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巻頭のことば

リーガル・リテラシーの諸相

第4回 解釈する

中央大学大学院法務研究科教授・弁護士 加藤新太郎〔Kato Shintaro〕

 リーガル・リテラシーは、法律家の備えるべきスキルの基礎にある素養である。

 そのスキルを整理すると、①問題発見、②問題分析、③関連情報検索、④事実認定(事実認識)、⑤法解釈・判例法理の認識、⑥論理的思考力、⑦問題解決スキル、⑧説得力、⑨交渉・折衝スキル、⑩正しい法実践ということになる。

 「解釈すること」は、法律家に欠かせないリテラシーであり、コアのスキルである。法の解釈は、実定法規範の意味内容を一定の問題事例と相関的に解明し特定化する作業をいう(田中成明『現代法理学』463頁〔有斐閣・2011年〕)。法解釈の技法には、文理解釈、体系的解釈、歴史解釈があり、法の欠缺の補充技法として、類推解釈、反対解釈、勿論解釈があることは、法学概論の授業で習い、各科目の基本書・体系書で学ぶ。これだけでは、せいぜい先人はどのように法解釈をしてきているかを知るだけで、説の分かれについての選択眼が養われることはないし、ましてや自分が独力で法解釈ができるとは思えない。そこで、心ある法律家は、来栖三郎先生の問題提起を契機とする法解釈論争、川島武宜先生の「科学としての法律学」、利益衡量(考量)論争、平井宣雄先生の議論に基づく法律学、さらには、法と経済学まで、あるべき法解釈の方法を求めて遍歴する。それでもなお、法解釈に自信を持つことはできないのが普通である。

 もっとも、法律実務の現場においては、日常的に法の解釈を行うが、それほど苦労はしない。弁護士が、訴訟活動をする場合には、依頼者の権利・利益を最大限に実現することのできる法解釈を借用すればよいし、裁判官が、案件を判断する場合には、判例法理を与件として、当事者双方の主張する議論のうち当該事案の解決に適合的と思われるものを採用すれば、さしあたり可ということになるからだ。ただ、それでは判例や学説の示す法解釈を、器用に操作しているだけのようにも思われる。しかし、法解釈は、同時代の法律家の普遍的な法的思考に支えられているものであるから、法律実務家としてはそれでもOKと割り切ることもできる。だが、それだけでよいのかとの思いは残る。

 これに対し、法律実務家と異なり実務的役割を担うことのない研究者の法解釈はどのようなものであるべきか。司法研修所時代の恩師である三井哲夫先生は、フランスの19世紀の学者メルラン・ドゥ・ドゥエ(フランス革命期の検事総長でもある)について、「世に御用学者は数え切れない程いるが、その学説が常に『通説としての地位を占めている』御用学者は、恐らく彼のほかにいないのではあるまいか」といわれる(三井哲夫『かわいそうなチェロ』152頁〔近代文藝社・1993年〕)。それは、彼が、「ローマ法以来の法律学の叡智を行間に圧縮した法文の一字一句を疑うべからざる前提として出発し、概念の明晰さと論理の正確さを身上として、法の進化の過程を踏まえて、法のあるべき姿を的確に洞察」した解釈を行ったからである。その結論は、ときに大胆であるが、卓越した法解釈のテクニックによりしっかりと法文の字句に結びつけられていて、法文の枠からはみ出ることがなかったからである。メルランの生きた時代とわれわれの生きる現在とは異なる。しかし、文理解釈を基本にする姿勢は普遍性を有するリテラシーであろう。

 法の解釈はそれ自体として行われるほか、ときに「大前提と生活事態の不断の相互作用」である「視線の往復」(エンギッシュ)もみられる(田中・前掲書460頁)。例えば、マンション建築請負工事契約が、建築確認取得後に確認図面上存在しない新たな住戸を増設するなど、注文者・請負人が故意に、建ぺい率・容積率違反、北側斜線制限違反、日影規制違反、耐火構造規制等に違反する悪質な建築基準法違反を企図したものであった場合には、当事者が主張することがないときでも、公序良俗違反により無効とすべきである(東京高判平成22・8・30判時2093号82頁、最判平成23・12・16判時2139号3頁)。このような「視線の往復」を意識した法の解釈も、リーガル・リテラシーそのものである。

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