y-knotシリーズ

一般の方向け

2026/4/27 最終更新

7章p.183 web教材⑬

生活史理論

 

■生活史理論とヒトの生活史戦略
生物は,その体の大きさや天敵の有無といった,その生物種に特有の異なる適応課題(進化の過程で対応が必要だった状況)に直面します。したがって,各生物種にとっての「適応的で維持される形質」は種間によって異なり,種間差が生じます。生活史理論は,元々種間差を説明する理論で,それぞれの種が物理的資源や生態エネルギーなどのあらゆる資源をどの領域にどの程度配分するかという戦略の違いを,早い生活史戦略と遅い生活史戦略を両端とする一次元で表現するものです。

 

生物は直面する適応課題に対して,適応度が最大化されるために,自身が持つ資源を生存と繁殖のそれぞれの領域にどのように割り振るのかを迫られます。ところが資源には限りがあるので,必然的にその割り当ては領域間でのトレードオフを生じさせます。大雑把に捉えれば,資源を割り当てる領域は「自己の維持(生存)」(somatic effort)-「繁殖」(reproductive effort)の領域,加えて,繁殖の領域においても養育(parental effort)-配偶(mating effort)の領域があります。各領域への資源の割り当てのパターンは生物種間によって異なり,それが種間の戦略の違いに反映されます。つまり,これらの領域はその他のあらゆる形質の差異に波及するのです。

 

(単純化すれば,)天敵の存在や環境的な不安定さによって死亡リスクが高いような種は,自己の維持や子どもの養育を犠牲にして,子どもをできるだけ多く産むことに資源を割いた方が適応的です。なぜなら,生存や子育てに資源を投資しても,不可抗力的に死ぬ可能性が高いので,それらはしばしば無駄になります。それなら,長生きしたり悠長に子育てをするよりも,子に対するサポートがなくても運よく生き残る絶対数ができるだけ多くなるようにできるだけ多くの子どもを生む方が効率的でしょう。すなわち,このような種では自己の維持よりも繁殖に,養育よりも配偶により多くの資源を割く戦略がとられます。

 

一方で,明らかな天敵が存在せず,環境的にも安定しているような死亡リスクが低い種では,それぞれの個体が生き残ります。するとその環境内に多くのライバルが存在し,必然的に同種内の競争が生じます。このような環境では,ライバルに打ち勝つことができるように自己の維持に努め,また,手厚い養育によって強い子どもを育てることに資源を割く方が適応的です。つまり,ライバルとの競争に勝って質の高いパートナーをゲットし,そのパートナーとの協力を通じて少数であっても質の高い子どもを生存させていく方が効率的です。このような種間差を一次元の連続体(これをr/K連続体といいます)で表現するのが生活史理論です。先述した前者の「数打ちゃ当たる」戦略の極をr戦略,後者の「狙い撃ち」戦略の極をK戦略といいます。そして,各生物種の戦略の差異はこれらを両極とするr/K連続体のいずれかに位置付けられ,表現されます。

 

戦略が形成される環境は,ロジスティック曲線で表すことができます(図1)。このように種間差を表現する一次元のr/K連続体では,先述した前者の「数打ちゃ当たる」戦略の極をr戦略,後者の「狙い撃ち」戦略の極をK戦略といいます。そして,各生物種の戦略の差異はr/K連続体によって表現されます。

 

図1 ロジスティック曲線
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左辺は時間あたりの個体増加率,Nは個体数,rは内的自然増加率(その生物が実現する可能性のある最大の増加率),Kは環境収容力(その環境における個体数の定員)。N<Kの場合はrを高める(個体数を増やす)ことに資源を割き,N=Kの場合はその環境から締め出されないように競争で勝つことに資源を割く方が適応的である。

 

■生活史理論のヒト種内の個人差への応用

このように,生活史理論は戦略の種間差についての理論ですが,戦略の違いは同種内でも示されます。つまり,種間差としての平均的な戦略の差に加えて,種内での戦略の分散,つまり個体差(個人差)が存在します。種としてのヒトは一般的にK戦略の傾向が高いものの,ヒト種内でのr/K戦略差のような個人差が示されます。戦略の違いを反映する個人差は,当然,パーソナリティを含むさまざまな形質で生じます。また,その戦略(個人差)が適応的かどうかはその個体が置かれた環境との相互作用によって決まります。

 

この,ヒト種内の一次元(身長や体重,あるいはパーソナリティ特性の程度のような連続的な差異)で表現される戦略も生活史戦略と呼ばれます(図2)。生活史戦略の個人差は,あらゆる個人差を説明する進化的基盤として捉えられるかもしれません。実際に,そのような観点からの研究が蓄積されつつあります(Figueredo et al., 2014)。

 

図2  生活史戦略のそれぞれの極の特徴
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■ヒトの生活史戦略の個人差
生活史戦略の個人差も,種間差の戦略の差と同じようなプロセスを経て生じます。すなわち,遺伝的要因に加え,それぞれの個人がおかれた幼少期の環境を通して,その個人の適応度が最大化されるような戦略が形成されます。

 

単純化すれば,不安定で予測不可能な環境状態,すなわち,いつ死ぬかわからず長期的な展望がもてないような環境におかれた子どもは,自身の強化には資源を割かず,それよりも,生殖やそのための活動に資源を割き,また,将来的な我が子の養育には最小限の資源しか割かないといったような戦略が形成されるでしょう。具体的には,たとえば養育者の応答がランダムだったりマルトリートメント(子どもの発達に望ましくない養育やかかわりなど)を受けるような環境におかれた子どもは,さまざまな能力・スキルを高めたり資源を蓄えたりすることには資源を割かず,それよりも,将来的により多くの子どもを産むことに特化し,また,子どもが生まれたとしても手厚い養育はしない,という行動パターンが形成されやすいといえます。これは,r/K連続体ではrの極に当たるような戦略であり,早い生活史戦略(fast life history strategy)と呼ばれます。

 

一方で,安定的で予測可能な環境状態,すなわち,将来的な展望をもてるような環境(たとえば,養育者が応答的,継続的・安定的な食料供給など)では,自身の強化や,少数の子どもを特定のパートナーと協力して養育することに資源を割くような戦略が形成されるでしょう。これは,r/K連続体ではKの極に当たるような戦略であり,遅い生活史戦略(slow life history strategy)と呼ばれます。

 

なお,このような幼少期の養育環境と個人差の関係は,アタッチメント理論の養育環境と内的作業モデルとの関係と対応することも指摘されています(遠藤,2005;※ただし,完全一致しているわけではない点に注意)。

 

r/K連続体で表現される種間の戦略の差と同じように,ヒトの生活史戦略の個人差は,自己の強化や養育・配偶への資源やエネルギーの投資の個人差だけでなく,生活史のあらゆる活動の個人差に関連します。たとえば,早い生活史戦略であるほど将来を軽視し,現在の利益を追求します。すなわち,将来的に社会関係から排斥されたり報復を受けることは「どうでもいいこと」ですので,手段が合法か否か,倫理的か否かを問わず今この瞬間の目的を達成しようとするかもしれません。一方で,遅い生活史戦略は長期的な展望を持って将来的に大きな利益を追求します。すなわち,将来的に不利益を被るリスクを避けようとしたり,現在よりも将来の目的を達成するための活動を重視します。

 

【喜入 暁】

 

(引用文献)
Figueredo, A. J., Wolf, P. S. A., Olderbak, S. G., Gladden, P. R., Fernandes, H. B. F., Wenner, C., … & Rushton, J. P. (2014). The psychometric assessment of human life history strategy: A meta-analytic construct validation. Evolutionary Behavioral Sciences, 8(3), 148.