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2023/3/2 最終更新

活かすゲーム理論 オンライン・コンテンツ5.1

参議院は不要か

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【浅古泰史・森谷文利】

本稿は,浅古泰史・図斎大・森谷文利『活かすゲーム理論』有斐閣の第5章までを読んだ読者を対象としたオンライン・コンテンツです。サブゲーム完全均衡の応用例の1つを紹介します。

1. 参議院のカーボンコピー論

日本やアメリカなどの議会では両院制が採用されています。両院制とは,議会の中に2つの議院がある制度で,日本の議会は衆議院と参議院に,アメリカの議会も上院と下院に分かれています。国によっての細かな違いはありますが,両院制下においては原則として,法案の実現には両院での可決が必要となります。この両院制が採用される一つの理由として,政治的安定性の確保があります(浅古,2016など)。一院制であった場合,政権政党が変わるたびに政策が大きく変えられる可能性があります。政策の頻繁な変更は混乱を招く可能性はありますし,同時に宗教・民族的背景が多様な国においては,国内の紛争にまで発展する可能性もあります。よって,イラクなどの新興民主主義国では両院制の導入が強く求められてきました(Public International Law and Policy Group, 2003)。

日本の場合,内閣総理大臣の指名,予算の決定,および他国との条約の承認において,衆議院と参議院の意見が分かれた場合,衆議院の意見が優先されます。さらに,参議院で否決された法案でも,2/3以上の衆議院議員が賛成する法案であれば実現されます。このように,衆議院の優越は存在していますが,2/3以上の議席を与党が占めることは難しく,参議院の権限は小さくありません。その一方で,参議院に関しては以下のような不要論も存在しています(大山,1997など)。

【事例(参議院のカーボンコピー論)】

参議院が衆議院で可決された法案のほぼすべてを承認していることから,参議院の存在意義がないのではないか,という指摘がされている。衆議院を通過した法案を,ほぼ自動的に承認しているように見えるからだ。事実,1945年の第1回国会から2009年の第171回国会にかけて,衆議院を通過した全内閣提出法案のうち,参議院で修正・否決・審議未了・継続審議にされた法案はわずか11%にしか過ぎない(竹中,2010,p.10)。このような批判は,参議院が衆議院と同じことをしているに過ぎないと考えることから,カーボンコピー論やラバースタンプ論と言われている。

この指摘が正しいならば,政治的安定性という両院制の目的の1つは達成できません。それでは,参議院が衆議院を通過した法案をほぼ承認しているという事実から,参議院は不要であるという結論を導くことはできるのでしょうか。早速,ゲーム理論を用いて検討してみましょう。

2. 両院制のモデル:利害対立が小さい場合

両院制の事例を次のようにモデル化して考えてみましょう。日本では,法案の多くは衆議院から審議されるので,衆議院から意思決定を行うモデルにします。つまり,衆議院が議案を先に決定できるということです。このように,議案を決定する主体のことは,議案決定者(agenda setter)と呼ばれます。現実には,審議の前に衆議院と参議院(あるいは与党と野党)は議論を通して法案の調整をおこなっていますし,参議院で修正された場合には両院協議会が開かれます。しかし,ここではそれらの細かな制度を捨象したうえで,各院における可決/否決の意思決定のみを分析していきましょう。

【モデル(両院制①)】
ある法律の改正案についてA案とB案があり,以下のように審議される。

(1) 衆議院がA案を可決するか,B案を可決するかを決定する。
(2) 衆議院が可決した法案に対して,参議院は可決するか否決するかを決定する。

両院とも承認した法案は実現する。一方で,参議院が否決をした場合には,現状維持となり,法律は改正されない。両院の法案に対する好みを以下とする。
20005_ch5-1_table1

つまり,両院ともに法案の改正はしたいと思っているという点においては利害が一致していますが,A案が良いかB案が良いかという点に関して利害は一致していません。よって,3.2節で紹介した逢引ゲームと,ほぼ同じ状況ですね。大きく違う点は,審議順序を表現しなければならないという点です。つまり,同時手番ではなく,逐次手番になっているということです。このモデルをゲームの木で表現すると,図1になります。

20005_ch5-1_figure1

後ろ向き帰納法を用いて分析していくので,まずは後手のプレーヤーである参議院の選択から分析します。参議院は先手の衆議院の選択を観察した上で意思決定するため,先手のそれぞれ選択に対して最適な行動を選択することができます。衆議院がA案を通過させてきた場合には,

(可決の利得)=1>0=(否決の利得)

となり,B案を通過させてきた場合には,

(可決の利得)=2>0=(否決の利得)

になるため,いずれの場合にも可決すること,つまり(可決,可決)が最適な戦略であると言うことができます。

次に先手の衆議院の行動について考えましょう。衆議院は参議院の反応を予想しながら,通過させる法案をA案とするかB案とするかを決定します。先ほどの議論から,参議院は「いずれの場合も可決する」と予想できます。この予想に基づけば,衆議院はA案を通すと利得2を,B案を通すと利得1を得ると予想できるので,衆議院は自身が最も好んでいるA案を選択することになります。

以上の議論から,「衆議院はA案を通し,参議院は常に可決する」こと,つまり,

(衆議院の選択,参議院の選択)=(A案,(可決, 可決))

が部分ゲーム完全均衡だと結論付けることができます。

この均衡では衆議院の最も好ましい選択肢であるA案が成立しています。参議院はどちらの提案でも可決することがわかっているので,衆議院は自身が最も好む改正案を参議院に送ることができるからです。一方で参議院としては,できれば自身にとって最も好ましいB案を提案してほしいと思っています。そこで参議院は,以下のように衆議院を脅してみることにしたと考えてみましょう。

もしA案を参議院に送ってきたら,我々は否決をする。法律を改正したければ,B案を通せ。

しかし,部分ゲーム完全均衡では,このような参議院の脅しはうまくいきません。参議院は法律の改正を現状維持より好んでいます。よって,仮にA案が提案された場合,参議院にとって得になる行動は可決することです。衆議院は,A案を通過させた場合,参議院は可決してくれると予想できるわけです。よって,「A案が送付されてきたら否決する」という脅しには信憑性がありません。そうです。この脅しは,本書のp. 186でも議論した「から脅し」になります。

このように,議案決定者である衆議院は,参議院の行動を見越したうえで,自身の最も好むA案の方を成立することができています。一般的に,議案決定者は大きな影響力を持っており,他のプレーヤーに比して,自身により有利な結果に引き寄せることができると考えられています。

3.両院制のモデル:利害対立が大きい場合

ただし,衆議院は常に自身が最も好む法案を通せるわけではありません。両院での間での利害対立が小さくない場合には,状況が変わってきます。次のモデルを考えてみましょう。

【モデル(両院制②)】

両院制①のモデルのうち,参議院の利得を次のように修正する。つまり,参議院にとって現状維持の方がA案より好ましい状況となっている。
20005_ch5-1_table2

このモデルのゲームの木は図2になります。この新たな設定下でも,均衡の求め方は変わらず,終点に近い方から後ろ向き帰納法によって導出します。A案が通過してきた場合,参議院はA案より現状維持を好むため,否決を選択します(1>0)。一方で,B案が通過した場合は可決します(2>1)。それを見越した衆議院は,否決されて現状維持になることを恐れ,B案を提示します。よって,部分ゲーム完全均衡は,(B案,(否決,可決)) です。前のモデルと異なり,参議院が最も好むB案が実現します。

20005_ch5-1_figure2

両院制①のモデルでは,参議院はA案を現状維持より好んでいたため,「A案を送ってきたら否決するぞ!」という脅しには信憑性がありませんでした。一方で,参議院がA案より現状維持を好んでいる場合には,参議院にとってA案は否決した方が良い改正案になっています。その結果,「A案は否決する!」という脅しは信ぴょう性のある脅しになり,衆議院はB案を提案することを選択しています。しかし,そもそも後者の場合,参議院は脅す必要すらありません。衆議院はA案が否決されることを見越すことができるため,脅しがなくとも衆議院はB案を提示します。

ここでは参議院にとって有利な結果になっていますね。参議院のように,議案に対し拒否権を有しているプレーヤーを拒否権プレーヤー(veto player)と言います。拒否権プレーヤーは多くの現状の政策を自分に不利になるようには変更させない力を有しています。ここでも,A案という自分に不利な法案の成立を阻止することができるため,衆議院はB案を審議せざるを得なくなっているわけです。議案決定者の影響力は大きいことに変わりはありませんが,拒否権プレーヤーの存在は,議案決定者にとっての大きな制約になり得ます。

4. 参議院は不要か

ここで最初の問いに戻ってみましょう。「衆議院が参議院に送った法案のほとんどが,参議院に承認されている」という事実から,参議院の存在に意味がないと言い切れるでしょうか。上の2つのモデルにおいて,均衡上で衆議院が送った法案が否決されることはありません。両院制①のモデルでは,A案が提示され可決されます。両院制②のモデルでは,B案が提示され可決されます。どちらの場合も,参議院は衆議院が送ってきた法案を可決しています。それでは,参議院の存在は意味のないものなのでしょうか。

ここで,参議院が存在しなかった場合を考えてみましょう。参議院が存在しないならば,衆議院は当然A案を常に成立させようとします。しかし,両院制②のモデルにおいて均衡上成立している改正案はB案です。この場合,参議院はA案を廃案にしたいと思っています。衆議院は,わざわざ参議院に廃案にされるようなA案を提示して現状維持になることは避けたいため,均衡上ではB案を提示します。その結果,参議院は可決しているわけです。よって,参議院の存在は衆議院の行動変容を促しているという意味において,大きな影響を与えていると言うことができます。以上の議論から,参議院が衆議院を通った法案のほとんどを可決しているという事実だけで,参議院の影響は小さいと結論付けることはできません。実際に竹中(2010)は戦後の議会において参議院の影響力が大きく,政府(衆議院)は参議院の意向を重んじつつ政権運営をしてきたことを示しています。

ただし,参議院不要論の論拠は他にもあります。例えば,衆議院と参議院には法案審議のあり方でも大きな違いはないという指摘がされています(福元,2007)。また,政治制度によっては一定程度の政治的安定性の確保は可能であるため,あえて莫大な費用のかかる両院制を採用する必要があるのかという疑義もあります(浅古,2016)。本章の議論をもって,参議院は絶対に必要であるとまでは言い切れないことに注意してください。

参考文献

  • 浅古泰史(2016)『政治の数理分析入門』木鐸社
  • 大山礼子(1997)『国会学入門』三省堂
  • 竹中治堅(2010)『参議院とは何か1947~2010(中公叢書)』中央公論新社
  • 福元健太郎(2007)『立法の制度と過程』木鐸社
  • Public International Law and Policy Group (2003) Establishing a Stable Democratic Constitutional Structure in Iraq: Some Basic Considerations,Century Foundation.