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北村一郎[編] 『フランス民法典の 200 年』<2006年10月刊>(評者:東京大学 早川眞一郎教授)=『書斎の窓』2008年4月号に掲載= 更新日:2008年11月13日


 ナポレオン法典の名で知られるフランス民法典が制定されたのは,1804年である。それから200年目にあたる2004年には,bicentenaire(200周年)を祝うさまざまな行事が,フランス国内だけではなく,フランス民法典の影響を受けた他の多くの国々でも盛大に行われた。
 本書は,そのような記念行事の一環として企画され,日本の法学者一五名が執筆した邦語論文を集成したものである。本書のねらいは,北村一郎教授の手になる「はしがき」の冒頭に次のように記されている。
 「1804(文化元)年に制定されたフランス民法典は,2004年に200年記念の節目を迎え,今や第3世紀に入って,新たな改革の季節を迎えつつある。
 実質的に最初の近代的法典でありながら例外的な長寿を誇るこの法典は,どのような法典であるのか? この200年の間に,どのような進化を経てきたのか? そして,21世紀の日本法に対してどのような示唆を与えるのであろうか?
 本書は,日本のフランス法研究者の側からの,これらの問いをめぐる省察の試みである。」
 「はしがき」のこの部分を読めば,法学に多少なりとも関心を持つ者ならば,いたく興味をそそられるであろう。興奮するにちがいないといってもよい。法典のなかの法典――法典の女王――が200年という長い期間にわたりどのような歩みを重ねてきたのか,日本の法学者たちがその女王の歩みにどのように取り組むのか,……。

 本書は,フランス民法典を全体として取り上げる総論の論文三編に続いて,フランス民法典の篇別構成に従って個別のテーマを扱う論文12編をおさめる(なお,巻末に付録として「フランス民法典の篇別構成」と「フランス民法典改正年表」が掲載されている)。
 テーマは,フランス民法典の全体をバランスよくカバーするように注意深く選ばれているが,論文の内容・形式に関しては,いわゆる講座もののように統一された枠組や手法がとられているわけではなく,各執筆者がその担当するテーマにふさわしい視点と方法を自由に採用してそれぞれの問題に取り組むことになっている。このコンセプトは,各テーマについてそれぞれ最適の執筆者を得たことによって,見事に成功している。実際,この一五編の論文はいずれも,上記の興味・興奮そして期待に十二分に応える力作である。
 本書を読み進むうちに次々と惜しげもなく(というのは大袈裟だと思われるかもしれないが,実際にこの本をお読みいただければ,読者も私のこの実感を納得されるに違いない)提示される興味深い知見と分析と総括は,さながら,ランスの大聖堂,エトルタの断崖,トゥールの古城,ボルドーの葡萄畑,ニースの碧海,パリの街並……と,フランス各地のそれぞれに美しい自然と史跡をスーパーコンダクターの案内で巡る贅沢三昧のツアーを思わせる。

 ツアーの興奮冷めやらぬ身としては,それぞれの論文が示してくれるフランス民法典の面白さ・美しさを伝えたい衝動に駆られるが,この小文のなかで15篇のそれぞれに精緻を極める論文の内容を紹介することは,残念ながら,できない相談というほかない。せめて,本書の構成とともに論文の執筆者・タイトル(とそれぞれの総頁数)を掲げておくことにしよう。
 総 論
  北村一郎「作品としてのフランス民法典」(60頁)
  星野英一「フランス民法典の日本にあたえた影響」(29頁)
  能見善久「ケベックにおけるフランス民法典――コモンローとの交錯」(27頁)
 序 章
  松本英実「民法典序章――古法と現在をつなぐもの」(23頁)
 第1篇:人
  大村敦志「人」(19頁)
  水野紀子「家族」(18頁)
 第2篇:財産
  片山直也「財産――bien および patrimoine」(27頁)
  横山美夏「不動産――物権変動に関する『フランス法主義』の再検証」(28頁)
 第3篇:財産の取得方法
  原田純孝「相続・贈与遺贈および夫婦財産制――家族財産法」(71頁)
  森田宏樹「契約」(30頁)
  瀬川信久「不法行為――因果関係概念の展開」(43頁)
  中田裕康「売買契約――売買の多様性とその本質」(23頁)
  吉田克己「賃貸借契約」(39頁)
  山野目章夫「抵当権――二つの五五年が意味するもの」(19頁)
  金山直樹「時効」(59頁)

 フランス民法典は,ただの法律ではない。〈古法時代における三世紀半の知的蓄積と,大革命中盤以降の三度半の試行,そしてナポレオン期における3カ月半の最終的起草を含む年半の審議とを経て完成された,まさに歴史的な叡知の結晶としての記念碑〉(北村[本書59頁])である。そしてそのようにして見事に結晶化された民法典は,制定から今日まで200年以上にわたって,フランスの市民社会の根本規範,家族・財産・取引に関する基本憲章としての役割を果たしてきた。20世紀フランスを代表する民法学者のひとりであるカルボニエの言うように,フランス民法典は,この間,一貫してまさに〈フランス(社会)の民事憲法(constitution civile de la France, ou de la societe franaise)〉(本書二頁(北村)参照)であり続けたのである。
 もちろん,フランス民法典は1804年の制定当初の姿のままで現在まで長寿を保ってきたわけではない。この2世紀余りの間に,この民法典は,その制定までに注ぎ込まれた叡知に勝るとも劣らない新たな叡知を貪欲に吸収しつつ,今日までフランス社会の根本規範としての地位を保ってきたのである。その新たな叡知は,この民法典の多様な分野やテーマに応じて,さまざまな形で投入されてきた。民法典そのものの改正がなされた部分も少なくないし,特別法の立法によって民法典の内容を補完した分野もある。また,民法典全般にわたって,判例(裁判所)による解釈,および学説による分析・批評・提言も,きわめて重要な役割を果たしてきた。
 本書所収の諸論文(とりわけ各論の諸論文)は,それぞれのテーマごとに,フランス民法典がこれらの叡知をどのように吸収して進化してきたのかを豊富な資料によって正確に跡づけるとともに,その緻密な作業を通じて浮かび上がるフランス民法典のダイナミクスをそれぞれの執筆者の視点からすくいあげて提示している。
 これらの論文を読み比べてみると,民法典の進化の過程が,分野やテーマや問題によっていかに多様であるかにまず驚かされる。制定当初の原始規定がほとんどそのまま残っている部分もあれば,改正によって原始規定が跡形なく消え去っている部分もある。また,特別法によって民法典の規定への大きな例外が形成されている分野があるかと思えば,民法典の規定に関する創造的な判例(つまり当初想定されていたのとは異なる解釈をする判例)によって解釈が大きく変遷してきた問題もある。
 このような進化の多様性,そしてその前提となっている進化の柔軟性が,まずは,女王の長寿のひとつの秘密であるといえよう。いいかえれば,実務法曹,法学者および立法関係者等が協働して,時代や社会の変化に対する柔軟で多様な対応をしてきたことによって,民法典は今日まで社会の根本規範としての地位を保つことができたのである(1)。この間の事情が,各論文には,テーマごとにきわめて精緻かつダイナミックに示されている。
 もっとも,さらに進んで,それではなぜそのような柔軟で多様な対応が可能であったのか,またなぜ関係者たちがそのような柔軟で多様な対応を実際におこなってきたのかは,個々のテーマにおける歴史的経緯の問題としてはともかく,あらためてフランス民法典全般の問題として――あるいはより抽象的に民法典一般を視野に入れて――考えてみると,なかなかに難しい問題である。本書の諸論文には,そのような全般的・抽象的な問題に対する直接の答えは示されていないかもしれないが,それについて考えるヒントがふんだんに含まれていることはたしかである。

 おりしも,わが国では民法典を抜本的に改正するための準備作業が始まったところである(2)。現在の日本民法典がその起草・制定過程でフランス民法典に多くを負っているという点を別にしても,今後の日本民法典改正にあたって,フランス民法典200年の歩みに学ぶべきものは少なくないはずである。
 本書の論文には,それぞれのテーマに関するフランス民法典の研究成果から得られる日本法への示唆に言及するものが少なくない。これは,冒頭に記した本書の「はしがき」の問いかけ――〈21世紀の日本法に対してどのような示唆を与えるのであろうか?〉――に応えるものであるが,私としては,この問いかけが読者ひとりひとりにも向けられたものであるような気がしてならない。これだけ豊かな素材とヒントを提供してもらった読者は,興奮のあまり,この問いかけに応じて日本法への示唆について考え始めずにはいられないのではなかろうか。

 〔注〕
 (1) なおこの点に関しては,特別法と創造的な判例によって民法典が空洞化しているのではないか,したがって民法典が社会の根本規範としての地位を保っているとはいえないのではないか,という疑問が湧くかもしれない。たしかにそのような側面があることは否定できないが,他方,本書の論文のなかの次のような指摘にも十分留意すべきであろう。
 ・「……原始規定をそのままの形でとどめる民法典が,社会の変動に適応してきたのは,創造的な判例と数多くの特別法によるところが大きく,事の重心は民法典の外に移っているという見方は,相対化する必要がある。判例が新たな必要に応えることができたとしても,これは民法典の諸規定に新たな生命を与えたものであり,基本的には,いまもなお民法典によって枠付けられている。このことは,民法典の並はずれた適応力を示しているといえよう。」(森田[本書314頁])
 ・「民法典の売買の観念は,社会の変化やヨーロッパ法の影響を受けた多数の特別法の中で,もはや歴史的価値しかない形式的定義にすぎなくなっているのか,それともそれは特別法を含めて,なお売買の本質を示すものとして意義を持ち続けているのか,という問題……」(中田[本書397頁]。著者はこのような問題があることを指摘するのみで答えは明示していないが,上記の点との関係では,問題の指摘自体に一定の意味を見いだすことが許されるであろう。)
 ・「……民法典は,時代遅れになったわけではなく,一つの政治的選択肢として生命を持ち続けている。民法典は,居住利益の安定を強調して契約自由に介入しようとする路線[特別法立法の動き(引用者注)]に対するアンチテーゼ,すなわち賃貸住宅供給において市場原理を重視する路線を表現するものとして,一つの参照基準であり続けているのである。」(吉田[本書436頁])
 (2) 内田貴「いまなぜ『債権法改正』か?(上) (下)」『NBL』871号・872号(2007~2008年),同「債権法改正の意義」『NBL』872号(2008年)など参照。
(はやかわ・しんいちろう=東京大学教授)

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