第1章 アイデンティティのよりどころ──個人化する社会のゆくえ
*社会圏の交差
G. ジンメルによって提唱された考え方。近代化にともなって機能分化が進展すると,社会圏は多様化し,諸個人が所属する集団の数も増大する。近代社会において人々はさまざまな社会圏の影響を被るが,その効き方は人によって異なるため,諸個人の個性は伸長を遂げることとなる。
*鏡に映った自己
C. H. クーリーによる考え方。諸個人が他者の心に映じた自分の姿を想像すること。自己は単独では存在しえず,必ず他者の精神を志向することを通じて構成され,また更新されている。誇りや恥といった感情も,鏡に映った自己の確認によって生起するものである。
*一般化された他者
G. H. ミードは,他者の示す普遍的で非個性的な態度のことを一般化された他者と呼んだ。それは,自我に統一性を付与してくれる共同体や集団であったりもする。社会において人々は一般化された他者というものを想定し,その期待に沿った振る舞いをすると考えられる。
*大 衆
マス・メディアによって影響を受け,往々にして斉一的な態度と行動を示す,匿名で大規模な人々の集合のことを大衆という。対面的で非合理的な群集,非対面的で合理的な公衆,非対面的で非合理的な大衆という性格分けがなされることもある。
第2章 日本社会の就職の仕組み──働く力をどう養い,評価するか
*学校から仕事への移行
人々の人生において,学校教育を受ける段階から,それを修了し,安定的な仕事に就く段階への移行を指す。この移行が順調に進むかどうかは,個人がどのような教育・訓練を受けたかだけでなく,その社会の教育・訓練職業教育・訓練制度のあり方や,労働市場の仕組みなどによっても大きな影響を受ける。
*制度的補完性
社会のさまざまな制度は,「ある制度が存在しているおかげで,別の制度もうまく機能する」という関係をもつことがある。このような社会の制度間の機能的な親和性を,制度的補完性と呼ぶ。制度的補完性は,さまざまな国の間での資本主義システムの多様性を説明するうえでも重要な概念となっている。
*社会的埋め込み
個人や組織による経済行為が,社会的ネットワークや社会の制度や文化に強く影響されていることを指す。もともとはK.ポランニが提起した概念で,その後M. グラノヴェターらによって,経済社会学の主要概念として広く用いられた。
第3章 メディアでスポーツを見ること──女子サッカーにおける「ゲームの楽しみ」に向けて
*メディア・イベント
D.ダヤーンらによる定義では,「テレビに固有な物語」として,見る者に連帯をもたらす祭礼的な視聴体験とされている。メディアが国家行事に人々を動員する仕組みとして批判的に見られる一方で,近代社会の中で互いに孤立した人々を結びつける点で積極的に評価する見方もある。
*文明化
N.エリアスは,社会の近代化にともない,さまざまな分野で身体的な欲求をコントロールすることが制度化されていく過程(文明化)があることを指摘した。スポーツもまた,あからさまな暴力をルールによって排除しながら,人々が攻撃に向かう欲求をコントロールするための制度(社会的装置)として位置づけられている。
*遊 び
遊びが共通して「何かのふりをする」という特徴をもつ点は,遊びの分析で有名なR.カイヨワによっても「模擬」という分類によって示されている。一方で,J.ホイジンガによれば,遊びが厳格な秩序にしたがって独自の仮構の世界を作り出す点で,宗教や祭礼と等しい意味をもつことから,遊びが文明の根源をなすものとして位置づけられている。
*ユーフォリア
E.ゴフマンは,ルールによって独自に作り出されるゲームの世界に対して,参加者が自らの身体や言葉の活動を,その世界について意味のあるように一致させることで,ゲームが成立するとともに,ゲームの楽しみが生じるとした。この楽しみがユーフォリアで,参加者が活動に没頭することによって一致が維持され,その楽しみが最大に近いものとなるという。
第4章 社会の中の宗教──宗教のトリセツ
*世俗化
近代化にともない宗教が担う社会的役割がしだいに減じてくることを世俗化という。政治や経済,科学などの諸領域が宗教の管轄下より独立し,宗教が公的な影響力を失ったということが強調される一方で,他の領域に煩わされない宗教独自の領域の確立により,宗教の純粋化が起こっていると捉える見方もある。今後は欧米以外の社会をも射程に入れた議論の構築が待ち望まれている。
*神仏習合(しんぶつしゅうごう)
異なる宗教が接触により融合し,複数の宗教的伝統が混じり合うことをシンクレティズム(syncretism)という。習合宗教,重層信仰などと訳される。土着の神信仰と外来の仏教が入り混じった状況を指す神仏習合は,シンクレティズムの典型である。
*新宗教
新宗教とは,既存の宗教文化的伝統から離れた宗教的な運動や組織のことである。実は仏教やキリスト教も始まりは新宗教である。日本では概ね19世紀以降に誕生し,その後発展した各種の宗教を指すのが一般的である。教祖と呼ばれる人物の強い力を中心に展開していくことが多い。
第5章 〈移民〉とは誰なのか──社会学の視点で考える
*グローバル化
資本主義経済の拡大と技術革新によって,資本,商品,人,情報,文化などが国境を越えて移動し,世界各地の相互依存が強まる社会変動の過程。それは世界が統一される過程のように見える一方,Z. バウマンがいうように社会の上層と下層の格差を押し広げ,新たな分断を同時に引き起こすという矛盾した性格をもつ。
*社会関係資本
人のつながり,つまり社会的ネットワークが資本として蓄積され,そこから生まれる信頼関係や互酬的な相互依存の規範が,その人に利益をもたらすという考え方。社会関係資本の蓄積は個人だけでなく集団にも利益をもたらす。R. パットナムは,他者との信頼,互酬性の規範などが社会に蓄積されるほど,その社会の行政の効率や信頼が高くなるということを明らかにした。
*移民ネットワーク
人が国境を越えて移住するのはミクロな個人の行為でも,マクロな構造に突き動かされるのでもなく,移民自身が生み,発展させる中間的な社会組織やネットワークが重要な役割を果たす,と考えるメゾレベルを重視するアプローチ。一方向ではなく,双方向の移動や関係性を通したトランスナショナルな社会空間に着眼。それまで「孤立」した存在として捉えられてきた移民を「包摂」された存在として描きなおした。
*ハビトゥス
P. ブルデューが定式化した概念。話し方や振る舞い,好み,価値観などは,幼い頃から家庭や地域での習慣を通して身につけるがゆえに,その人の社会階級に強く規定されている。だがこのような「心的傾向や行動様式,モノの見方=ハビトゥス」は一方的に社会構造の影響を受けるのではなく,それに基づいて人々が行動・実践することで,社会的世界を構築する側面ももつ。つまりハビトゥスとは構造化された構造であり,同時に構造化する構造である。
第6章 共在と身体の両義性──他者とともにいるとき/ところ
*相互作用
英語のinteractionの訳で,相互行為とも訳される。定義は本文中に紹介したG. ジンメルのものがわかりやすい。物理的な事象にも用いられるが,社会学では伝統的に,人と人の間を想定して用いられることが多い。近年では,人と人間以外の存在との間の相互作用への関心も高くなっている。なお,社会を相互作用として捉える社会学上の理論的立場として,アメリカで生まれたシンボリック相互作用論がある。人と人間以外については,アターネットワーク理論がある。
*共 在
英語のcopresenceの訳。E. ゴフマンが直接的・対面的な社会的相互作用を論じるために用いた。「他者を経験していることを含め,各自が行っていることが相手に知覚されるほどに近接している,また知覚されているという感覚が知覚されるほどに近接している,と人びとが感じる」ような状況(Goffman 1963: 17)のことである。
文献
Goffman, E., 1963, Behavior in Public Places: Notes on the Social Organization of Gatherings, The Free Press.
*儀礼的無関心
英語のcivil inattentionの訳。 E. ゴフマンが対面的相互作用を論じる際に用いた。直訳すると「市民的非注意」だが,翻訳書『集まりの構造—-新しい日常行動論を求めて』(Goffman 1963=1980)の訳が定着している。「相手をちらっと見ることは見るが,その時の表情は相手の存在を認識したことを(そして認識したことをはっきりと認めたことを)表す程度にとどめるのが普通である。そして,次の瞬間にすぐに視線をそらし,相手に対して特別な好奇心や特別な意図がないことを示す」こと(Goffman 1963=1980: 94)である。
文献
Goffman, Erving, 1963, Behavior in Public Places: Note on the Social Organization of Gatherings, The Free Press. (丸木恵祐・本名信行訳,1980,『集まりの構造――新しい日常行動論を求めて』誠信書房.)
第7章 資本主義社会を理解する──自分の「社会的位置」を知る
*階 級
一般的には,経済的不平等に基づいて形成された優越をともなう集団を指すことが多い。K.マルクスは,階級を,生産手段を所有する資本家階級,労働力のみを所有する労働者階級,土地を所有する地主階級の3つに区分した。他方で,階層とは,主に,職業,学歴,収入などの社会的地位によって適宜区分される社会集団を指す。
*労働力
何かを生産するために費やされる人間の精神的,肉体的な能力のこと。労働力の発揮状態が労働である。なお,人間は1日の労働によって,1日の生活資料以上の剰余生産物を生産してきた。奴隷主,封建領主は権力関係によってこの剰余労働を得ており,資本主義では資本家は労働力商品を購入することでこの剰余労働を得る。
*剰余価値
剰余価値とは,価値の増殖分のこと。資本の目的は価値増殖にある。すなわち,投資したGをG’(G+g)として増加させることにあるが,この増殖分(g)を剰余価値という。資本にとって,この剰余価値は利潤となる。資本の生産過程では資本が買い入れた労働力が新しい価値(賃金として支払われた価値を含めて)を形成する。