1章p37 web教材⑥
行動主義/認知主義/感情主義の関係
デュークスらは,その主張の根拠として,1980年代以来,感情研究の資金獲得や,行動や認知の研究論文等出版物において感情に関わる内容が増加の一途をたどっていること,また心理学や感情神経科学(affective neuroscience),発達科学,比較感情科学(comparative affective science:ヒトとヒト以外の動物の感情プロセスの進化的・比較行動学的基盤を探究する科学),臨床科学,感情計算論(affective computing:人工知能やロボットなどに感情プロセスの実装などを試みる学問領域)などで感情科学(affective sciences:感情現象のあらゆる側面を学際的に探究する科学)がますます発展しているほか,哲学,歴史学,言語学,行動経済学,政治経済学,人類学,社会学,法学,教育学,環境科学(気候変動緩和策など),国際紛争・和解研究(conflict and reconciliation research),政治学,公共政策,コミュニケーション,文学,芸術などの多くの人文科学・社会科学の学術領域でも感情への研究関心が増加し,感情科学の影響力も増し続けていることなどを挙げている。上記の多くの学問領域の羅列だけでも,感情がいかに学際的・国際的・先端的な研究テーマであるか,想像していただけただろうか。
Affectivismという用語には“-ism”(主義)とついているので,その他の考えを認めないような排他的で急進的な派閥をイメージしやすく,ともすると物騒に思われるかもしれない(実際,感情を最も重視する立場であることをあえて表明しているようなネーミングなので,他の立場から意図しない反発を招き得ないか,筆者自身はやや危惧している)。しかしながら,デュークスらによると,その真意は全く異なる。すなわち,感情主義には,心理学でかつて支配的であった行動主義(behaviorism:直接観察可能な人の振る舞いの探究を重視する立場),それに続いて支配的になった認知主義(cognitivism:知覚や記憶,注意,意思決定といった,人の内なる思考プロセスの探究を重視する立場)に続くものとして,学説として支配的になるのではなく,行動主義や認知主義と互いに相補い,人の感情のみならず,思考や振る舞いをもより豊かに説明・予測する力を秘めるものとしての役割が提案されている(図)。したがって,感情主義は,排他的で急進的というよりもむしろ協調的で穏健的な立場として解釈しておいたほうがよいかもしれない。
図 行動主義/認知主義/感情主義の関係

(出所)Dukes et al., 2021, Fig.1より作成。
■理論の対立を超えて
「The rise of affectivism」は、筆頭著者のデュークス,D.(Daniel Dukes)と最終著者のサンダー,D.(David Sander)が主に執筆しているものの,その他,心理学や哲学,神経科学などの分野における感情研究で名を馳せてきた錚々たる研究者62名,総勢64名の共著論文であり,感情現象をめぐる関心と研究知見が増加し続けてきたことで,今やaffectivism(感情主義)の時代が到来しているのではないかと積極的に問うことの意義を主張している。
64名の共著人数自体の多さもさることながら,この「感情主義」論文においてさらに驚くべきは,誰が共著者に名を連ねているかということである。ダマシオ,A.(Antonio Damasio)やルドゥー,J. E.(Joseph E. LeDoux)といった,日本でも翻訳文献が複数出版されている著名な神経科学者のほか,普段は互いの感情理論を議論が絶えず泥沼化するほどに批判し合っている哲学者や心理学者,神経科学者たちが,理論の対立を超えて,感情主義の到来を問うべき時代に入ったことに関しては合意している。具体的には,エクマン(Paul Ekman)やスカランティーノ,A.(Andrea Scarantino),ケルトナー,D.(Dacher Keltner),エルズワース,P. C.(Phoebe C. Ellsworth), シェラー,K. R.(Klaus R. Scherer),ラッセル,J. A.(James A. Russell),ムーアズ, A.(Agnes Moors)などは,現代の感情理論の発展に大きく貢献してきた研究者であり,感情現象に互いに異なる理論的仮定を置いている。これらの研究者が一つの論文で同時に名を連ねていることが,どれほど驚くべきことか,また,それぞれの主張は違ったとしても,今後の感情研究の生産的な発展をきっと今後も支えてくれるだろうという期待と希望をどれほど持たせてくれることか,本章をもう一度最初から最後までお読みいただくと理解が深まるかもしれない。
【武藤 世良】

