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中村剛治郎[編]『基本ケースで学ぶ 地域経済学』<2008年1月刊>(評者:専修大学経済学部教授 平尾光司教授)=『書斎の窓』2008年9月号に掲載= 更新日:2008年11月19日

はじめに
 最近,地域の問題に多面的な関心が寄せられている。これまでの地域経済学は,地域という「場」を国民経済のサブシステムとして捉えて,地域間の経済発展の格差問題として分析する消極的・問題解決型なアプローチが主流であった。したがって,地域の問題は中央と地方との財源と権限の分配に理論的にも政策的にも焦点が向けられてきた。最近ではその延長で地域主導型の分権国家への転換も政治テーマになってきている。しかし,その場合に地域の自立的経済基盤の確立と成長の裏づけがなければ地方分権は砂上の楼閣となる。
 1990年代になってグローバル経済化と知識経済化の展開する中で国民経済の発展が特定地域の発展に牽引され,「国の競争力」は「地域の競争力」に依存するという地域主導型の経済発展のパターンが顕著になってきた。地域経済学において地域のダイナミックな発展の条件を明らかにするという積極的なアプローチが目立つようになった。
 アナリー・サクセニアンが活写したシリコンバレーやマイケル・ポーターのクラスター分析の対象にした地域がその典型であろう。また,ヨーロッパでもピオリとセーブルが『第二の産業分水嶺』で明らかにした北イタリアの産業集積をはじめ,多くのケースが紹介されている。そして地域経済学は経済地理学,経営学,社会学,労働経済学,制度経済学,国際経済学など多様な理論を巻き込んだ境界領域研究として展開されるようになった。さらにこのような理論の精緻化だけではなく,それによって地域経済学が現代経済の再生と発展の政策構想力を提供することが期待されている。

 本書の編著者である中村剛次郎教授はそのような地域経済の発展の研究の成果を『地域政治経済学』(2004年,有斐閣)において集大成された。中村教授は知識経済化段階の資本主義では,経済の発展・イノベーションの展開にはガルブレイス的な大企業システムや国家の機能・政策では限界があり,地域における自律的・内発的システムの形成と発展が条件であることを明らかにされた。
 本書はこの自律的・内発システムの地域政治経済学の理論的成果と内外の地域の実証研究とを融合させて,学生向けのテキストとして中村教授を編者とする日本地域経済学会のメンバーが中心となって共同執筆されたものである。全体の構成には後に紹介するようにテキストとしてさまざまな工夫がこらされており,学生だけでなく地域に関心を持つ一般読者にも生き生きとした地域経済の現実のイメージを与え,それを解明する理論の紹介とのバランスがとれた読みやすい本となっている。地域経済分野で待たれていた新しいテキストが登場したというのが評者の第一印象である


本書の構成の特色
 全体として地域経済について学生が理解と問題意識を深める新しいテキストを作成するという編著者の意気込みを反映した特色ある構成になっている。具体的にその特色を紹介していこう。
 全体は序章を含めて5部,14章から構成されている。これは大学での講義時間を半期課目であれば15回,通年課目であれば30回を想定して講義回数に合わせた配慮が感じられる。
 そして,タイトルに「基本ケースで学ぶ」とあるように多様な地域経済を日本と欧米の典型的な12の典型地域を精選してそれぞれを地域特性によって5つのグループに分けて五部構成として,そのグループ内で各地域を独立の章として取り上げている。基本ケースの各章では扱えることのできない理論が,序章「現代地域経済学の基礎と課題」で展開されている。序章がいわば本書の総論であり,各論の地域のケースを学ぶ場合の基本的な視点を提供している。
 テキストとしての配慮は各章の構成にも反映されており,さまざまな工夫が取り入れられている。各章の冒頭でケースとなった典型地域のプロフィール,キーワード,章のねらいがおかれており,読者が各章の本論を読む前にガイダンスが与えられる。そのうえで本論は2節構成になっており,第1節で対象とする地域の現状を簡潔に紹介して,第2節は「典型地域を解く」と題されて取り上げた地域が地域経済学の理論的概念の典型であるゆえんが説明される。さらに章末には研究コーナーが設けられてより高いレベルの問題意識を引き出すための問いかけがされている。そのうえに読者の理解を確認するための演習問題も設定されている。文献案内,参考文献も豊富である。このような丁寧な構成によって読者は地域問題理解への親切な導きを受けることができるであろう。

本書の内容
 本書の構成は次のようになっている。
 序 章 現代地域経済学の基礎と課題
 第I部 日本の大都市圏
 第II部 日本の地方都市と地域システム
 第III部 日本の農山村地域経済
 第IV部 欧米の地域経済
 終 章 日本の地域政策
 まず,序章「現代地域経済学の基礎と課題」においては地域経済学の目指すテーマを「経済の空間的展開と地域経済の発展」と規定する。その発展を地域の経済主体(アクター)によって主体的に主導される内発的発展と地域外からの資本・技術による外来型開発に分類して後者の限界を指摘して,内発型発展の条件を明らかにすることが地域経済学の基本課題とする。それを資本主義の歴史的発展と空間的発展の連関のもとで認識していく。つまり,自由主義段階の特定産業首都,20世紀の大企業主導の大量生産・大量消費システム下での垂直的地域間分業,グローバリゼーション時代の国境を越えたフラグメンテーションによる工程間の地域間分業の展開,さらに知識経済時代における産業クラスターの形成である。
 発展の説明のために,理論ではマーシャルの産業集積論,ポーターのクラスター論,ピオリ・セーブルの中小企業ネットワーク論などが紹介され,それぞれの理論の例証として,イギリスのバーミンガムなどの産業革命都市からアメリカのハイテク都市,北欧のオウル,ストックホルム,日本の金沢が紹介されている。この序章で読者は地域の多様性とグローバル経済・知識経済における内発型地域発展の展望が与えられる。
 序章に続く第I部では,日本の大都市圏を取り上げ,東京大都市圏が世界都市の典型地域として,横浜・川崎・神奈川が工業地帯の典型地域として紹介される。東京は集積の規模と多様性で世界第一位の大都市圏でありながらその一極集中的な巨大規模ゆえに集積不利益をもたらしたことを指摘する。さらに,世界都市の概念に照らすと限定された開放性から「世界的大都市」という括弧つきの存在であることにも触れている。横浜,川崎については東京圏のサブリージョンから自立した地域経済への転換を知識経済への対応による企業誘致政策を超えた地域イノベーションの展開の可能性に求めている。
 第II部では,日本の地方都市と地域システムが対象となる。地方中枢都市の福岡・札幌,地方都市の内発的発展モデルの金沢,地方工業都市の西三河地域,商業集積の大垣市が典型地域として紹介されていく。それぞれの地域の現状を紹介しながら地域産業連関分析,内発型発展論,産業集積論,成長管理政策など基礎理論の応用も学ぶ内容になっている。
 第III部では,日本の農山村地域経済を中山間地域の典型地域として岡山県新庄村,農村リゾートの典型地域としての由布院を取り上げている。新庄村の中山間地域のきびしい自然条件を活かした特産品ブランドの生産・流通による自立的な村づくりと由布院の成長の管理,一村一品運動はいずれも地域住民による内発的発展のモデルとして説得的に語られる。
 第IV部では,欧米の地域経済へ読者の視野を広げさせる。ハイテクビジネス・知識経済の地域としてのシリコンバレー,「専門化」中小企業の地域ネットワークのイタリア・ボローニア,ポスト工業化時代の都市再生としてバーミンガム,サステイナブルな地域経済としてドイツ・フライブルグが先進国における地域経済への課題に対しての対応の典型地域として分析・紹介されていく。シリコンバレー・モデルは多くの先行紹介がある中で,本書は制度論的アプローチによって国民経済的制度論から地域的制度論へと,現代のイノベーション創出における中央と地方の逆転を指摘している視点は新鮮である。
 ボローニアの章では,「柔軟な専門化」「競争と協調」による水平的地域ネットワークの形成が紹介されて,東大阪の産業集積の問題と対比される。
 バーミンガムの章では,産業革命を先導した工業都市が再生に成功したプロセスを都市中心地区の再開発,サイエンス・パークの建設・運営による 都市型サービス産業とハイテク企業のインキュベーションが描きだされている。
 フライブルグの章では環境への地域政策の積極的な展開によって,環境制約を発展条件に変えて都市のサステイナビリテイな成長可能性を実現している典型地域が紹介される。環境と経済の両立という世界史的な課題の中での都市・地域のあり方への回答として「ソーラー・シティ」を現出させたフライブルグの実験を産業主義的アプローチの日本のエコタウンと対比させている。
 終章は,日本の地域政策である。地域政策の課題が「地域にかかわる経済・社会問題の解決と地域が持つ可能性の実現をめざして行政,財政の仕組みを活用して取組む政策」と規定する。しかし,日本においては産業構造に合わせて国土利用を再編成する中央主権的な国土政策として展開されてきた歴史的な過程を戦前まで遡り,戦後は全総計画の変遷によって跡付けていく。

さいごに
 以上紹介してきたように,本書は多様な内外の地域経済を内発的発展という視点で理論,政策,現状を分析して読者に広い知識と深い問題意識を与えてくれる好テキストである。望蜀の感を述べれば第1点は,アジアの地域が対象となっていないことである。中国,インドの発展は断片的な紹介にとどまり典型地域として対象から外されている。
 第2点は,地域経済における主体の問題である。序章で「アクター」(参加者)に触れ,典型地域の各章においてはビジョンを持ったリーダーの活躍がいくつか紹介されている。このビジョナリー・リーダー輩出の仕組みと活躍する条件を明らかにする主体論が望まれる。
(ひらお・こうじ=専修大学経済学部教授)

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