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連載

日本国憲法のお誕生

第9回 啓発パンフレット、解説書

法政大学名誉教授 江橋 崇〔Ebashi Takashi〕

『新憲法の解説』(内閣)

 これは、表紙に「法制局閲 新憲法の解説 内閣発行」とあるように、吉田茂内閣の内閣書記官長林譲治が、内閣法制局の渡辺佳英、佐藤功に資料の整理を命じて、言論人の山浦貫一に執筆させた公式の政府見解の解説書であり、憲法公布の日に、吉田茂首相、金森徳次郎憲法担当大臣の序文も添えて出版された。定価は5円である。これには日本国憲法の「上諭」を除く全文が収録されており、国民は、同日付の官報を読めれば別だが、一般には日本国憲法を読む最初の機会を得たことになる。なお、これは全文を翻訳させてGHQがチェックしている。日本語の書籍に関するGHQの検閲には日本語の原稿による事前検閲と、出版された書物で行う事後検閲とがあり、いずれも日本人がGHQに雇用されて検閲官の下請けとして文章を削除したり発表を禁止したりしていたのだが、『新憲法の解説』はさすがに手を抜かずに英語に翻訳させてGHQ自身が検閲している。

『英和対照 日本国憲法』(最高裁事務総局連絡局)

 最高裁判所事務総局にはGHQとの関係を扱う「Liaison Section」が設置されて、そこでの執務のために、英和対照の日本国憲法が発行された。当時の対訳憲法は「和英対照」であったが、最高裁だけは「英和対照」で、まるで英文の日本国憲法が原本であるような扱いである。GHQに過剰に迎合した卑屈な印象がある。

『日本国憲法』(有斐閣)

 日本国憲法公布直後、1946年12月20日に、法律書の出版社、有斐閣が制作したテキストである。「一九四六年十一月三日日本国憲法公布記念式典において賜はつた勅語」に始まり、「上諭」を含めた憲法の全文が掲載されているが、各条文の見出しは付いていない。日本国憲法には条文の見出しはなく、現在、各六法に載っている条文見出しは各々の出版社の工夫した利用者サービスである。有斐閣は『分冊六法/憲法(正文)』の補充として大急ぎで作成、販売したので、条文見出しのサービスにまでは手が回っていない。同社の商品としては唯一の条文見出し抜きの日本国憲法ということになる。公布記念式典における勅語が掲載されているのも珍しい。定価は1円である。

『The Constitution of Japan』(Newsweek, Tokyo Bureau)

 ニューズウィーク東京支社が発行した英文の日本国憲法のテキストである。1947年に発行されている。巻頭にマッカーサーのメッセージの抜粋と、なぜか、貴族院議員、帝国憲法改正案貴族院特別委員会委員長、元文部大臣である安倍能成の文章が載っている。巻頭と巻末には東京銀座、新橋あたりで宝石や美術骨董品、楽器、カメラなどを商う骨董店や自動車修理会社など、占領軍御用達の商売の広告が並ぶ。それにしても、宝石、美術骨董品、楽器、カメラなどの骨董商人の広告に挟まれて日本国憲法があるというのは、アメリカの行った違法な都市爆撃の攻撃を辛うじてしのいで焼け残った日本人家庭の資産を安く買い叩いて占領軍の軍人兵士に高く売り込もうとする情景をほうふつとさせる。当時の東京の支配者と彼らに迎合する現地人という雰囲気を物語っていてもの悲しい。ここにはまだ、戦後復興に向けた日本人、日本社会の力強い足音は感じることができない。

『The Constitution of Japan 和英対照日本国憲法』(研究社)

 英語関連の出版で名高い研究社が、日本国憲法公布直後の1946年12月1日に刊行したテキストである。表紙裏に、「和文英文共に一九四六年十一月三日附官報及び英文官報Official Gazetteに拠る」とある。民間で発行された英文憲法としては時期が早い。定価は5円である。

 ここに言う「英文官報Official Gazette English Edition」とは、アメリカが日本を占領している期間、占領軍の便宜のために官報を翻訳して提出していたものである。占領軍との関係ではこれが正規の官報となる。ところが、ここに日本の官僚の智恵が加えられて、法令や決定の内容がGHQの指令を逸脱していると叱られないように、微妙な訳語が選ばれて、軍人たちに好ましく見えるようにゆがんで伝えられた。時には意図して異なった内容に「誤訳」したこともある。GHQはOfficial Gazetteを見て自分たちの指令が法律化されたと思っているが、日本語版の官報には、日本側、政府に都合の良いように微妙に言葉が違う法律が載っている。日本国憲法そのものもそうした操作の代表的な事例であり、官報の日本語版とOfficial Gazetteの英語版には内容的なずれがある。英語関連の出版社である研究社としてはこの「誤訳」を見過ごすことができなくて、誤訳、曲訳は自社の責任ではないという気持ちでこうした奇妙な断り書きを加えたのであろうか。

 日本が講和独立すると、「Official Gazette English Edi-tion」の多くは政府によって回収されて廃棄された。日本国内にはわずかに数セットしか残されていない。日本国憲法史を研究する専門家でもこれを見たことのある者は数名で、ほとんどの研究者は英文官報という存在それ自体も知らない。研究社は、思いがけずに、憲法制定当時に正規の英文官報Official Gazetteが存在していたことを証言した珍しい目撃証人になってしまった。なお最近になって国立国会図書館と名古屋大学が相次いでこれをデジタル化して広く公開した。これで「Official Gazette English Edi-tion」は幻の資料の状態を脱して研究にも利用できるようになった。

点字版『新しい憲法』(憲法普及会)

 この連載で扱っているが、グッズが発見できていないものがこれである。憲法普及会の記録によると、同会は、日本国憲法制定当時に、視力障碍者向けに点字版の『新しい憲法・明るい生活』を制作して『新しい憲法』と題して配布している。この小冊子では、後半に日本国憲法が全文掲載されているのだから、視力障碍者が日本国憲法を読む唯一の機会だったことになる。同会は一般の国民向けに『新しい憲法・明るい生活』を2000万部発行して、中央集権の日本の行政システムを使って全戸に洩れなく配布したと豪語して、あわせて点字版のものも各戸に配布したと報告している。視力障碍者の人口比率からすると点字版も10万部以上発行して全国の視力障碍者世帯に配布したはずであるが、実物はどこにも残されていない。

 1947年当時は、点字翻訳はまだ民間ボランティアの協力頼みであり、当時、点字を打ち込む能力のある人はごく少なく、とうてい、憲法普及会が言うような規模での制作、配布がなされたとは思えない。実際には点字本を配備する図書館に数冊納入した程度ではないかと思われるが、国立国会図書館に蔵書はなく、点字図書館にもない。憲法普及会の報告書は、全国の盲学校、盲人団体に所要数を申告させて、それに基づいて「各戸に配布」して感謝されたというが、結局何部発行したのか書いていないあたりにミソがある。視力障碍者世帯に行き渡らなかったと批判されてもそれは申告しなかったその地域の盲学校、盲人団体の側に非があるという逃げ道が用意されている。なお、その後、日本国憲法そのものを点字にする作業は、東京点字出版所、日本点字出版所の献身的な努力によって行われた。また、視力障碍者の司法試験受験が認められるようになり、実際に視力障碍者の弁護士も誕生するようになると、大学の法学部もそうした生徒の入学を認め、学生に貸し出す点字六法を用意するようになったことはよく知られている。

あたらしい憲法けんぽうあかるい生活せいかつ』(憲法普及会)

 憲法普及会が、憲法施行の日に合わせて2000万部作成し、実際には1800万部を国政選挙の投票券の配布と同じルートで各戸に送ったと言われている啓発冊子である。サイズは文庫版大で、親しみやすいイラストが付されている。前半部は解説で、後半部に日本国憲法の全文が掲載されている。新憲法を全戸に配布せよというのはGHQの要求であり、主権者である日本国民は例外なく憲法の内容を理解する機会を与えられたことになる。だが、当時の紙不足、印刷事情の悪さでは、これが本当に実現できた数字であるのかは疑問である。2000万部という途方もない数字は多分に誇大な報告であった。その後まで残って古書や古物として骨董市場に出回ったものがこれだけの数の発行物だとすると少なすぎる。なお、当時の全国紙、地方紙を可能な限り全て通読しても、わずかに宮城県の河北新報に、各家庭と新制中学1年生に6万部を無料配布したという記事があるくらいで、それ以外には配布そのものも目立ったニュースになっていない。

 このパンフレットの内容は、日本国憲法の平易な解説であり、全部で13頁の説明文の中で、「生まれかわる日本」が2頁、平和主義と主権在民の説明が合わせて半頁、天皇が1頁、平和主義は1頁半、基本的人権は5頁、国会は1頁、内閣、裁判所、地方自治、「私たちのおさめる日本」は各々半頁であり、こののちに17頁を使って日本国憲法の前文以降の全文が収録されている。基本的人権の部分の説明が詳しいが、結論は「私たちは新憲法の実施を迎え、新日本の誕生を心から祝うとともに、この新憲法をつらぬいている民主政治と、国際平和の輝かしい精神を守りぬくために、全力をつくすことを誓おうではないか。(完)」である。中央の政府が地方の国民に向けて、主権在民と平和主義を主役とする新憲法を祝賀して護憲を誓えと求めているのである。人権尊重は脇役のままである。

『あたらしい憲法のはなし』(文部省)

 これは、日本国憲法を学校で教えるための教科書である。浅井清慶應義塾大学教授らがかかわって制作され、1947年8月に刊行され、全国の中学校1年生の授業で使われた。全部で53頁の冊子で、定価2円50銭である。

 内容は、日本国憲法の前文を説明しながら憲法の基本的な柱は「民主主義」「国際平和主義」「主権在民主義」だとしていて、そこに「基本的人権の尊重」がない。これは憲法制定時の政府見解そのものである。逆に、「八 国会」と「十 内閣」の間に「九 政党」があり、民主主義政治における政党の大事な役割が強調されている。日本国憲法には「政党」に関する条文は存在しないので、これはこの本の執筆者だけに特徴的な工夫である。他にこうした例はないので特に注目される。

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