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書斎の窓

連載

お墓事情と墓地法制

第5回 変革期にあるドイツの仕組みとフランクフルトの墓地

大阪市立大学大学院法学研究科准教授 重本達哉〔Shigemoto Tatsuya〕

シュテルケンス教授の研究室にて

左から,重本,シュテルケンス教授,片桐准教授,大石教授

シュパイアー墓地・埋葬法大会

 2016年9月14日・15日の2日間、ライン川のやや上流沿いにあるドイツの都市シュパイアーでは、自治体関係者・教会関係者・埋葬業者など150名余りが参加して、墓地・埋葬制度に関する最新の法的諸問題を議論するための集会が開かれた。人口の流動化、伝統的な家族観の崩壊及び宗教的多様性の拡大といった様々な社会的変化を受けて、2009年に第1回大会が開催されて以来、今回で早くも8回目を数える。シュパイアー行政大学院のウルリッヒ・シュテルケンス教授(行政法)を主宰者として、毎年9月に、研究者・実務家双方から数多くの報告が多岐にわたってなされてきたようである(各回の大会案内が同大学院ウェブサイトに全て掲載されている)。今回もまた、骨壺の処理のあり方をはじめとする墓所使用権満了時に生じうる法的諸問題のほか、ある地方都市におけるイスラム教徒用墓地新設計画の詳細、火葬の急増に伴う墓地の余剰地の取扱いなどについてそれぞれ興味深い報告がなされ、熱い議論が交わされたと聞く。

多彩なドイツの墓地・埋葬と法

 実際のところ、ドイツ全体の年間死亡者数およそ86万人に対する火葬の割合は、近年ついに土葬の割合を超え、過半数を占めるに至ったと言われることがある。我々が現地調査を行った人口約70万人のフランクフルト(正式名称:フランクフルト・アム・マイン)でも、既に土葬が全体の3割近くにまで減少しており、その傾向は今後も続く見込みである。また、いわゆる樹木葬・宇宙葬といった新たな埋葬方法のニーズも徐々に増えつつあり、北海やバルト海などへ埋葬する海洋葬の件数に至っては、ドイツ全体で約2.5%を占めている、つまり、年間2万件を優に上回っているようである。

 ところで、連邦国家ドイツの墓地・埋葬制度は、前回紹介されたオーストリアとほぼ同様に、検死制度を含めて、主に各州の法律によって規定されている。ドイツ基本法上、74条1項10号で挙げられている戦争犠牲者などの墓を除けば、墓地・埋葬制度の立法管轄に関する明文の規定が存在しないので、同法30条により、それらは原則として州の事務とされているからである。ここでやや詳しく述べると、ドイツには、都市州を含めて16の州があり、各州は、墓地の種類及び設置・閉鎖方法、検死義務、遺体の埋葬前の安置期間及び搬送方法、埋葬義務、埋葬及び改葬の方法、過料による制裁規定などをおおむね1つの法律に規定している。また、そこでは市町村に墓地の設置・経営義務を明示的に課す例が多い一方、公法上の社団である教会にも墓地の経営主体としての地位が認められ、後述する墓所安置期間(Ruhefrist)や墓地の利用方法の詳細については、法律上、墓地経営主体が定める条例又は規則に委任されるのが通例である。

 例えば、フランクフルトが属するヘッセン州の墓地・埋葬法(以下「ヘッセン法」)によれば、市町村が墓地の設置・経営などについて義務を負う一方、その市町村内にいわゆる教会墓地しか存在しない場合には、その墓地が住民に対して提供されなければならない。もっとも、教会側にも葬儀及び埋葬に関して一定の態様を住民に求めることが許されており、そのような墓地への埋葬が故人又は遺族の意思に反する場合には、制度上、隣接市町村における墓地への埋葬が保障されているのである(2条)。

 他方、ヘッセン法に基づいて定められたフランクフルト市墓地条例(以下「条例」)は、開所時間、墓地における様々な行為規範、墓標・棺・骨壺の材質、墓所の利用形態以外にも、例えば、墓所を別の埋葬のために提供してはならない最短期間を意味する墓所安置期間や、墓地全体の目的について、改めて規定を設けている。すなわち、前者については、ヘッセン法が、遺体の腐敗に要する期間並びに土壌及び地下水との関係への考慮を求める中で、他の多くの州墓地・埋葬法と同様に、最低15年と明記していること(6条2項)を受けて、条例は、土葬のために用いる棺と火葬後の遺灰を納める骨壺の墓所安置期間を共に原則20年と定める一方、5歳未満の遺体の土葬及び埋葬義務者が存在しない場合の土葬については15年といった例外を別途詳細に定めている(11条)。また、後者については、ヘッセン法が、死者への追憶を期して埋葬及び墓所の保護のために墓地が提供されることのみを明記しているのに対して、条例は、その文言をそのまま条文に盛り込む一方、それに先んじる形で、墓地は公衆にとってアクセス可能な緑地であって、住民の憩いの場でもある旨を高らかに宣言している(1条)。ただし、条例又は規則によってどこまで墓地・埋葬制度を定められるかについては、ドイツ国内でまさに議論の対象となっており、冒頭で紹介した集会でも、既に何度か報告テーマとして取り上げられている。

骨壺収蔵用の壁龕(Urnenkammer)

火葬後の埋葬用選択型墓所の一種である。出典:フランクフルト中央墓地ウェブサイト

 なお、ドイツでは従来、主に公衆衛生上の理由から特定の遺族などに対して埋葬義務を課すことと共に、遺体は必ず墓地に埋葬されなければならないという「墓地強制」の考えが、州法上ほぼ例外なく採用されてきた(ヘッセン法4条1項など)。したがって、埋葬義務者が義務を履行しない場合には、行政代執行によって、つまり、さしあたり埋葬義務者の費用負担の下で、行政庁が埋葬を強制的に実施する例すら現に存在するのである。その一方、憲法上保障されている人間の尊厳(基本法1条1項)の一内容として「死者の尊厳」が含まれると一般に解されており、最近の州墓地・埋葬法の中には、その遵守を法律上の義務として明記する例すらある(ヘッセン法9条など)。すなわち、故人の遺志に基づいて具体的な埋葬方法を決定するのが、ドイツ墓地・埋葬法上の原則である(ヘッセン法14条など)。その上、火葬の増加に伴って遺灰の処理のあり方に関するニーズが多様化しつつあり、かつ、遺灰は公衆衛生上の問題を比較的生まないという見地から、墓地強制に対する批判が有力に展開されつつある。そのような状況において、依然として墓地強制を原則として維持しながらも、その例外を明文で認める州法が近年増えているのである。例えば、2007年に制定された現行ヘッセン法は、海洋葬に対して一定の法的規制を課すために、それに対応する独立の条文を置いている(21条)。また、2015年12月に改正されたブレーメン墓地・埋葬法に至っては、一定の要件の下で墓地外の私有地などに遺灰を散布することすら明文で認めたのである(4条1a項)。

 以上の法状況の変化は、埋葬義務者の範囲及び順位について州法間で元々かなりの違いがあるドイツの墓地・埋葬法制を、ますます複雑なものにしつつある。

フランクフルトの墓地における取組み

 さて、フランクフルト市内には、1828年に当時の典型的な英国式景観公園様式で開設された中央墓地(約70ha・約8万基)を代表格として、36の市有墓地と12のユダヤ人墓地があり、名目上は全て市緑地局の管理下にある(ただし、一部を除いて、ユダヤ人墓地は実質上独自の管理に委ねられている)。総計250ha以上の墓地区画を駆使して、典型的な埋葬方法である土葬又は遺灰を納めた骨壺による埋葬以外にも、イスラム教徒専用区画や森林墓地を用意しているのはもちろん、海洋葬と宇宙葬を除くあらゆる埋葬方法に対応しようとしている。例えば、2015年5月には、ドイツ初のルーマニア正教徒用墓地区画を整備したようである。

 また、墓所は利用形態別に、ドイツの通例に即して、原則単独埋葬用・使用期間原則20年・使用期限更新不可・場所選択不可の「順列型墓所(Reihengrabstätten)」と、複数埋葬可・使用期間25〜40年・使用期限更新可・場所選択可の「選択型墓所(Wahlgrabstätten)」の2種類に大きく分けられ、墓所使用料は、例えば、前者のうち土葬用が751ユーロ(約9万円)、火葬後の埋葬用が326ユーロ(約3.9万円)、後者(ただし、単独埋葬用・使用期間25年)のうち土葬用が1187ユーロ(約14.2万円)、火葬後の埋葬用が1082ユーロ(約13万円)である(いずれも2014年1月時点の価格)。もっとも、関係者は、土葬の減少に伴う墓所使用料その他の収入の落込みに苦慮しているようであり、奇しくも毎年9月、中央墓地では「墓地万歳(Es lebe der Friedhof)」をモットーに、各種講演やコンサート、墓石作成の実演など多彩な催しを丸一日行う「墓地の日」を設けて、墓地に対する住民の関心を少しでも高めようと試みられている(参照、フランクフルト市緑地局墓地業務課ウェブサイト「フランクフルトの墓地」及びフランクフルト中央墓地ウェブサイト)。

冬のフランクフルト中央墓地

一般に「公の施設」とみなされるドイツの墓地では,公道と同様に,その管理主体に対して通行安全確保義務が課される。年長者の往来が多い墓地の特性を踏まえて特別な配慮を求める判決すら存在する。

出典:フランクフルト中央墓地ウェブサイト

お墓を巡る比較法研究の面白さ

 以上のフランクフルトにおける諸状況は、必ずしもドイツにおける葬送事情の一般的な姿を代表するものではないだろう。しかし、それらは、上述した社会的変化の中で墓地のあり方自体がドイツでも問われていることの一端を如実に示しているように思われる。その点及び上記の法状況を踏まえると、まさに「変革期」にあると言えるドイツでは、元来法令上の規制が比較的堅固であったがゆえに、墓地・埋葬法に関する数多くの論点が析出されているように見受けられる。そのようなドイツの墓地・埋葬法は、その細部における複雑さや埋葬文化の違いを考慮に入れてもなお、比較法研究の素材を多く包蔵していると言えよう。例えば、ドイツにおける州法と条例などとの関係を巡る議論には、法律上墓地に関する許可要件がほとんど定められておらず、その上、施行令はおろか条例への授権規定すら存在しないわが国の墓地・埋葬法制にとっても、学ぶべき点が少なくないように思われる。

 甘く美味しい焼き菓子で我々を歓待してくださり、チャイルドシート付の自家用車で研究室棟から最寄り駅までわざわざ送ってくださった親しみやすい雰囲気のシュテルケンス教授が、墓地・埋葬制度に関する我々のインタビューに対して、真摯に、しかも熱っぽく答えてくれたさまが、今でも強く印象に残っている。

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