたらした際に,カール・ポランニーが市場メカニズムの本源的な要素である労働力,土地,貨幣を「商品」とみなすことはフィクションであり,とりわけ「労働の商品化」は人間活動の破壊であると鋭く告発したことを想起すべきではなかろうか?その意味は,労働法は,「労働者」が人間らしく生き,よりよい生活を求めるという,人間の最も基本的な要求に基づいて,さまざまな市民・社会・政治諸分野とも連帯しつつ蓄積してきた運動の成果として創り上げられてきたものであり,労働法の未来は,その形成過程である歴史に示されているといえよう。本書は本年3月1日から施行される「労働契約法」についても法案段階についての解説を加えてある。本書は,労働法の過去・現在・未来を考えるうえでの好個の書であり,法学部生,法科大学院生,法律実務家などに広く読まれることが期待される。
(みずたに・ひでお=弁護士)

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