書評 日産プロダクションウェイ | 有斐閣
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下川浩一・佐武弘章[編]『日産プロダクションウェイ――もう一つのものづくり革命』<2011年8月刊>(評者:同志社大学 岡本博公教授)=『書斎の窓』2011年12月号に掲載= 更新日:2011年12月6日

 いうまでもなく自動車産業は日本経済を牽引してきたリーディングインダストリーであり、その動向は常にマスコミの耳目を集めている。しかし、日本自動車企業を巡っては、近年、明るい話題が少ない。生産量で中国に凌駕され、アメリカのリコール問題でトヨタが苦悩し、リーマンショックによる世界経済の停滞に直撃されて低迷し、東日本大震災によるサプライチェーンの寸断と苦闘し、内需の縮小と円高によって競争力を奪われるなど、往年の勢いに陰りが出ているといった論調が目立っている。
 かつて日本の自動車企業の生産システム、特にトヨタに代表されるそれは、必要な時に必要なものをつくる、もっといえば売れる時に売れるものをつくる、無駄を排除したリーン生産システムとして国際的に脚光を浴び、多くの研究者や実務家の関心を惹いてきた。日本のものづくりの仕組みが国際競争力の源泉とされたわけである。その強い日本企業のものづくりの現状はどうなのか。このことは、自動車企業の苦境が喧伝されるいま、大いに興味のあることである。この点で、本書によって、地道に研鑽されてきた自動車企業のものづくりの仕組みの到達点が明らかにされたことは、きわめて意義深いことである。

本書の概要
 本書は、近年における日産自動車の生産革新への取り組み(日産プロダクションウェイ、以下NPW)を、「日本的生産システム―日本のものづくり生産技術―の進化」として把握し、その全容と歴史・紆余曲折・展望を明らかにしたものである。執筆陣(下川浩一、佐武弘章、藤本隆宏、呉在■、富野貴弘の各氏)は、自動車産業研究、とりわけ生産管理、販売管理、購買管理の研究に長く携わられた錚々たる方々であり、読み応えのあるものとなっている。
 第1章では、かつて日産の生産革命を試みられた和田純三氏の「同期化実験」から90年代半ばに始まるNPWへの経緯、NPWの概要が明らかにされる。第2章では、その「同期化実験」の今日的意義が、第3章では「同期化実験」を軸にNPWの成立前史が叙述される。第4章では、NPWの理念が、第5章では、同期生産への部品企業の取り組みがジヤトコ社を事例に検討される。第6章ではトヨタの生産システム(TPS)とNPWの異同が、第7章ではNPWの受注生産がTPSとの対比で分析され、第8章では総括と展望がなされる。資料として和田純三氏の「同期化実験」が付されるという構成になっている。

NPWとは
 さて、NPWは、「限りないお客様への同期」を目指して、可能な限り顧客の注文順序に応じて生産する「順序遵守生産」(または同期生産)を追求するなかで、「限りない課題の顕在化と改革」を図るものであり、「日本の自動車メーカーではじめての『受注志向生産』」であるという。「究極的には、顧客に車両の完全受注生産で対応する、つまり『ストレスフリーなBTO(builttoorder 顧客注文生産)』が、国内向け生産における『あるべき姿』であろう。これまでにそれを達成した企業はなく、各社とも未だ途上にある。しかし、一部の日本企業は、ゴールに比較的近いところにいると考えられ」、その一つが日産自動車というわけである。

受注生産と見込み生産
 受注生産志向、あるいは完全受注生産が理想といわれているが、実は製造業企業(メーカー)にとって、受注生産は容易ではない。本書のなかにも以下のような指摘がある。顧客の注文はニーズに基づいて間歇的に発生するが、メーカー企業は多数の従業員の雇用と巨額の工場設備を持って生産を行い、生産工程を定期的に継続・反復することを前提としており、しかも製品の生産には必ず製造リードタイムが必要であり、顧客ニーズの変化への迅速で適切な対応にも限界があり、「受注による間歇的な生産はメーカー企業には適合しない」。あるいは、「顧客の要望にそって多種多様な製品の受注生産を行おうとすれば生産リードタイムが長くなる可能性が生じる。それを回避するためには、(中略)見込み生産を行い消費者の注文に先行して各種活動を始めておく必要がある。しかしながらその場合には、部品生産から販売に至までの上流から下流までの活動のいずれかの地点に、需要の読み間違いに伴って生じる在庫リスクがつきまとう。この矛盾をどのように解決するのかが、受注生産に突きつけられる根本的な課題である」と。生産は市場の動きをできるだけ反映して行われることが望ましいが、市場の動き、つまり販売動向と生産の連携をどのようにはかるのかは、存外難しいのである。

生産と販売の連携
 生産と販売の連携について少し考えてみよう。受注生産に対するのは企業自身が販売予測に基づいて生産を行う見込み生産である。受注生産か見込み生産かは、時間順序からみて生産と販売のどちらを先行させるかということであり、つまり売ってからつくるか(受注生産)、つくってから売るか(見込み生産)という点で対極にある方法なのだが、それはその製品がどのようにつくられるのか(生産技術特性)、その製品がどのように売買されるのか(市場特性)によって制約される。例えば、建設業では、見込みによって生産し、完成品在庫を用意して販売するなどということは不可能なので受注生産しかあり得ない。しかも、どのような建築物にするかという仕様の確定そのものが顧客の注文によらざるをえず、したがって、設計段階から顧客の注文に基づくものであり、顧客は長い納期を受容せざるを得ない。鉄鋼業でも、高炉メーカーが生産する鋼板などの製品では、あらかじめ顧客に販売し、仕様を確定してから行われる。通常は継続的な取引であり、建設業のような事前の製品設計は不要で、しかも確定仕様は中途の工程に投入されるので、建設業ほどの長いリードタイムは免れているが、しかし、その後もいくつかの工程が続き、ここでも40~50日といった比較的長いリードタイムを余儀なくされる。こうした産業では、逆にリードタイムの短縮が競争のひとつの焦点となる。逆に、多くの家電製品、日用品雑貨、食品などは、メーカー側が準備した製品を、メーカー自身または販売店の予測に基づき見込み生産する。ここでは、顧客に納期問題は生じないが、メーカーは、今度は在庫をいかに管理するかという問題が重要となるのである。
 こうして、メーカーは受注生産によって長い納期を設定するのか、見込み生産によって在庫をもつのかという問題に直面するのだが、前者は顧客離れを引き起こしかねないし、後者はコスト負担に耐えなければならない。ところで、2~3万点という膨大な数の部品を組み上げていく自動車の場合、顧客の注文通りの生産を行うことは容易ではなくリードタイムも長くなりがちである。一方、車種によっては仕様点数が数万にものぼり、販売動向の予測は難しい。そのうえ、高額商品であり、重量物であって、スペースも多く必要なので在庫ももちにくい。したがって見込み生産も問題が多い。自動車企業では、受注生産か見込み生産かの選択、そして、それが抱える課題の解決は結構切実なのである。 
  しかし、受注生産の場合でもリードタイムが短縮され、ほとんどゼロであれば、顧客離れに直面することはない。逆に予測が極めて高い確率で的中すれば見込み生産でも在庫を回避できる。そこで自動車企業は、このいずれか、あるいは双方に挑戦してこの課題を一挙に解決したいと考えたといってもよい。こうした挑戦から生まれたものづくりなので、それは「ものづくり革命」と称されるべきものなのであろう。TPSやNPWが「ものづくり革命」と呼ばれるゆえんである。


NPWの挑戦
 では、どのような仕組みを構築してこの難題に挑むのか。日産は顧客の注文順に応じる受注生産を決意し、そのために徹底したリードタイムの短縮と効率化を図った。この挑戦が本書で明らかにされたNPWである。具体的には、顧客の注文順に応じた受注生産を展開する。そのために、車両メインラインといわれる車体溶接・車体塗装・車両最終組立では、注文順序で作成・確定された「一個流し生産」、つまり、①最初工程への投入から最終工程の産出まで加工対象(ワーク)の順序が変わらない生産、②工程間の停滞と運搬をなくして、前工程の終了と後工程の開始を直結する仕組みを構築する。そして、それと同期化するようにサプライヤーの納入順序も構築するというものである(車両組み立てラインでの順序投入情報に従う「シンクロ生産」、車両メインラインでの投入順序に基づく「アクチュアル順序生産」などが検討されている)。
 現時点では、仕様の確定した車両の順序と時間は完成車のラインオフの四日前に決まるという。実際の生産工程の進行の中では予期せぬトラブル等があって、必ずしも予定どおりには進まないのが常だが、NPWでは、実際にこの順序で完成車が生産されたかどうかの指標、つまり順序遵守率は平均98%、予定の時間に生産されたかどうかの指標、つまり時間遵守率は平均95%に達するという。この点では、短いリードタイムで受注生産が展開できていると評価してよいだろう。ただし、この4日前時点の計画で顧客の注文によるものは平均しておよそ60%である(追浜工場の例)。残りの40%は見込み生産であり、いったんはメーカー在庫車となるものである。したがって、一方ではこの見込み分をどう的中させるかが課題となるが、本書ではそれが「売れ筋情報」による予測の仕組みとして紹介され、主要な仕様では平均して1ヵ月後に約50%が的中、6ヵ月後には90%以上が販売されているという。ともあれ受注生産を志向するNPWでも、現時点では100%受注生産には達しておらず、見込み生産と組み合わされざるを得ないわけである。

NPWとTPS
 本書の特色のひとつは、トヨタ生産システム(TPS)との「類似点と相違点を明らかにする」ことであるという。本書が「もう一つのものづくり革命」と副題されているのはTPSとは違ったものづくりを試みているからである。NPWとTPSは「同期化した一個流し生産」を目指している点では共通性をもつが、NPWが顧客の注文に基づいた順序遵守生産を目指すのに対し、TPSはディーラーの引き取り枠を前提とした生産であり、直前まで仕様の一部を変更可能にして顧客動向にできるだけ対応しようとはするが、基本的にはディーラーが見込み発注する。したがって完成車の在庫はディーラーが持つが、NPWではメーカーが受注予測を行い、未受注車はメーカーが持つという点で決定的に違っている。TPSの場合は、ディーラーが見込み発注するので、メーカーは基本的には受注生産となる。しかし、短いサイクルで計画を修正し、できるだけディーラーの見込み発注の負担を減らそうとする。NPWは、日々組み立てる完成車のうち、およそ40%の未受注車に関しては、メーカー自身の売れ筋予測によって見込み生産を展開する。両者は受注生産と見込み生産の「重層的な組み合わせ」から成るが、組み合わせ方が違っているのである。本書では直接にNPWとTPSの優劣は論じられていない。それぞれの発展経路の中で違った方策が模索されたことが明らかにされている。

最後に……
 感想を二つ。一つは、4日前にメインラインにリリースされる順序計画のうち、顧客が確定したものがおよそ60%と紹介されているが、この数値はどのように評価されればいいのだろうか、ということである。本書では、この点については特段説明されていない。確かに現時点で100%の確定受注生産は現実的ではないが、では、この6割という微妙な数値は、いかがなのであろうか。自動車という製品の受注生産にとって、計画を4日前に確定するとすれば、おおむねこのあたりが妥当な線なのだろうか。あるいは、もっと高められるべき数値なのだろうか。そうであれば、このレベルにとどまっているのは何に起因するのだろうか。4日前の計画確定を、リードタイムを一層短縮し、同期化をすすめて、3日前、2日前といった具合に遅らせて、この数値を高める方向が模索されるのだろうか。事前の予測情報の精緻化を図り、計画の精度を上げて、4日前であってもこの数値を高める方向をとるのだろうか。この評価と今後の対応については、興味深い点である。
 もう一つは、NPWに対する執筆者の思いに微妙な差があるように思われることの面白さである。現実の事象に対する研究者の評価の違いがにじみ出ているというべきもので、そうした微妙な差をどう考えるかが、産業研究のわくわくする楽しさでもある。 産業研究の大好きな評者としては、研究意欲を刺激される成果である。

(おかもと・ひろきみ 同志社大学商学部教授)
日産プロダクションウェイ -- もう一つのものづくり革命 日産プロダクションウェイ -- もう一つのものづくり革命

下川 浩一佐武 弘章/編

2011年08月発売
A5判 , 296ページ
定価 3,630円(本体 3,300円)
ISBN 978-4-641-16378-2

カルロス・ゴーン氏による改革が注目された日産プロダクションウェイ(NPW)。それは単なるコスト削減だけではなく,顧客への同期化という生産革命を伴うものであった。その実像を資料・調査をもとにその源流にさかのぼって明らかにし,トヨタシステムとの異同も示す。

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