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連載

家族と刑法――家庭は犯罪の温床か?

第1回 DVの被害者が加害者に反撃するとき その1

立教大学大学院法務研究科教授 深町晋也〔Fukamachi Shinya〕

1 連載にあたって

 「家族と刑法」というタイトルは、ひょっとすると読者の皆さんにとっては余り耳慣れないものかもしれない。そこで、筆者がこの連載を始めるに当たってこのようなタイトルを選んだ趣旨(1)について多少の説明を加えると共に、この連載の今後の見通しについても、極めて大まかにではあるが、予め記しておきたい。

 従来、刑法の領域で家族が特に問題となるのは、親族相盗例(刑法244条)のように、行為者と被害者などとの間に一定の人的関係がある場合に、行為者に有利に働く規定を巡ってであった。もし、読者の皆さんが刑法の教科書をお持ちであれば、是非とも巻末の索引をめくって「家族」や「親族」の該当箇所を探して欲しいのであるが、見つかるのは親族相盗例といった「親族間の特例」が殆どであろう(2)。「法は家庭に入らず」という法諺が示すように、刑法において家族や親族とは、処罰を限定する方向での意義を有する(3)ものであった(4)

 しかし、こうした状況は大きく変わってきている。配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(いわゆるDV防止法)や児童虐待防止法といった特別法の制定が如実に示すように、むしろ、一定の場合には積極的に(刑法も含めた(5))法が家庭の中に入っていくことが必要であるとの認識が広く共有されるようになっている。平成27年の殺人事件の約52%、傷害事件の約22%が親族による犯行である(6)ことや、親族による性犯罪の検挙件数が増加傾向にある(7)といったこともまた、こうした認識を裏付けるものと言えよう。やや極端な言い方をすると、「家庭は犯罪の温床」という見方すら成り立つのかもしれない。

 このように、刑法において家族や家庭が持つ意味は、ある種の分裂状態にある。それは、現実の社会において家族や家庭が持つ機能の分裂、すなわち、一方では、その構成員を「社会の荒波」から守る自律的な存在として、他方では、その構成員に対する侵害リスクを高める存在として機能することを如実に反映したものと言える。本連載では、このような社会における家族・家庭のあり方を、刑法という視点を通じて分析したいと考えている。

 以上のような問題関心からすると、第1回に採り上げるテーマとして最も相応しいのは、家庭内暴力(いわゆるDV)であろう。DVは、配偶者間の性犯罪、我が子に対する(性犯罪を含む)虐待、両親の間で行われる我が子の奪い合いと拐取罪の成否など、今後の連載で採り上げるべき諸問題と密接に関連するのみならず、家庭という場が持つ「犯罪の温床」としての機能が極端な形で現れる問題領域でもある。そこで、今回は、DVが行き着く一つの終着点を巡る問題を扱うことにする。

2 DVの終着点の一つ――DV反撃殺人事例(8)

⑴DVがもたらす二通りの終着点

 DVの典型的事例は、配偶者の一方が他方に対して継続的に肉体的・精神的な虐待を加えることである(9)。このような虐待は、配偶者間の支配―被支配関係を固定化するため、DVの被害者が抵抗できないままに虐待がますます激化することも珍しくない。その結果として、DV加害者が被害者を死亡させることもまた、決して珍しいことではない(10)

 しかし、このような悲劇と並び、もう一つのDVの終着点がある。それは、DV加害者の虐待に耐えかねた被害者が、DV加害者に反撃し、その結果としてDV加害者を死亡させる場合である。これは、DVの被害者を殺人の「加害者」に転化させてしまうという点で、DVにおける極めて重大な問題領域である。DVによる殺人が国際的に見て遍在的な問題であるのと同様に、DV反撃殺人もまた、様々な国で共通して生じている問題である。そこで今回は、こうしたDVの二通りの終着点のうち、後者の問題を特に採り上げることにする。

⑵DV反撃殺人事例とは

 DV反撃殺人事例とは、次のような事例を指す。

 長年に渉り、Aは家庭内で暴君として君臨し、ちょっとしたきっかけがあればすぐに妻Xや娘Bに暴力を振るっていた。ある日、AはX女に対して激しい暴行を加えた後、「起きたら死ぬような目に合わせてやる」と言い捨てて就寝した。X女は、Aが起きたら今度こそ自分に対して命にかかわるような暴行が加えられると考え、睡眠中のAを台所の包丁で刺殺した。

 こうした事例は、我が国以外でも様々な国で問題となっている。筆者が知るだけでも、ドイツ、スイス、アメリカ(11)の他、フランスや中国(12)、台湾でもDV反撃殺人事件が発生し、それぞれ大きな社会的問題となっている。例えば、1993年に台湾で起こったいわゆる「鄧如雯事件」は、台湾社会に大きな影響を与え、1998年6月に「家庭暴力防治法」が制定されるのを推進する役割を果たした(13)。また、2012年にフランスで起こったいわゆる「ジャクリーヌ・ソヴァージュ(Jacqueline Sauvage)事件」では、2度に渉る大統領令が発せられ、最終的には、被告人は即時釈放を含む全面的な恩赦を受けるに至った(14)。このように、DV反撃殺人事例は、時に既存の法体系との関係で大きな問題提起を行うことすらある。

⑶我が国におけるDV反撃殺人事例の嚆矢

 それでは、我が国においてDV反撃殺人事例は社会的な問題となっているのであろうか。実は、我が国でもかつて、こうした事例を巡って、既存の殺人罪規定のあり方に大きな動揺が生じたことがある。それは、大学の憲法の講義では必ず学ぶであろう、尊属殺規定の合憲性を巡る最高裁大法廷判決(15)の事例である。

 本件は、極めて悲惨としか言いようのない経過を辿っている。被告人の女性は、実の父親である被害者から、14歳になった頃から性的虐待を継続的に受け、その後も実母に訴えても止まず、父親の元から逃亡しても連れ戻されたりし、最終的には父親の子を出産することになった。その後、被告人は生計の一助のために働きに出た先で知り合った男性と結婚の約束をし、そのことを父親に告げたところ、父親は激怒し、被告人に暴行を加えて、その外出を禁止し、連日飲酒しては被告人を脅迫するという生活を続けた。犯行当日、父親は、飲酒して一旦就寝した後に目を覚まし、過度に飲酒をした上で被告人を罵倒し、その両肩にしがみついてきたので、もはや父親を殺害しなければ自分は普通の幸せな生活を送れないと考えて、父親である被害者を絞殺したのである(16)

 周知の通り、最高裁大法廷は、本件において、刑法旧200条の尊属殺規定は憲法14条1項に反して違憲無効であるとして刑法199条の(通常)殺人罪を適用した上で、心神耗弱(刑法39条2項)による法定減軽をし、最終的に懲役2年6月(執行猶予3年)の判決を下した。尊属殺規定は、法定刑としては死刑又は無期懲役しか規定しておらず、2度の減軽(法定減軽及び酌量減軽)を行っても実刑判決を免れ得ない(17)という点で、極端に重い刑罰を定めた規定であるというのがその理由である。

⑷殺人罪の重い法定刑がもたらす問題

 このように、DV反撃殺人事例は、殺人罪の法定刑が極端に重い場合の問題性を顕在化させる。先に挙げたフランスの「ジャクリーヌ・ソヴァージュ事件」でも、懲役10年が宣告されたからこそオランド大統領は2度に渉って恩赦を発したのであり、殺人罪の法定刑を類型的に重く規定しようとする立法者意思(18)が、宥恕の余地が極めて大きい事案と衝突した場合に、例外的な措置によって具体的な妥当性を図ろうとしたものと言えよう。

 殺人罪の法定刑の極端な重さがもたらす問題性に早くから意識的であったのは、ドイツである。ドイツでは、故殺罪(ドイツ刑法212条)とは別に、より重い形態である謀殺罪(ドイツ刑法211条)が規定されている。そして、1953年に死刑が廃止されるまでは謀殺罪には死刑しか規定されておらず、現在でも無期自由刑しか規定されていない。したがって、一旦謀殺罪が成立すれば、無期自由刑が成立するしかないという点で、極めて苛烈な効果が生じる(19)。更に、DV反撃殺人事例ではよく見られる「被害者Aが睡眠中である」という事実は、「不意打ちの(heimtückisch)」という、故殺罪ではなく謀殺罪となる要件(謀殺メルクマール)を満たすものである。そこで、ドイツの判例は、DV反撃殺人事例について、何とかして前述のような謀殺罪の重い刑を科すことを回避しなければならないという立場から、極めてチャレンジングな法解釈論を展開することになる(20)

 残念ながら、紙幅の都合もあり、今回はここまでとする。次回は、このような解釈論的な営みを紹介した上で、我が国においてもアクチュアルな形で問題となっているDV反撃殺人事例について、その解決を模索していきたい。

(1)かつて本誌に掲載されていた、慶應義塾大学の和田俊憲教授による名連載「鉄道と刑法」を意識したわけではない。

(2)例えば、西田典之『刑法各論 第6版』(2012年)517頁を参照。親族間の特例とは、親族相盗例の他、犯人蔵匿・証拠偽造罪に関する特例(刑法105条)や盗品等関与罪に関する特例(刑法257条)である。

(3)我が国では異なるものの、ドイツ語圏諸国の刑法で夫婦間強姦を強姦として処罰しないとの規定が長らく維持されてきたのも、同様の趣旨によるものと言える。

(4)もちろん、尊属殺(刑法旧200条)のように、被害者が直系尊属(加害者が直系卑属)であることを理由に処罰を加重する規定も存在した。あるいは、諸外国における近親相姦処罰規定(例えば、ドイツ刑法173条やオーストリア刑法211条を参照)をも想起されたい。その意味では、家族であることが一方的に処罰を限定・緩和する理由とされていたわけではない。

(5)DV防止法29条や児童虐待防止法17条は、命令違反に対して刑事罰を規定する。

(6)平成28年度犯罪白書6-1-5-1図参照。なお、本稿で引用する犯罪白書のデータは全て法務省のサイトでダウンロード可能である。

(7)平成27年度犯罪白書6-2-1-12図参照。なお、平成26年で強姦の5・8%、強制わいせつの2・0%が親族によるものとされている。

(8)この名称は、拙稿「家庭内暴力への反撃としての殺人を巡る刑法上の諸問題――緊急避難論を中心として」『山口厚先生献呈論文集』(2014年)95頁以下による。

(9)DV防止法1条1項は、「配偶者からの暴力」として、「身体に対する暴力」のみならず、それに「準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」をも包摂している。

(10)平成27年の殺人事件の被害者864名中、配偶者によるとされるものが147件に上る(平成28年度犯罪白書6-1-5-1図エクセルデータ参照)。

(11)この3カ国については、既に注8で掲げた拙稿でも検討を加えている。

(12)張光雲「中国におけるDV法的規制とDV反撃殺傷行為の刑事法上の課題」日大法学82巻2号(2016年)515頁以下には、DV被害者である女性が睡眠中のDV加害者である夫を殺害した「張永清夫殺害事案」が紹介されている。第1審の大慶市中級人民法院は懲役3年(実刑)の判決を下し、それが確定したとのことである。

(13)「鄧如雯事件」では、1993年の10月に、DV被害者である女性が睡眠中のDV加害者である夫を殺害したとして高等法院で3年の自由刑を宣告され、最高法院でも被告人の上告が棄却された(高鳳仙編著『家庭暴力防治法規専論 増訂第3版』〔2015年〕187頁以下)。

(14)「ジャクリーヌ・ソヴァージュ事件」では、DV被害者である女性が、2012年9月にDV加害者である夫の背中を銃で撃って殺害したとして懲役10年を宣告されたが、本文に述べたように、2016年12月28日に即時釈放を認める全面的な恩赦がなされた(http://www.lemonde.fr/les-decodeurs/article/2016/12/29/pourquoi-l-affaire-jacqueline-sauvage-fait-debat_5055435_4355770.html)。

(15)最大判昭和48・4・4刑集27巻3号265頁以下。もし読者の皆さんに時間(と気力)があれば、是非、第1審から最高裁までの各審級の判決を熟読して頂きたい。既存の法における問題性を如何にして克服すべきなのかというテーマに、それぞれの裁判所が各々異なる立場から答えた知的営為の成果と言える。

(16)本件は、児童に対する性的虐待という点でも、「家族と刑法」というテーマで扱うに相応しい事例と言える。

(17)多少細かい話になるが、無期懲役を(法定)減軽すると7年(以上)の懲役となり(刑法68条2号)、7年の懲役を(酌量)減軽すると半分の3年6月となる(刑法68条3号)。したがって、執行猶予を付すことができる3年以下の懲役(刑法25条1項)を超えるため、常に実刑となる。原審は正に懲役3年6月の実刑判決を下していた。

(18)殺人罪の法定刑の上限は懲役30年であり(フランス刑法221-1条)、その下限は10年である(フランス刑法131-1条)。また、(配偶者殺人をも含む)加重殺人罪の法定刑は無期懲役のみである(フランス刑法221-4条)。但し、裁判所は、無期懲役については2年以上の拘禁刑に、有期の懲役については1年以上の拘禁刑にまで減軽することができる(フランス刑法132-18条)。

(19)但し、BGHSt 30, 105は、無期自由刑を科すとすれば、行為者の責任に比してあまりにも不均衡となる例外的事情がある場合には、法定の減軽事由が存在しない場合であっても、なおドイツ刑法49条1項の類推適用を認めるという量刑による調整を肯定し、謀殺罪の法定刑の厳格さ・硬直さを一定程度緩和する判断を示している。

(20)まずは誰もが思いつくのは、正当防衛による解決である。しかし、それがうまく行くのであれば、そこまで苦労はしない。なぜ正当防衛による解決が多くの場合うまく行かないのかについても、次回で説明を加える。

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