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松井秀征 [著]『株主総会制度の基礎理論――なぜ株主総会は必要なのか』<2010年8月刊>(評者:名古屋大学 中東正文教授)=『書斎の窓』2011年4月号に掲載= 更新日:2011年4月15日

向こう見ずな挑戦

 本書の最も称賛に値する点は、筆者自らも述べているように、「何より株主総会制度で論文を書くなどという向こう見ずな考え」を端緒に、10年にも及ぶ思索を続け、独自の分析枠組みを構築し、これを論証するために、法学のみならず、歴史学、経済学、政治学、社会学といった領域の先行業績をも取り込み、株主総会制度に対して新しい光を当てることに成功していることである。
 筆者によると、修士論文を公表した後に生じた漠然とした疑問が、「株主総会なるものは、株式会社に本当に必要なのだろうか。果たして会社の意思決定を株主に決めさせることにどういう意味があるのだろうか」であったという。株主は会社の実質的所有者であり、株主総会は最高意思決定機関であるという表現が一般的に通用していた時代のことである。しかも、株主総会への株主の出席率が低く、会場では活発な議論もなされないことから、学界を含め、世間はこぞって株主総会の活性化を目指して努力を積み重ねてきていた。このような折に、「株主総会は本当に必要か」という問題意識から、研究を進めようとしたのは、向こう見ずであったというほかない。
 それだけに、著者の研究活動は順風満帆なものでは決してなく、深い悩みの繰り返しであった。苦悩の様子は、本書の「あとがき」において、本論とは異なり、軽やかなタッチで描かれており、やや大袈裟に言えば、この部分だけでも、本書を購入する価値がある。学問で悩んだときに読み返せば、きっと力を取り戻すことができる。向こう見ずな考えを貫こうとした筆者も凄まじいが、この筆者の志を正面から受けとめた指導教官の岩原紳作教授の包容力と胆力はいかほどであったろうか。

壁を乗り越える瞬間

 最初の壁を乗り越えさせたものは、「所有」と「契約」の契機をもとに、株主総会を3つのモデルに整理して論ずるという視点である。筆者によれば、「アイデアが突如まとまり、目の前の霧が晴れるような気分になったことを昨日のことのように思い出す」という。
 現在でこそ、「所有」と「契約」という要素に着眼する研究は少なくない。けれども、これらの契機を「株主総会は本当に必要か」という疑問に結びつける発想は、豊かな学才、深い苦悩、そして弛まぬ努力が認められてこそ、研究者に対して授けられた天命であったのではないか。
 天命とは新しい苦難の始まりでもある。探究すべき方向性を得ても、これを用いて株主総会制度を分析し尽くすのは容易ではない。株主総会制度に対して与えられる説明は、地理的背景や時代的背景を色濃く反映しているからである。地理的な軸と時間的な軸との交差点の全てを分析し尽くす必要があり、そのための更なる概念の整理が必要となってくる。ここで、「生まれ出づる悩み」との格闘が再び始まることになった。
 新たな悩みを乗り越えさせたのは、「組織体としての株主総会」と「会議体としての株主総会」とが別次元の問題であることに注目したことであろう。これらの概念を用いて、本書は、「所有」と「契約」の契機と3つのモデルを結合させることに成功している。 このような概念整理や分析は、ドイツでの二年間の留学中に、「ゆるやかな時間の中で、領域を問わず様々な書物をむさぼるように読めた」環境にあって、しかも、向こう見ずな問題意識を大切にして、むさぼり読む努力を怠らず、悩みに向き合ったからこそ、自らの手で編み出されたものであろう。

本書の読みどころ

 本書の最大の魅力は、「株主総会というのは……組織体としての総会であれ、会議体としてのそれであれ……あってもなくてもよい」のであって、「理論的に必要だという説明は、株式会社制度について所有の契機を肯定したとき、はじめて導かれる結論である」ことの論証の過程であろう。
 考察の対象として取り上げられた各国の株式会社制度と株主総会制度の変遷に関する叙述も、法学以外の領域についての知見の広さと深さによって裏打ちされている。読者は、ときには小説を読み進めているような躍動感を味わいながら、議論の展開に魅惑されていく。ときには読み返しながら、緻密な理論の組み立てを確認することになるであろうが、本書では節目ごとに小括が置かれていて、読者の理解を容易にしようとしている。もとより筆者が10年間も悩み続けた成果であるから、読み手に対しても、相応の気力が期待されてよいであろう。
 このような大きな叙述の流れの中に、わが国において、先達が直面してきた論争や議論が織り込まれており、一部分を取り出しても、十二分に興味深い叙述が多い。例えば、株式の性質に関する諸学説の論争も、株主総会制度を支える各時代の背景とともに、躍動的に描かれている。
 会社法制において、株主総会制度そのものは、基本的な構造が大きく変容したものではない。にもかかわらず、株主総会に関する数次の法改正についても、「組織体としての株主総会」と「会議体としての株主総会」という視点があってこそ、各改正の意義やその社会的ないし時代的背景が鮮やかに表現されている。
 さらに、本書は、最も変わらなかった会社法制の一つである株主総会法制を主題にしていることもあってか、変わっていく制度を相対的に捉えることをも試みている。企業の資金調達(ファイナンス)と資金返却(リファイナンス)に関しては、自己株式取得規制の緩和、新株予約権制度の導入、種類株式の多様化について、簡潔ながらも明快な分析がなされている。
 わが国の会社法制の歴史に関して、本書は、財閥の解体、戦後の経済成長に伴う長期資金の確保要請、日本型金融システムの形成、安定株主工作としての株式相互保有の形成、バブル期におけるエクイティ・ファイナンスの隆盛、株式相互保有の進展、バブル崩壊、株式相互保有構造の崩壊などが、株主総会制度の位置付けのみならず、他の制度の変更や創設にどのような影響をもたらしたかを、理論的に解明している。これらの点に関して筆者の学識に更に触れたければ、筆者の手による「要望の伏在――コーポレート・ガバナンス」と「資金供給者と会社法」(中東正文= 松井秀征編『会社法の選択』(商事法務、2010年))を読むとよいであろう。筆者が分担した二項目だけでも、約280頁もの分量があり、これのみで書物として堪能し得るし、本書の叙述との協調と相互啓発を感じることもできる。

松井秀征という人

 本書の目次を眺めただけでも、著者の溢れんばかりの知見と精力を感じることができよう。単なる知識や分析の羅列に留まっておらず、株主総会制度という視座から包括的かつ論理的に叙述されているところに、本書の醍醐味がある。時間をかけて、じっくりと読み込むべき書物である。
 文は人なりというが、本書も、筆者の分身と言うべきものであろう。行間には、筆者の研究に対する姿勢が染みこんでいると感じられる。松井秀征という人の問題関心の広さと深さ、学問に対する貪欲さと謙虚さ、人々によって営まれている社会あるいは会社に対する好奇心と愛情、こういった印象もが、本書を通じて伝わってくる。向こう見ずであれ、真摯に取り組む筆者が周りの人々の心を動かし、敬愛の念を持って支えられてきたからこそ、本書は刊行の日を迎えたのであろう。
 筆者は、残された課題として、「国家の所有と契約に対する態度(あるいは国家それ自体の成り立ち)と株式会社制度・理論との関係」を掲げている。「所有」という契機も、「契約」という契機も、国家との関係を抜きにして語ることはできないものであり、本書も相当に踏み込んではいる。より大きな課題に対して、松井秀征という人は、与えられた資質と環境を最大限に活かしつつも、再び起伏のある長い道のりを、ひたむきに歩んでいくに違いない。筆者の手による次の書物が心待ちにされる所以である。

 (なかひがし・まさふみ=名古屋大学大学院法学研究科教授)

株主総会制度の基礎理論 -- なぜ株主総会は必要なのか 株主総会制度の基礎理論 -- なぜ株主総会は必要なのか

松井 秀征/著

2010年09月発売
A5判 , 432ページ
定価 6,804円(本体 6,300円)
ISBN 978-4-641-13581-9

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