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連載

スポーツ法とEU法

第9回 プロサッカークラブにおける内部紛争と会社法(その2)

神戸大学大学院法学研究科教授 志谷匡史〔Shitani Masashi〕

5 ノッティンガム・フォレスト事件の法的意義

 ノッティンガム・フォレスト事件で問題となった運営会社の新株発行は、コール・オプションの設定と合わせて考えると、親会社である持株会社から投資ファンドに対しクラブの支配権を移動させ得る程度の大規模なものであった。本件の事情に照らし、新株発行後、投資ファンドがクラブ経営に対し支配的な影響を及ぼすであろうことが了解されていたと考えてよかろう(コール・オプションを行使しない場合でも議決権の40パーセントを支配する大株主であり、オプションを行使すれば過半数を握る支配株主となる)。にもかかわらず、持株会社の代表者BarnesとSoarの判断によって、投資ファンドへの支配権移転を簡単に処理することができた(法形式的には子会社の唯一の株主である親会社の承認を得て「合法的に」行われた)。

 しかし、親会社である持株会社の持株比率が大きく縮減されたことは明らかである(100パーセントから最大45パーセントへの縮減)。もはや親会社ではなくなってしまう可能性があった(オプションを行使するか否かは投資ファンドの判断による)。持株会社の株主(持株会社設立当時の株主に加えて上場後は機関投資家らが株主になっていた)は、間接的支配を失う事態を覚悟する必要があった。しかし、イギリス会社法が予定する通り持株会社の株主総会の特別決議という形で株主の意思が確認されることは、なかった。もしも持株会社のレベルで既存株主の新株引受権を排除するようにして新株発行が行われる (いわゆる第三者割当方式による新株発行)取引が選択されたならば、会社法の規定により、持株会社の株主の意思がより慎重に確かめられたはずである(株主意思に基づく支配権変動の容認)。本件の子会社による新株発行は、法の実質的潜脱が疑われるケースであったといえよう(親会社株主の知らぬ間に子会社が支配を離脱したケース)。

6 取締役の新株発行権限の規律

 株式発行は、会社の資金調達の有力な手段であるとともに、社員である株主の利害に大きな影響を及ぼしうる組織的行為である(持株比率の低下および株式の経済価値の希薄化をもたらす可能性がある)。いずれを重視した制度設計を採用するかは、株式会社法制を分類する有力な指標のひとつといえる(たとえば日本は第2次世界大戦の前後で法制が一新されたことで有名である)。この点でイギリスの規制は、本件当時も現行法下においても基本的に、後者の既存株主利益保護を重くみる。すなわち、株主割当増資の原則化がこれである。会社が新株を発行するとき、原則として、既存株主に対しその持株数に比例して新株を引き受ける権利を与えて行われる。新株引受権は、もし行使されれば、既存株主にその持株割合を維持することを可能ならしめ、会社が既存株主を避けて直接、公衆や投資家グループに対して株式を発行するときに生じうる持株割合の希薄化を防ぐことができる。たとえ相場よりもディスカウントした価格で新株が発行されるとしても、既存株主は新株引受権を行使することにより持株の経済的価値の低下を取り戻すことが可能となる。なお、株主に対して新株引受権行使の圧力がかかると言われるが、それは別の問題である。

 ヨーロッパ大陸のEU諸国では従来から、会社は、株主以外の者に株式を発行することは例外として位置づけられ、新株発行は株主割当方式が原則であった。イギリスではこの要請は、1980年会社法(本件当時の会社法)において実現された(EU会社法第2指令第29条の国内法化)。株主の法定新株引受権を排除する余地は認められていたが、そのためには、定款の定めによるか、あるいは、株主総会の特別決議による承認を経るか、いずれかによらねばならないとされた(株主意思の確認)。

 1980年会社法の規律は、修正を加えられはしたが、2006年会社法に基本的に引き継がれている。これは、取締役が、既存株主の議決権を圧倒するほどの新株を発行することによって多数派株主の期待を踏みにじることを防止する効果を有する。あるいは、多数派の持株比率をさらに増やし、少数派をさらに劣勢に追い込む危険を防止する効果を有する(取締役の権限濫用の防止)。資金調達手段としてというよりも、むしろ会社支配の視点が重視されているのである。その意味で授権資本制度による機動的資金調達の意義は優先順位が低いと言わざるを得ない。これは銀行融資を中心とした間接金融優位の金融制度と整合的と思われる。ただし、イギリスは証券発行を通じた直接金融が発達した国に数えられる。株式発行制度と金融制度の関連性は、必ずしも明解とは言えない。

 なお、株主割当にせよ、第三者割当にせよ、取締役は適切な目的のためにのみ株式発行権限の行使が許される。会社の最善の利益のためにのみ株式を発行し得る。取締役は、誠実に、全体としての株主の利益のために会社の成功を促進する最も可能性の高いと考える方法で行動することが求められるからである。取締役が自己または第三者の利益を優先して行動したと考えられる場合、当該新株発行は無効と解されている。

7 定款による株主利益の制約

 株主の新株引受権は定款の定めにより排除することができる。イギリスにおいては、古くから、定款の定めによって株主の権利をどの程度まで制限しうるかについて、争いがあった。そのリーディング・ケースとされるAllen v. Gold Reefs of West Africa Limited[1900]1 Ch 656は、特定の株主にとって不利益変更となる定款変更が有効か否かを判断する基準として、当該行為が「全体としての会社の利益のために誠実に行われたか否か(bona fide for the benefit of the company as a whole)」という基準を設定した。もっとも、Allen基準は、会社の利益と個別株主の利益が衝突する場面ではともすれば会社利益(法人としての会社の利益)を優先する結果を招きやすいこと、株主間の利害衝突の場面では有効性を判断する基準として明確性に欠けることなど、研究者の間では必ずしも好意的に受けとめられてきたわけではないことに留意しておかねばならない。ともかく、Allen基準は、それ自体が定款規定に基づく株主間の利害調整機能に限界があることを認めるものといえよう(定款自治の限界)。

 先に紹介した本件の判旨は、Allen基準を引用していない。形式的には定款変更の事件ではないからであろう。むしろ、新株引受権に関して、排除のための定款変更を避け、意識的に総会決議をも避けた、と評価しうる事件である(脱法行為と評価されても仕方がない)。あるいは、Allen基準は、先の批判にみられるように、株主間の利害対立を適切に調整する機能を果たし得ていないという事情が、裁判所の判断に影響を与えたのかもしれない。もっとも、結果として、判旨は、株主の意向よりも会社全体の利益を優先したという意味では、明言しないが暗にAllen基準(の法理)を適用したという評価も否定できない。

8 取締役の経営裁量

 本件の判旨は、結果的には、株主の意思決定権よりも取締役の経営裁量(判断)権限を尊重したことが注目されるべきである。持株会社の代表者Barnesらの経営判断を裁判所は重く受けとめたのである。イギリス会社法は、所有と経営の分離を前提にしつつ、株式発行の資金調達手段としての側面を無視するわけではないが、むしろ株式発行が既存株主の支配に及ぼしうる影響(会社組織上の側面)をより重視し、そのために株主の新株引受権を法定する(経営権限に対する掣肘)。法定新株引受権を排除するには定款の定めあるいは株主総会決議を要するとしている。このように法律上は既存株主の保護が優先されているにもかかわらず、本件では会社の生き残りを図る取締役の経営判断が優先されたのである。もとより会社の維持存続が正当な目的であることを前提とする。

 取締役の経営判断の尊重それ自体は、すでにアメリカの先例にみられるように、またわが国においても判例・学説が基本的に受け入れているように、原則として肯定されている。理論的にみて、経営専門家である取締役に与えられる裁量(受任者の裁量)は、委任者(会社)のために、相当程度広く認められるべきである。イギリスではどうか。Howard Smith v. Ampol Petroleum Ltd[1974]AC821が、イギリスにおいて、裁判所が経営判断原則を採用することを明らかにした先例として紹介されることが多い。イギリスの裁判所は取締役の経営判断(の内容)を審査しないのである。すると、イギリスの事情は日米と大きく異なるものではないということになろう(日本の裁判所は取締役の判断内容を一応審査の対象とするが、著しく不合理と評価される場合に限って責任を問う)。取締役が経営の専門家として会社経営の合理性を追求する限り、取締役の判断を尊重する(裁判所自身の判断に置き換えない)という謙抑的姿勢は、イギリスの裁判所においてもあてはまるといえよう。

9 本件判決を読み直す――結びに代えて

 イギリスにおいて事業会社一般について取締役の経営判断に裁判所は介入しないという傾向がみられるとすれば、プロサッカークラブの運営会社であるがゆえに取締役の経営判断が尊重されたとは必ずしも言えないのである。本件判旨を材料にプロサッカークラブの運営会社の内部規律が他の会社とは異なる規範に従うと結論することに慎重であるべきであろう。むしろ、会社の事業内容にかかわらず、一般の事業会社であれ、プロサッカークラブの運営会社であれ、同じ結論になったとすれば、プロスポーツの運営会社の独自性はその限りでイギリス法においては積極的に肯定されているとは言えないと評価しておくことが無難である。プロサッカークラブの運営会社(ないし持株会社)には上場会社が珍しくない実情を考えると、なおさらである。

 もっとも、経営危機に瀕したプロスポーツの運営会社を救済するにあたって、株主の私的利益よりも会社全体の利益が優先されたことが、スポーツ団体の持つ市民的利益ないし公共的利益が尊重されたからであると考える余地はある。プロスポーツの興行を通じたスポーツの振興・普及が市民福祉の一環として理解される余地があるからである。しかし、この点判旨は沈黙している。今後の研究課題としたい。

 本件判旨においては、投資ファンドへの第三者割当増資とコール・オプションの設定を、親会社の株主の利害得失に目配りして慎重に検討した結果、それでも運営会社(ひいてはクラブ)を救済するために万やむを得ない措置であったということが強調されている。本件は株主間の内部対立を嫌気した株主兼取締役が経営権限を利用して投資ファンドに会社を売却したと評価できる事件ではある。もしもそのように評価されてしまうと、取締役は自己または投資ファンドのために子会社をして新株発行させたと解されて、当該新株発行は無効となる。そうなれば、事態は振り出しに戻る。経営危機は沈静化せず、かえって深刻化したであろうと考えられる。しかし、裁判所は、ノッティンガム・フォレストが単なる内部紛争の次元を超えた会社浮沈の瀬戸際の状況にあったと評価していたようである。株主の意思決定機会を犠牲にすることが、かえって原告らを含む株主全体の共通の利益に資するという裁判所の判断が示されたことは、株式会社の運営原理が株主の信認を源とするゆえに、皮肉な結果と言えよう。株式発行の規律は、法形式的には株主利益を尊重する立場からの制度設計でありながら、その実、運用次第で硬直化する危険を抱えている(公募や第三者割当のほうが会社にとって資金調達上有利な場合もあり得るが、これが阻止される危険性もある)。裁判所によって制度の硬直性が救われたと評価することもできよう。

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