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2023/3/2 最終更新

活かすゲーム理論 オンライン・コンテンツ8.1

ロビー活動

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【浅古泰史】

本稿は,浅古泰史・図斎大・森谷文利『活かすゲーム理論』有斐閣の第8章までを読んだ読者を対象としたオンライン・コンテンツです。完全ベイジアン均衡の応用例の1つを紹介します。

利益団体が政治に影響を与える方法の1つとして,ロビー活動(lobbying)があります。ロビー活動とは,主に利益団体がロビー活動の専門家(ロビイスト)を雇用し,政治家や政府との交渉を試みる手段です。ロビイストは,独自の分析をもとに政治家に対し政策提言を行います。また,政治家や官僚だけではなく,有権者に訴えるためにメディアに出るほか,法案自体を書くこともあります。このように,ロビイストは政治家に対し,利益団体が好む政策の実行を説得する役割を担うことになります。

ロビー活動というと,利益団体が大金を使い政治家に働きかけ,政策を自身に有利なように捻じ曲げるような汚い行為のように思われるかもしれません。時代劇の,越後屋とお代官様みたいな関係ですね。しかし,必ずしもロビー活動は好ましくない側面だけとは限りません。政治家や政府も,どのような政策が国民にとって好ましいかわからないこともあるでしょう。選挙に勝つために,あるいは純粋に国民のために,より良い政策を実行したいと政治家が思っていても,情報が無ければ正しい判断はできません。そのとき,ロビー活動が有効になってきます。限られた情報のみ有する政治家に対し,ロビー活動を通して新たな情報を提供することは,政治家に「国民が求めている政策」を知らせることができ,より良い政策の実施につながるかもしれません。本稿では,ロビー活動の重要な側面の1つである政治家への情報提供機能を,モデルを使って検討してみましょう(Potters and van Winden, 1992)。

利益団体と政府の2人のプレーヤーを考えます。有権者も登場しますが,明示的なプレーヤーではありません。ここでは1つの利益団体のみが存在すると考えましょう。政府は2つの政策の選択肢,政策\(x\)か政策\(y\),から1つを実行します。利益団体は政策\(y\)から効用1を得ますが,政策\(x\)からの効用はゼロとします。つまり,利益団体は常に政策\(y\)を好んでいるということです。

社会は2つの状態,状態\(X\)と状態\(Y\),のいずれかであると考えます。状態\(X\)の時には政策\(x\)の実行が有権者にとっては好ましく,状態\(Y\)の時には政策\(y\)の実行が有権者にとっては好ましいとします。例えば,不景気に陥った経済を考えてみましょう。状態\(X\)とは,現在の不景気が経済構造の欠陥に根差すものであり,根本的な経済制度の改革(政策\(x\))が必要です。一方で,状態\(Y\)とは,不景気が一時期的な景気循環によるものであり,経済構造自体には問題がない状態と解釈できます。その場合,無理に経済構造改革(政策\(x\))を実行すると,景気になお一層の悪影響を与える可能性が生じるため,景気刺激策(政策\(y\))のみを実行するべきである,と解釈できます。具体的には,状態\(X\)の時に政策\(x\)が実行されたとき有権者は1の効用を得ますが,政策\(y\)が実行されれば効用は0とします。一方で,状態\(Y\)の時には,政策\(y\)が実行されたとき1の効用を,政策\(x\)が実行されたとき0を得るとしましょう。つまり,状態\(X\)のときのみ,利益団体と有権者の間で利害対立が生じていることになります。

政治家は有権者と同一の政策選好を有すると仮定します。有権者のために尽くしたいと思っているようなとても善良な政治家と考えても,選挙に勝つためにできるだけ有権者の利益になるようなことをしたいと思っている選挙に勝ちたい政治家を考えてもかまいません。しかし,利益団体は社会の状態を知っている一方で,政治家と有権者は知らないと考えます。ただし,政治家は状態\(X\)である確率は\(p(0<p<1)\)であると考えているとします。

利益団体は「ロビー活動をする」か「しない」かの2つの選択肢を有し,ロビー活動を行うには\(c>0\)の費用がかかると考えましょう。ロビイストを雇ったり,調査をして資料を作ったりするための費用です。ただし,\(c<1\)と考えます。ロビー活動では,独自の分析に基づき,社会の状態に関する情報を政治家に与えます。ロビー活動は政治家を説得するための活動であり,説得的な証拠を提示しなくてはならないため,嘘をつくことは難しいと考えられます。よって,ロビー活動では嘘をつけないと仮定しましょう。本書の中でも議論した,「嘘をつけない広告」のようなものです。つまり,ロビー活動を行った場合,政治家は正しく現在の社会の状態を把握できます。ロビー活動で嘘をつけないのであるならば,状態\(X\)のときに,わざわざ状態\(X\)であることを,費用を払ってまで政治家には伝えないでしょう。よって,ここでは状態\(Y\)のときのみ,利益団体はロビー活動をするか否かを決定し,状態\(X\)のときにはロビー活動はしないと仮定します。以上の議論をまとめると,図1のゲームの木になります。

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このモデルには利益団体がロビー活動を行わない均衡も存在しますが(練習問題参照),ここでは「利益団体が状態\(Y\)のときロビー活動を行う」という均衡が存在するかに関してのみ検討していきましょう。政治家は状態\(Y\)のときには,ロビー活動を通して社会の状態を知ることができるため,政策\(y\)を実行することが最適です。それでは,ロビー活動が行われなかった時の情報集合における整合的信念を考えてみましょう。状態\(Y\)の時に利益団体は必ずロビー活動を行うと考えているため,ロビー活動が行われなかった場合に状態\(Y\)である確率はゼロです(図1の意思決定点②にいる確率はゼロ)。よって,整合的信念は「ロビー活動がなかったら100%の確率で状態\(X\)である」になります。以上から政治家は,ロビー活動が行われないときは,政策\(x\)を実行します。社会の状態にかかわらず,政治家は自身(そして有権者)の最も好ましい政策を実行することができるため,この戦略は政治家にとって最適です。

一方で,利益団体の意思決定を考えてみましょう。状態\(Y\)のときは,\(c\)の費用を払ってロビー活動を行えば,利益団体にとって好ましい政策\(y\)が実行されるため,\(1-c\)を得ます。一方でロビー活動を行わないと,前述したように,政治家は社会が状態\(X\)であると考え政策\(x\)を実行してしまうため効用はゼロになります。よって,\(c<1\)という仮定から,状態\(Y\)のときはロビー活動を行うことが最適になります。まとめましょう。

完全ベイジアン均衡

  • 利益団体は状態\(Y\)のときにロビー活動を行う。
  • 政治家はロビー活動があれば政策\(y\)を選び,なければ政策\(x\)を選ぶ。
  • 政治家は,「ロビー活動がない場合の社会の状態は100%の確率で状態\(X\)である」という信念を有する。

この均衡上では,ロビー活動を通して政治家は情報を正しく把握でき,政治家だけではなく,有権者にとっても好ましい政策が実行できる可能性が示されています。利益団体は自身の利益だけを考え,政策\(y\)を実行したいがためにロビー活動を行っています。それでも,そのロビー活動を通し,政治家は社会の状態を正しく把握することができ,有権者の好む政策を実行するに至っているわけです。一方でロビー活動が無い場合,政治家は状態\(X\)である可能性が高い(\(p>0.5\))ときには政策\(x\)を,状態\(Y\)である可能性が高い(\(p\lt 0.5\))ときには政策\(y\)を実行します。しかし,この場合には,有権者にとって好ましくない政策が実行される可能性があります。例えば,状態\(X\)である可能性が高い(\(p>0.5\))ときに政策\(x\)が実行された場合,\(1-p\)の確率で社会の状態は\(Y\)であり,政策\(x\)は有権者にとって好ましい政策ではありません。ロビー活動による情報提供は,有権者の利益にもなっている可能性をモデルは示唆しています。

練習問題(ロビー活動が行われない均衡)

  1. 本稿のモデルには他に,社会の状態にかかわらず,利益団体がロビー活動を行わない完全ベイジアン均衡が存在する。ロビー活動が行われない均衡が存在する条件(\(p\)の値)を示したうえで,実際に均衡になることを証明せよ。

参考文献

  • Potters, Jan, and Frans van Winden (1992) “Lobbying and Asymmetric Information,” Public Choice, 74, pp. 269-292