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連載

日本国憲法のお誕生

第7回 新憲法記念の葉書と切手

法政大学名誉教授 江橋崇〔Ebashi Takashi〕

日本国憲法公布記念日本絵葉書第一輯

 これは、川端龍子画の「不藎」、石井柏亭画の「平和」、藤田嗣治画の「迎日」の3枚の記念絵葉書のセットであり、各々が額面15銭で通用する郵便はがきになっていて、1組3円で販売された。憲法の公布記念品とすることが決定されたのは1946年10月18日、絵画も占領軍将兵の観光土産の絵ハガキ用に準備していたものの転用という慌ただしさであり、完成が同年11月3日に間に合わず、遅れて12月27日に発行されている。逓信省はいかにも役人らしい弁解で、クリスマス・カードや年賀状に適していると宣伝していたが、さて、日本国民の受け止め方はどうであったのか。この絵葉書セットは大量に残っているが、多くは売れ残りの品物で、記念品らしい逓信省郵務局長名の贈呈状付のものや、初日スタンプになった12月27日の消印付のものはごく稀である。クリスマス・カードや年賀状に使った例も見たことはない。なお、占領軍将兵向けのセットの計画では上村松園の「仕舞」の絵画も加えられていたが、その画風や画題が憲法公布にふさわしくないとして抹消され、女性画家の参加はゼロになった。そうはいっても男性画家の作品も憲法公布で描いた作品ではなく、単なる間に合わせの風景画であり、上村松園が排斥された真因が絵画の図柄にあったとは思えない。上村松園という女性画家そのものが憲法公布にふさわしくなかったのだろう。

日本国憲法施行記念切手

 1947年5月3日の日本国憲法施行を記念して1円切手(5月の花束)、50銭切手(母子と議事堂)の2種類の記念切手が発行された。また、発行準備の途中で突然に両者を載せて日本国憲法前文の一部を和英両文で加えた記念小型シートの発行が決まり、記念切手よりも1週間ほど遅れて発行された(定価3円)。

 法律の制定を記念する記念切手は、通常は主権者による法律の公布の日を記念するものであり、施行を記念した切手は珍しい。また、この切手の図案は公募されたものであり、公募の開始時には「改正憲法施行記念」であったが途中で「日本国憲法施行記念」に改められた。

 日本国憲法の場合、公布日よりも施行日のほうが強調されている。憲法記念日も発布日(11月3日)ではなく施行日(5月3日)になっている。ここには、日本国憲法の公布日を嫌う特殊な意思と力が作用していた。GHQ、特にマッカーサー自身が明治天皇の誕生日を記念する明治節の公布を嫌って、それを軽視して施行日を重視した。法律文化としては希有な例外で、憲法記念日は公布記念日ではなく施行記念日になり、記念切手も施行記念日に発行された。

 なお、記念小型シートには日本国憲法前文の抜粋が日本語版と英語版の両方で載っている。よく見ると片隅に「憲法普及会(Constitution Popularization Society)」とある。このシートそのものは大蔵省印刷局が製造し、逓信省が発行した物だから、そこに憲法普及会という外郭団体の名前が有るのは一見すると奇妙だが、これは憲法普及会の責任で日本国憲法を抜粋したという弁明である。憲法のどこを抜粋するのが適切なのか、いわば引用責任を追求されることを恐れて、逓信省がそれを外部に丸投げしたという意味合いがある。

 こうした経緯はさておき、切手の図面を見ると、この時期に定番の国会議事堂と鳩の組み合わせではないことが印象的であり、母親と幼児の姿は新鮮であるが、実は公募作品の中で1等になったのは議事堂と鳩の組み合わせであった。だが、逓信省側からそれではあまりに陳腐だとの異論が出て2等の「花束」と「幼児を抱いた婦人と議事堂」が採用された。さらに女性が抱く幼児は、入選作では女児であったのに、役人の手を経た完成版ではその女児が抹殺されて男児に変更されていた。民主日本の将来を託す希望はやはり女児では駄目で男児だということであろう。

日本国憲法施行記念スタンプ

 1947年5月3日、日本国憲法の施行に合わせて各地の郵便局で記念スタンプが使われた。スタンプの図柄は全国どこでも共通して「かがり火」である。円形のスタンプの上方に「日本国憲法施行記念」、左下方に地域名(郵便局名)、右下方に昭和22.5.3.の日付が入っている。スタンプはその後5月9日まで使われたが、初日スタンプではなくて記念スタンプだから、日付は改めることなく5月3日付のままであった。なお、別途に、5月3日付の通常の消印を押して記念切手発売の初日スタンプとした、切手マニアらしい例もある。記念切手の小型シートに記念スタンプを捺したものも多く残されている。

2等の「幼児を抱いた婦人と議事堂」の図案(切手文化30巻1号)

実際の日本国憲法施行記念切手

GHQの郵便検閲

 記念切手を貼り実際に投函して、5月3日のスタンプを捺して郵便物として配達されたものの中には、検閲の絶対的な禁止を謳う日本国憲法が施行された記念日であるにもかかわらず、GHQによって郵便物検閲をされて、当時は珍しかったセロテープで再封印されたという皮肉なものもある。セロテープには、OPENED BY MIL. CEN.-CIVIL MAILS(軍の個人郵便物検閲で開封済み)と印刷されていて、軍による検閲・センサーシップであることが示されており、それに加えて、担当した検閲官のスタンプが捺されている。

 たとえば後に日本の原子力開発の中心的な指導者となった三島良積宛に送られた郵便物が検閲されている。三島は当時東大理学部の大学院生で大学の切手収集サークルの会長に過ぎなかった。戦争中に原爆の開発に当たっていた仁科研究室の学生だったとはいえ、ここまで検閲対象にしていて、GHQの郵便物検閲が相当に広く行われていたことを物語っている。言論の自由を謳い、検閲の禁止を定めた日本国憲法第21条の生みの親であるGHQが、憲法に関する自由な議論を禁じて、個人の郵便物まで検閲を強化していたというのはとても皮肉である。そして、郵便物の検閲はよほど日本語に精通していないとできない仕事であり、実際にはGHQに雇われた数千人の日本人が下請けで検閲の仕事をしていた。これも敗戦国日本の物悲しい風景である。

憲法施行5周年記念通常はがき

 1952年に発行された、憲法施行5周年記念と平和条約発効記念とを兼ねた記念のはがきがある。額面5円である。図柄はいかにも簡素で、制定当時の記念品における熱意とは比較にならない。これもまた、制定直後から保守派に嫌われて冷遇されていた日本国憲法史の一断面を物語っている。なおその後、日本国憲法に関する記念切手や記念はがきは発行されることなく、長い間途絶えていた。

「日本国憲法発布」記念切手

 日本国憲法の公布から50年後の1996年に「戦後50年メモリアルシリーズ第1集」として、サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂首相の写真を図柄にする80円切手とセットで発行された「日本国憲法発布」記念の80円切手がある。

 日本国憲法については、施行記念切手は発行されているが公布記念切手は発行されていない。こうした経過からすると、この切手は50年遅れの公布記念切手ということになる。だいぶ時間がたちすぎたが、たまたま日本国憲法は50年間1度も改正されていないので間に合ったことになり、本来あるべきものが揃ったのだからまずは祝着至極である。

 ところが、この記念切手は、公布の当日には到底発行できそうもない中身である。まず、切手の名称が制定当時のタブー語「憲法発布」である。そして図柄は公布記念式典に出席するべく、日の丸の旗行列に迎えられながら帝国議会(国会)議事堂構内に入ろうとする天皇の車の後ろ姿である。「日本国憲法は昭和21年11月3日に昭和天皇によって発布された大日本帝国憲法の改正憲法である」と主張したげな、タブー破りの復古主義的なイデオロギーの切手といえる。その考え方の是非は別として、タブーに挑戦して、欠落していた憲法発布記念切手を50年遅れで発行した郵政当局者の執念は注目に値する。

「日本国憲法施行」デザイン切手

 2000年に、「20世紀デザイン切手第10集」の一部として発行された80円切手である。母子と議事堂の旧施行記念切手デザインを活かし、施行記念の花電車の様子を加えた図柄になっている。これは、「りんごの唄(歌)」デザイン切手(80円)や「サザエさん」デザイン切手(80円)等と並べてシートとして発行されており、「日本国憲法施行」を戦後社会の風俗の一環ととらえたものといえる。

 すでにとっくの昔に恐いGHQもいなくなったのだから、戦後風俗の懐古であっても独立国家の記念切手発行の原則に戻って「日本国憲法公布」を取り上げたほうが適切であったのだがこれはすでに4年前に「戦後50年メモリアルシリーズ第1集」で成し遂げられていたので、重複を避けてこうなったのだろうか。それともこれは、公布よりも施行のほうを重要視する法文化としては奇妙な考え方そのものが、占領下に法律学の常識に欠けるGHQの軍人に押し付けられた特殊な政治風俗であったのだと主張したかったのだろうか。そうだとしたら相当に皮肉なことだが、ここまで考えるのはうがちすぎであろう。素直に考えれば、「戦争を知らない子どもたち」ならぬ「日本国憲法制定を知らない子どもたち」の官僚が憲法施行日を重視する戦後期の考え方を疑うことがなかっただけなのであろう。

 こうして見てみると、日本国憲法関連の切手やはがきは妙である。30年後の憲法制定100年記念切手はさてどんなデザインになるのであろうか。それとも郵便離れがさらに進んで記念切手という習慣そのものも消滅しているであろうか。

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